終章③
マルガリータ・カーショウの膝の上にイリス・S・クレイルは頭を乗せて眠っていた。目元は赤く、赤ちゃんのように泣き疲れて眠ってしまったのだ。
スクリュウの教室の中に、紫色の魔女たちはもういない。スクリュウを回転させていた発電機であるアリスの姿もない。
アリスはガールフレンドと一緒にスクリュウの外に行ってしまった。アリスはこの世界を続けることを選んだのだ。
「ごめんなさい、ママ、私はマヨちゃんがいない世界なんて嫌なの」
イリスとミア・セイレンの遺伝子回路を組み合わせて産まれたアリスという少女は、イリスのことをママと呼び、ミア・セイレンのことをお姉さまと呼んでいた。それからイリスには実の娘がいて、マルガリータと出会うきっかけになった娘がいて、彼女の名前はアプリコット・ゼプテンバ。マルガリータは彼女のベビィシッタとして雇われ、アプリコットが産まれた次の年に誕生したアリスの世話もすることになった。愛情を注ぎ、育ててきた。
だから。
ええ。
彼女に対してどうしたって抱かざるを得なかった愛おしさがあった。
イリスは忠告した。「駄目よ、そんなことを考えちゃ、思考が鈍る、迷いになる」
そんなことを言われても、捨てられないものだった。
そんなことを言われても。
ええ。
愛おしくて堪らないという顔でアリスとアプリコットと手を繋ぎ、アビィ・ロードの横断歩道を渡るあなたを見ていたら。
そんな風景を見せつけられたら。
思考は鈍ってしまいます。
迷ってしまいます。
それはあなたも一緒では?
私はあなたに従います。
あなたの心に。
ミアはあなたの心の本当をずっと。
「アリスが嫌なんて言うの、初めてね、」消え入りそうな声でイリスは言った。「リコと違ってアリスは聞き分けのいい娘だった」
もしアリスが。
アプリコットみたいにお転婆だったら。
イリスは・・・・・・。
「・・・・・・朝?」
眠っていたイリスが目を覚ました。目を擦り、欠伸をした。でも頭はまだマルガリータの膝の上。
「ええ、朝ですね」
スクリュウの教室の窓から、遠くに太陽の光が見えた。
これから天高く昇ろうとする太陽の色は紫だった。
その紫色はどことなくエレクトリックの薫りがして。
彼女のことを思ってしまう。
「ミアの色ね」
イリスは呟いて。
そしてその色を見ないように目元を両手で隠して。
咽び泣いた。
イリスはきっと。
この世界が続いているから泣いている。
教室は朝焼けの強い色に染まった。
イリスがマルガリータに顔を見せてくれたのは、青空が見え始めた頃だった。
「お願い、マルガリータ、」毅然とした声を出してイリスは言った。「目薬を差して」
マルガリータは頷き点眼した。
イリスは目をぎゅっと瞑り、薬を全体に行き渡らせた。
マルガリータはハンカチでイリスの目元を拭く。目薬と彼女の涙をそっと拭いた。
「これからどうしますか?」
「これから?」
「ええ、これから」マルガリータは青空を見る。
「そうね、とにかく、」イリスも青空を瞳に映した。「家に帰りましょう、お転婆娘がそろそろ、拗ねているかもしれないしね」




