爆睡のフランクビッツ
食事を終えると、悠とオレオは話をしながら集中講義が行われる講義棟に向かった。その途中、氷点がこちらに向かってくるのが見えた。
「あら、折尾君と悠じゃない」
「あ、氷田さん」
氷点に気がついたオレオが、氷点に手を振る。
「なんだ氷点、お前はこっちじゃないのか?」
「ええ、私はこっち」
そう言って、氷点は大講義室を指差す。
「大講義室? ずいぶん受講者が多い講義受けるんだな」
「いいえ、単に教授が大講義室が好きなだけよ」
氷点は両手を広げ、やれやれと呟いた。
「えっと、大講義室は確か……外国語文化論? 結構面白そうだね」
「ええ、まあ授業は日本語だけどね」
「氷田さんって、結構旅行するの?」
「いえ、ただ興味があるだけよ」
氷点はちらりと悠のほうを見る。
「まあ、そこのフランクビッツ君には関係ないでしょうけどね」
「な、何を言う。俺だって英語くらいはわかるぞ!」
「あなたの場合はまず日本語を勉強したら? 『折尾』を『おれお』とはなかなか読まないと思うけど」
「べ、別に間違って読んだわけじゃないからな! あだ名だからな! あだ名つけるためにそう読んだんだんだからな!」
怒鳴る悠をよそ目に、氷点はぷっと笑いながら大講義室に向かった。
氷点を見送ると、オレオは悠をじっと見つめた。
「……な、何だよ急に」
「悠がデレた。あと噛んだ」
「ちげぇよ! いや噛んだけどさぁ」
「とりあえず、講義の前に一緒にトイレ行こうか。確認したいこともあるし」
「しなくていいよ! その確認いりゃ……いらないから!」
「また噛んだ。悠って結構かわいいな」
「くそっ、全部あいつのせいだ!」
悠はちっ、と舌打ちしながら、「いくぞ!」と講義棟へと急いだ。
『タクたん、フランクビッツって何? 何で悠たん、怒ってるの?』
『……女の子が話すようなことじゃないんだけどねぇ……』
悠のバッグに揺られながら、タクはヒナの質問にぽつりとつぶやいた。
講義棟の自動ドアが開くと、そこから冷ややかな空気が流れてきた。冷房が効いているとはいえないが、外の空気と比べると、かなり心地よい。その中にある第一講義室に入ると、やけに冷たい空気が襲い掛かる。おそらく、先に来ていた学生が温度設定を低くしたのだろう。
講義室内では既に何人かの学生が座っていた。食堂と同じく勉強をしている人や、昼寝をしている学生もいる。中には、購買で買ったパンを食べている学生もいた。
悠とオレオは、空いていた前から二番目の席に座り、しばらく話し込む。
『講義って、悠たんはどんな講義を受けてるの?』
『えっと、マスターは特殊線形行列、っていうやつだったかな』
『特殊……何? なんだか難しそうだねぇ』
『一応、理系の学部だからね』
『こんな難しそうなのが分かるなんて、悠たんって頭がいいんだね』
『うーん、それは……しばらくしたら分かるよ』
タクとヒナがやり取りしている間に、講義の先生が講義室に入ってきた。時間が近づくにつれ、ざわついていた講義室内が徐々に静かになる。時間になると、先生が講義に使用する資料を配布した。その資料を前の学生が一部取ると、残りを後ろに回す。
先生がその資料が全員にいきわたったことを確認すると、早速講義が始まった。ホワイトボードに文字を書く音と、学生がそれをノートに写す音、そしてエアコンの起動音しか聞こえない静かな講義室内。時折、講義室の外を歩く学生や先生の声が聞こえてくる。
心地よい空調、静かな環境の中、講義は進む。しかし、悠は講義が始まってしばらくすると、机に伏せた。
『……悠たん、開始三分十五秒で寝ちゃったよ?』
『三分か。今日は少し持ったかな』
『え、普段は速攻? 速攻爆睡なの?』
『えっと、わからない講義は始まる前から寝てるから』
『いや、それは早すぎじゃない?』
ヒナとタクがかなり大きな声で話しているにもかかわらず、悠は一向に起きる気配がない。
『んじゃあさ、悠たんを起こすために何か面白いこと言ったらいいんじゃないかな。爆乳戦士とか』
『寝てるときはその程度じゃダメだよ。たとえばね』
そういうとタクは少し貯めて、呟くように言った。
『身長百五十センチの爆巨乳少女の秘密、八月二十八日大公開』
すると突然ガタリ、という音がした。悠が寝ぼけて立ち上がろうとしていたのだ。
周りの学生は何事かと思い、悠の方を見た。しかし、先生はかまわず講義を続ける。
悠はふと周りを見ながら一瞬フリーズした後、落ち着いて座りなおした。
「……悠、変な夢でも見たか?」
隣に座っていたオレオが悠に耳打ちする。
「ああ、何かとんでもない秘密が近日公開とか言う宣伝が耳から入り込んだんだが」
「なるほど、悠がツンデレだったという驚愕の事実が明日あたりに掲示板に貼られるわけだね」
「ちがうわっ! 大体そんな情報誰得だよ!」
思わず大声になりそうになるが、後ろの学生の視線を感じ取り、悠は小声になった。
「うーん、氷田さんとか……あ、掲示板よりも休講情報のディスプレイのほうがいいかな」
「……とりあえず、夢の中でお前の首をバールのようなもので絞めておこう」
ぼそぼそと呟くと、悠は再び机に伏せた。
「バールのようなもので首を絞めるって、結構な腕力だよね」
寝ている悠に、オレオは呟いた。




