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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第五章 ジェネレート
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第五章⑫

 明日の八月十四日の日曜日に、スクリュウの回転が加速する、ということはパイザ・インダストリィの社員全員に通達されていた。加速、というのは普通の社員には、スクリュウがこれまでの深夜零時から六時までの限定的な稼働から、二十四時間の稼働に移行するという意味だった。スクリュウ・プロジェクトのチームは無邪気に喜んでいた。

 スクリュウの加速、というのが、このプロジェクトが目指していた結果であり、成功であるから、イリスの企みを知らない研究員たちは本社ビルの三階のラウンジで昼間からパーティを開いていた。電飾やモールが飾られ、背の高いケーキもあって、まるでクリスマスのように賑やかなパーティだった。皆、笑顔だった。ただ一人、プロジェクトのリーだである、アキラを除いては。

「どうしたんです、浮かない顔して、」紫と白のボーダの厚紙で出来た三角帽子を頭に乗せ、ワインのボトルを片手に、頬をピンク色にした研究員の染野タケシが絡んで来た。「せっかくのパーティですよ、楽しまないと」

「浮かない顔はいつものことでしょ?」アキラは染野を睨み言った。「あんたには楽しんでいないように見えてもね、私はすっごく楽しんでる」

 アキラはテーブルの上のクーラボックスの中の缶ビールを手にし、一気に飲み干し声を張り上げた。「ああ、すっごく楽しいっ!」

「・・・・・・それはよかった、」染野はぎこちなく笑顔を作って後ずさりながら言う。「いいパーティを、スクリュウに乾杯」

「ええ、」アキラは空になったピールの缶を持ち上げて言う。「乾杯」

 アキラは空の缶をゴミ箱に投げ捨てて、新しいビールの缶を開けた。それも一気に飲み干す。

 破滅的な気分だった。

 この世界が終わってしまおうというのに、どうしてこいつらはパーティなんてしているんだろうって。

 終わりの象徴の塔に乾杯して。

 何も知らずに。

 何も知らないからって。

 はしゃぎ過ぎ。

 許せないほどだ。

 ここにあるのは、大衆の縮図だ。

 大衆もこんな風に、何も知らずに、無邪気に、チェンジ・エネルギアの未来を信じ、喜んでいる。

 そんなものはない。

 未来の形はそんなものじゃないのに。

 喜んでいるんだよ。

 どうしたって許せないって思う。

 同時に、自分のことも。

 何かを知っているのに、酔っぱらうしか出来ない自分のことも。

 許せない。

 社長の大森は、スクリュウのプロペラの回転を止めるべきだという主張を持ったアキラのことをクビにしなかった。相変わらずアキラはスクリュウ・プロジェクトのリーダのままだった。大森とはそれについて何も言わない。メールでも何も伝えてくれなかった。プロジェクトのリーダのまま、スクリュウの加速を見届けろ、ということか。

 この世界を終わらせる装置の回転のリズムに合わせて、全てを受諾したという菩薩の仮面を被りをワルツを踊れ、ということか。

 突然のリーダの解任は、場の混乱を引き起こす。大森は静かにこの世界の終わりを迎えたい、というようなことを言っていた。

 そう、静かに。

 この世界の終わりとは。

 きっと。

 いや、どうだろう。

 静か、なのだろうか。

 この宴とは、世界の終わりの前の嵐か。

 静かになって。

 音が消えて。

 そうなら。

 終わりとは、そういうものならば。

 夕立が纏う雷鳴。

 その不協和音が響けば。

 世界は終わらないの?

 今は晴天の夏の空。

 静かで、風雅な空。

 けれど、黄昏時には分からない。

 夏の変化を予測するのは、天気予報師だって難しい。

 何が起こるかなんて分からない。

 そうよ。

 まだ明日のことなんて。

 想像がつかないこと。

 誰にだって予測できない未来がそこにはあるはず。

 破滅的になっている場合じゃないわ。

 アルコールに依存して、この気付きを忘れてはいけない。

 アキラは三本目の缶ビールを空にした。

 缶を投げ捨て。

 そのまま、エレベータに乗り込み、一階のボタンを押す。

 扉が左右に開きエントランスに出る。

「あっ、」アキラは驚いて声が出た。「カノコ」

 篠塚カノコがこちらに向かって走ってくる。背が小さい風の魔女で、オーバドクターズのカノコが走っている。「あ、アキラっ」

 今日はセックス・ピストルズのTシャツに、リーバイスのジーンズに、ニューバランスのスニーカという、中学生みたいな格好をしていた。その格好のせいだろう、受付嬢がカノコの背中に向かって叫んでいた。「こらこら、お嬢ちゃん、勝手に入っちゃ駄目だって!」

 カノコはアキラの腕にしがみつき後ろに隠れた。

「あ、えっと、」どうしてカノコがここにいるのか、よく分からないけれどアキラは受付嬢に言った。「あ、すいません、私の友達なんです、この娘」

「あ、そうですか、」受付嬢は頷きながら、カノコのことを観察して言った。「随分、年下のお友達をお持ちですね」

「べぇ」カノコは子供みたいに舌を出して受付嬢を挑発した。ますます中学生だって思われたことだろう。

 受付嬢は苦笑いで踵を返した。

 カノコはさらに受付嬢の背中に向かって右ストレートを打ち込むポーズを見せた。

「・・・・・・カノコ、何しに来たの?」

「産まれたんだっ!」カノコっは満面の笑みで言った。「産まれたんだ、女の子っ!」

「はあ!?」アキラは大きな声を出してしまった。アルコールによってリミッタがはずれかかっていたせいだろう。とにかく、産まれた、なんて突然過ぎる。「カノコ、妊娠してたのっ!?」

「は、違うよ、何言ってんの?」カノコは真顔で言う。「姉ちゃんのことだよ、私のお腹、膨らんでいたことなんてなかったっしょ?」

「なんだ、」アキラは胸を撫で降ろす。「なんだ、お姉さんのことね、ああ、びっくりしたぁ、・・・・・・っていうか、カノコ、お姉さんいたんだ」

「うん、とにかくこの喜びを一刻も早く、アキラに伝えたくって」

「電話してくれればよかったのに」

「直接会って、」カノコは両腕を広げて言った。「伝えたかった」

 アキラはカノコの言葉に微笑んだ。素直に嬉しかった。「ありがとう」

「なんか、お酒臭い」

「ああ、さっきまで、パーティしてて」

「え、パーティ?」

「うん、明日のスクリュウの完全稼働を祝してね、プロジェクトチームの皆でパーティしていたの、もう、なんていうか、耐えられなくって、外に出てきたところ、カノコに会いに天神さんに行こうかなって思って」

「ふうん、そっか、」カノコは腰に手を当て、エントランスの天井を見上げて言う。エントランスには金色のシャンデリアが輝きを放っている。「その人たちは、悲しい気持ちになるかもしれないね」

「え?」

「アキラ、明日はもちろん、暇だよね?」

「暇、っていうか、」何もしなければ、明日、世界は終わってしまうじゃないか。「カノコ、私は、産まれて来た新しい命のためにも私は」

「スクリュウは、」カノコは人差し指でアキラの唇を押さえ、片目を瞑り、声を潜めて言った。「日曜日に破壊する」


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