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星が重なる日  作者: 橘花


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14.沈黙の向こう側にあるもの

「……変わったのは、数値じゃないですね」


最初に口を開いたのは、

壁面モニターの少し手前、

解析卓の横に立っていた分析官だった。


声は低く、

必要以上に通らない。


断定を避けるためではない。

断定できないことを、

本人がいちばん理解しているからだ。


「数値は全部、想定内です」


言い切る、というより

確認事項を読み上げるような口調だった。


誰かが、

その言葉をそのまま通さずに返す。


「想定内、というのは」


分析官は一瞬だけ視線を落とす。


「誤差範囲内です。

 通信遅延、減衰、ノイズ、

 どれも理論値から外れていない」


「揺らぎは?」


「あります。

 だからこそ、正常です」


「つまり」


別の声が続く。


「“異常検知”は、

 一つも立っていない」


「はい」


短い肯定。


「じゃあ、どこが変わった?」


質問は単純だった。

だが、その単純さが

この部屋では少し浮いている。


少し間が空く。


分析官は、

画面を指ささなかった。


ポインタも動かさない。


指し示せる場所が、

存在しないからだ。


「……変わっていない、という状態が

 続きすぎています」


その言葉は、

一度、空中で止まったように聞こえた。


「それは、問題ではないのでは」


慎重な反論だった。


「通常なら、そうです」


即座に返る。


「通常なら?」


「無反応は、揺れます」


今度は、

別の技術者が言葉を引き継いだ。


「完全な未応答でも、

 毎回、微妙に違う。

 到達予測距離、

 消失タイミング、

 ログのばらつき方」


「無音にも、

 癖が出る」


「でも今回は?」


分析官が、

ほんの少しだけ息を吸う。


「似すぎています」


その一言だけが、

部屋の中央に置かれる。


誰もすぐに拾わない。


「似ている、というのは……

 同じ、という意味ですか」


問いは、

意図的に噛み砕かれていた。


「同じではありません」


分析官は即答する。


「完全一致ではない。

 むしろ、

 一致していない」


「じゃあ、何が」


「“違い方”です」


「違い方?」


「ばらつきの形が、です」


沈黙。


誰も、

すぐには続きを言わない。


誰かが言葉を足せば、

そこで初めて

「定義」が生まれてしまう。


「……意図を感じる、

 ということですか」


問いは、

試すようでもあり、

恐る恐るでもあった。


それに、

誰もすぐ答えない。


「“意図”という言葉は、

 まだ使えません」


分析官が、

慎重に選ぶ。


「使えない理由は?」


「使った瞬間、

 主体を想定してしまうからです」


「主体を想定すると?」


「関係が生まれます」


「関係が生まれると?」


「行動が必要になります」


その連鎖は、

誰の頭の中にも

すでに出来上がっていた。


だから、

誰も否定しない。


「じゃあ、

 今は何が起きている?」


首相が、

初めて口を開く。


声は静かだった。

だが、

部屋の重心が

そこに移動する。


「……観測されている、

 可能性です」


「“されている”?」


「こちらが投げたものが、

 無視されているのではなく、

 測られている可能性がある」


「交信ではない?」


「交信ではありません」


「合意も?」


「ありません」


「敵意は?」


「確認できません」


「善意は?」


「同じくです」


短い息が、

誰かの口から漏れる。


それは安堵ではない。

戸惑いでもない。


理解が追いつかないときの、

身体反応だった。


「つまり……

 何も分からない?」


「はい」


分析官は即答した。


「ただ一つだけ、

 分かっていることがあります」


「何だ」


「沈黙が、

 一様ではない」


その言葉で、

室内の空気が

わずかに変わる。


「こちらだけではない?」


「はい」


「同じ星の、

 別の場所にも?」


「少なくとも、

 “同じ振る舞い”が

 複数確認されています」


「国だと、

 言える?」


「言えません」


「文明?」


「言えません」


「世界?」


分析官は、

一瞬だけ言葉を探す。


「……それも」


首相は、

画面から目を離さない。


「名前を与えられない存在、か」


「はい」


「だが、

 存在している可能性は

 無視できない」


誰も否定しない。


否定するための材料が、

存在しない。


「我々は、

 見ているのか」


首相が言う。


「それとも?」


少し間を置いて、


「見られているのか」


その問いには、

答えが返らなかった。


返せなかったのではない。

返す言葉が、

まだ存在しない。


「沈黙を破るべきか」


誰かが、

ほとんど独り言のように言う。


「破った瞬間、

 相手を“相手”として

 定義してしまいます」


分析官が答える。


「定義すると?」


「外交になります」


「軍事は?」


「否定できません」


「経済は?」


「避けられません」


首相は、

ゆっくりと息を吐く。


「今は?」


「今は、

 沈黙が境界です」


「境界として、

 機能している?」


「はい」


「なら」


首相は、

短く言った。


「まだ、

 越えるな」


誰も反論しない。


「沈黙を保つ」


「はい」


「名づけない」


「はい」


「測っているかもしれない相手を、

 こちらから測り返さない」


「はい」


少し間が空く。


「……この沈黙は、

 いつまで続く?」


首相はそう聞いた。


分析官は、

正直に答える。


「分かりません」


「だが」


「はい」


「意味を持ち始めている」


「それだけは、

 確実です」


沈黙が戻る。


だがそれは、

何も起きていない沈黙ではない。


互いに、

距離を測り合っている沈黙だった。


そしてその距離は、

まだ

縮まってもいないし、

離れてもいなかった。


ただ、

測られ続けていた。

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