第三章⑥
彼女の名前はミア・セイレン。
ミヤビが自分の名前を名乗ると、名前が似てるとミアは嬉しそうに言った。「私たちには沢山の共通点がありそうね」
二人はロウソンを出て、近くのバス停のベンチに座った。時刻表を見ればすでに最終のバスは終わっている。トンネルは錦景市の北西の外れにあって、ほとんど山の中だ。周囲は緑が濃く茂っていて、この時間では夜空が地面まで続いているようだった。明かりはロウソンの店内の明かりとバス停の外灯だけだ。トンネルの方を覗き込めば、点々と微かにオレンジ色の光が見える。車はミヤビとミアがベンチに座ってから一台も通過していない。
「共通点て、例えば?」
「あなた、魔女でしょ?」
ミヤビは驚き彼女の顔を見つめた。「……っていうことは、ミアも?」
「うん、」ミアはなんでもないことのように頷く。「分からなかった? 私も発電機よ」
「煌めいてくれなくっちゃ分からない、」ミヤビはミアの髪の色をじっと見つめる。よく見れば確かに、紫の色素を感じる。「でも、いや、なんとなく、そんな気はしていたけど、ミアも、ゴースト・バスタに?」
「ええ、まあ、そんなところ、とにかく、魔女ってことは二人の大きな共通点だわ、」ミアはミヤビの髪を触り言う。彼女の指は細く長い。背もミヤビより五センチくらい高いだろう。「それから、コンビニでエロ本を立ち読みしちゃうくらい、エロいってところかしら、あははっ、私以外にそんな娘、いないと思ってたんだけど」
ミヤビはミアが高い声で笑うから顔がピンク色になった。「言っておくけど、今日が初めてなんだからね」
「え、なんのいいわけ?」ミアはずっと笑いっぱなしだ。「初めてだからって、何なの? もしかして恥ずかしいことだと思ってるの? エロ本を読むことが恥ずかしいことだと思っているわけ? もしそうだとしたら、あははっ、あなたってとても初な女の子なのね、あははっ、おかしいわ」
「ああ、もう、」ミヤビはミアを睨み付けて声を荒げる。「笑うなっ」
「ねぇ、」ミアは笑うのを止めて、どこか哀愁漂う表情を作り、ぐっとミヤビに顔を接近させて囁く。「私の裸、見たい?」
「え?」
「見たいんでしょ? 私には分かる、あなたが私の裸に触れて厭らしい部分にキスしたいって思っているっていうことは分かっているんだから、全部、分かってるんだから」
「そんなこと思ってない、」ミヤビはミアから顔を背けて言う。そんなことを思っていたから、顔を見られたくなかった。「こんなところで、そんなこと思わない、ましてミアと出会ってまだ、十分も経ってないし」
「あら、時間の問題なの?」
「絡むなって」ミヤビはミアに背中を向けて膝を抱いた。
「絡んでない、ただのコミュニケーションだわ」
「ああ、コミュニケーションって難しいっ」
「そうかしら?」
「そうだよ」
「きっと言葉だけで済まそうって考えるからよ、言葉のニュアンスって人それぞれだから、人それぞれに言語がある、だから言葉だけで済まそうと思ったら誤解は自ずと生じてしまうもの、そうでしょ? 世界のあらゆる時代の戦争の原因って結局のところ言葉の壁を飛び越えようとしなかったからなのよ、飛び越える勇気がないから武器を持って相手を殺すの、だから、お嬢さん、こっちを向いてよ、お願い」
「何よ、訳分からないこと言って、お嬢さんって、」ミヤビは首だけ振り返って言った。ミアが背中をずっとくすぐっているからだ。「お嬢さんってなんだよっ」
ミヤビはミアから視線を離せなかった。
彼女はコンバースのハイカットに、折り目の付いた紅色のスカートに、来ているジャージは紺色のロンズデールのクラシックだったけれど、ミアはジャージのファスナをへそまで降ろしてミヤビに白い肌を見せていた。ミアは下着をしていなかった。ミアの体はよく見えた。「ミヤビに触って欲しがってるわ」
ミアの体は暖かかった。
ミヤビの体を触ったミアも同じことを思ったみたいだ。「ミヤビの体ってあったかい」
同じ発電機だからだろうか。
ミヤビとミアには共通点が多かった。
もっと同じなところが欲しくて。
ミヤビはコンバースのハイカットを買おうと思った。




