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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第三章 ディスコード
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第三章⑦

 心霊スポットとして有名なこのトンネルに名前はない。向こう側まで百メートルもない小さなトンネルだった。片側一車線で左右に幅の狭い歩道があって曲面になっている壁にはスプレで下手くそな絵と下手くそな字が書かれていてそれに思想は全く感じられなかった。マクドナルドでバカ騒ぎするような群れでいないと何も出来ない愚かな四流私大に通う学生の仕業だろうとミヤビは思った。

「いないわね、」先を軽快に歩くミアは回転しながら周囲を見回して言った。「エネルギアは確かに感じたんだけどな」

「エネルギアを感じることが出来るの?」ミヤビは聞く。

「なんとなくね、」ミアはミヤビの方に体を向けて後ろ向きに歩く。「なんとなく、感じるのよ」

「ミアもアキラに頼まれて、ゴースト・バスタをしているの?」

「アキラって誰?」ミアはこちらを向いたまま首を傾げる。

「パイザ・インダストリィの研究員」

「知らないわ、」ミアは前を向いて両手を広げた。「あ、もう着いちゃったね」

 二人は幽霊と遭遇することなくトンネルを抜けた。下手くそな絵と下手くそな字を覗けば普通のトンネルだった。嫌な感じもなかった。まあ、心霊番組嫌などで多様される嫌な感じがするっていうのはきっと、恐怖からくる、ただの体調不良だろう。幽霊に慣れてからミヤビは、いわゆる嫌な感じを体験していない。

「エネルギアを感じたのは気のせいだったみたい、」ミアは自分の髪に指を入れながら言う。「どうする、もう帰ろうか、ミヤビの家に泊まってもあげてもいいわ、……って聞いてる?」

 ミヤビは振り返って歩いてきたトンネルの暗闇をじっと見ていた。「ミア、お願いがあるんだけど」

「お願い? 出来ればもうちょっと間隔を開けて欲しいな、今は冷却中って感じなんだけど」

「そうじゃなくてっ、」ミヤビは頬をわずかにピンク色にしてミアを睨み付けて言う。「私の目を後ろから手で隠して」

「え、」ミアは笑う。「それってそういうことじゃない、そういうプレイじゃない?」

「ここに出る幽霊のこと知ってる?」

「ううん、今日は調べて来なかった、この近くを通りかかって感じるものがあったから」

「このトンネルに出る幽霊っていうのは、」ミヤビはミアに説明してあげる。「誘拐されてレイプされて殺された女なんだ、その女は誘拐されてから殺されるまでずっと目隠しをされていたんだ」

「まあ、なんて可哀想な話なの、」ミアはわざとらしく口元を両手で隠して言う。「酷過ぎる話だわ」

「まあ、それが事実かどうかは分からないけれど、ここでそういう事件があったって言われている、それでさ、ここで女の幽霊に会うためには、目隠しをしてトンネルを歩く必要があるんだよ」

「なるほどね、」ミアは頷く。「でも、どうして目隠しをする必要があるんだろう?」

「私もよく分かんないけど、とにかく、ほら、」ミヤビはライジング・ブレイドの入ったギターケースをミアに背負わせ彼女に背中を向けた。「目隠しして」

「分かったわ、重いわ、この中、何が入ってるの?」

「武器よ」

「ふうん、武器ねぇ」

「ほら、早く目隠しして」

「分かった」

 そう言ってミアはミヤビの胸を後ろから触った。

「きゃあ!」ミヤビは悲鳴を上げて怒鳴る。「ってそうじゃないって!」

「あははっ、」ミアは手を叩いて笑う。「ミヤビってば、意外と可愛い声で鳴くのね」

「ちゃんとやってよ」

「分かった、ちゃんとやるわ、だからそんなに怖い顔しないでよ」

 それからミアはミヤビの色んなところを触り続け、もう笑い疲れた、という頃にやっと目隠しをしてくれた。視界は完全に真っ暗闇だ。

「そう、それでいいんだって」

「さあ、」ミアは声に緊張感を含ませて言う。「行きましょう」

 そして二人は再びトンネルの中を歩き出した。

 ゆっくりと歩く。

 トンネル内は相変わらずしんと静まり返っている。このトンネルまでの道が封鎖されてしまったかのように車は通らない。ただ二人の足音だけが響いている。

「ねぇ、ミヤビ」トンネルの中腹にさしかかったくらいにミアが耳元で囁いた。

「いた?」

「こんなことしても無駄だと思う、っていうか、歩き憎い、腕が疲れて来たわ」

「まだトンネルを抜けてないでしょ、それまで我慢して、絶対に離しちゃ駄目よ」

「・・・・・・あっ」ミアが声を上げた。

「え、何?」

「本当に幽霊が出て来た」

「手を退けて」

「ミヤビさっきトンネルを抜ける、まで絶対に手を離しちゃ駄目って言った」

「もう幽霊がいるんだろっ! 早く離してって!」

「怖い声出さないで、」ミアは手を離して、そしてミヤビの横に並んだ。「ああ、腕が疲れちゃったわ」

「どこにいるの!?」ミヤビは幽霊を見つけられずにいた。前方にも、後方にもいない。「どこにいるんだよっ!?」

「上」

 ミアは言って、ミヤビの体を両手で押した。

 ミヤビは揺らめいてコンクリートの上に尻餅を付いた。痛かった。「何すんだっ!」

 がなった瞬間。

 ミヤビとミアの間に鎌が振り下ろされコンクリートに突き刺さりひび割れた。

 ミヤビの前には足がない女性の幽霊が立っている。

 色は血の色。

 着物姿だ。

 幽霊には目がなかった。

 空洞だ。

「なるほど、きっとこの幽霊は、自分と同じ運命を辿りそうになる少女を助けるためにずっとここにいるんだわ、目隠しをされてレイプされて殺されないようにここにいるんだわ、事件は六十年以上も前ね、ああ、なんてこと、違うわ、目隠しじゃない、あなた、目をえぐり取られたのね、酷い、なんて残酷なの、人間がすることじゃないわ」

 まるで劇の台詞を言うようなオーバな口調だった。

 ミアは言いながら、自分の紫色の髪を煌めかせていた。

 圧倒的な紫色だった。

 煌めきながらミアはギターケースを開け、ライジング・ブレイドを取り出した。

 ライジング・ブレイドはミアに反応して煌めいた。

 ミヤビが握るときよりもずっと。

 煌めいている。

 眩しくてミヤビは目を瞑った。

「成仏させてあげる、あなたが天国に行けることを願っている、あなたには天国に行ける資格がある、私はそう思う、まあ、天国があるかどうかなんて分からないんだけどね、とにかくどうか、恨まないでね、合掌」

 瞼を透過するほどの紫電が弾けて。

 夕立明けの夏の夜のトンネルの中には不協和音が響いている。


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