カーテンコール
この胸が苦しいのは。
自分のことを発電機だなんて冗談を言って扇風機を回し続け俺の髪の毛を滅茶苦茶にしている、そんな彼女の笑顔が堪らなく好きだからだ。
堪らなく愛しいから。
ああ。
もう俺はきっと。
夏の終わりに俺は狂ってしまったんだ。
「じゃあ、また、」彼女は扇風機を止めた。「二学期の学校で会おうぜ」
それだけ言って、彼女は俺の家を去った。
俺はソファに座り、恋の溜息を大きくゆっくりと吐いてから目を瞑り、すぐに彼女のことを追いかけることを決めた。一緒に寄り添って夏の終わりの花火を見ようと決めた。それは俺にとって素晴らしい未来だ。俺は部屋に戻り、十秒で着替えた。発電機がどうとかで、誤魔化されてたまるか。勝手に親友にされてたまるか。これは彼女の罠だ。
俺は御崎ミヤビのことを愛してる。
親友なんかで満足出来るわけがない。
恋人にならなければ、二学期が始まったって同じだ。
しがない退屈な毎日の連続。
そんな毎日はもう、沢山だ。
俺は玄関を飛び出す。
「きゃ!」
玄関先で出くわし高い声を上げたのはイギリス少女のアリスだった。今夜は浴衣を身に纏っていた。浴衣は白地に蒼い花びらが斜めに散って、その奥を白勝ちの桜錦が孤独に泳いでいた。彼女は胸を撫で下ろして言う。「ああ、吃驚」
アリスはこの夏に妹のマヨコと友達になった。昼夜を問わずほとんど毎日、アリスとマヨコと一緒だった。きっとマヨコがイギリスに行ったことで、仲良くなったのだと思う。その辺の事情を詳細は俺は知らないけれど、彼女は明日、九月に故郷のイギリスに帰る予定だとマヨコは寂しそうに言っていた。今夜は二人の別れの日だと俺は思い出して、少しセンチメンタルになった。
「ごめん、驚かせちゃって」
「いえ、でもそんなに慌ててどうしたんですか?」
アリスはじっと俺の足下を見ていた。俺も自分の足下を見た。左右違うスニーカを履いていた。俺は苦笑しながら靴を履き替える。「いや、別に、ああ、マヨコなら、リビングで口を開けて眠ってるから」
「え、眠ってる?」アリスは腰に手を当て目の形を変えて、ヒステリックになったと俺に教えてくれた。「もぉ、マヨちゃんってば、約束したのにっ」
「花火に行くの?」
「はい、今日で、その、最後なので、あ、お兄様、」アリスは俺の顔を見つめて姿勢を正して言う。「お兄様、今までお世話になりました」
「そんな、別に俺は何もしてない」
「いえ、お兄様のクッキィは最高でした」
俺はアリスの笑顔に微笑み返す。この夏は特にすることもなく、軽井沢の叔父の別荘で開かれたのパーティに出席してピアノを奏でたりはしたけれど、それ以外はほとんど彼女の裸ばかり描いていたので、アリスが遊びに来たときくらいはクッキィを焼いたり、料理を振る舞ったり、紅茶を淹れて上げたりしていたのだった。
この夏の思い出はそれくらい。
本当にそれくらいしかない。
でもまだ夏は続いている。
続いているから。
終わってしまう前に。
思い出を始めようって強く思った。
「実は俺も約束していて、彼女と一緒に花火を見に行くって」
「あ、そうでしたか、」アリスは手の平を合わせて言う。「それでしたら急がないと」
「うん、それじゃあ、またね、アリス、きっとまた、いつか、マヨコに会いに来るんだろう?」
「はい」
アリスははっきりと頷いた。「必ず、次の夏も」
「さようなら」
「さようなら」
そして俺は自転車に飛び乗り、ペダルを踏み込み彼女を追いかけた。
そして。
ここから俺の人生は彼女を追いかけ続ける人生となる。
俺の人生はこの夏の終わりに始まったと言っていい。
それはいつまでも終わることなく続いている。
これからもきっと終わることはないだろう。
雅に痺れて以来俺は。
どうしようもなく、愛おしいから。




