5話「愛は傍にあった」
健康的な金髪の女アマリリス・ティオドレールとして誕生した私は、小さい頃から運動が好きで異性の友人も多かった。
アマリリスにとっては性別はあまり関係のないものだ。
一緒に走るだとか一緒に外で遊ぶだとかそういう場面において性差というのはあまり関係ないものである。
「よ! アマリリス! お前まーた走り込みしてんのかよ!」
「ええ」
「いい加減女らしくしろよな」
「うるさいわね」
だがいつしか関係は変わり。
異性は異性となっていってしまった。
ある程度の年齢になれば異性の友人というのは成り立たない――そのことに徐々に気づいてきた私である。
「余計なこと言わないでちょうだい」
「はいはい、分かったよ。じゃあな。好きにしろや」
そんな私にも婚約者ができた。
周囲よりかは少し遅めではあったけれど。
婚約してくれた彼ディアゴンゴ・フォ・フェ・フォは三つ年上の男性。見た目はそこそこ良い。人気者だとも聞いている。他者への接し方も良いと噂だ。
ただ、私に対してだけは厳しい態度を取ってくる。
何でも私が活発な女であることが気に食わないらしい。
そういうことなら最初から拒否してくれれば良かったのに……。
「アマリリス! 貴様! また走っているのか!」
「あ、ディアゴンゴさん」
「女性なのだから走るのはやめろと言っただろう!」
「申し訳ありませんがそれはできません」
「なぜだ!! ……いや、まぁ、そうだろうなとは思っていたが。それにしても、なぜ!! なぜそんなにも頑ななんだ!!」
両拳を上下させ顔を真っ赤にして怒りを露わにするディアゴンゴ。
「走ることが好きだからです」
「貴様は男か!?」
「いいえ、女です」
「走るのが好きというのはもはや男のようなものだろう!!」
「いえ」
「そういうものだ!!」
「決めつけないでください」
「そうじゃない!! 決まっているのだ、すべて」
「おかしいです」
「何だと!? 失礼すぎる!! ……貴様本当にいい加減にしろよ」
ディアゴンゴは眉間にしわを寄せつつ睨みつけてきた。
だが動じはしない。
その程度で自分を曲げるほど今の私は大人しくない。
「婚約前に申し上げましたよね、私は運動好きだと」
「それは聞いていたが……だがまさかここまでとは思わないだろう! こんな、毎日に近いくらい走りを続けているような、そんな女がいるとは思わなかったんだ!」
「嫌なら断ってください、ともお伝えしました」
「話を聞いていないのか!? まさかここまでとは思わなかったんだ!!」
……こんな感じで。
どうしても私たちは分かり合えない。
「もういい! 婚約は破棄とする!」
そしてその時は突然やって来た。
「アマリリス・ティオドレール! 貴様との関係はここまでとする! 本日をもって、我々は他人となる!」
平凡な日に叩き壊される二人の契約。
「……どうやらそれしかないようですね」
「当たり前だろう! 男の、それも近々夫となる男の、言うことを聞けない女なぞこの世には不要なのだ!」
こうして私たちの関係は終わりを迎えてしまった。
――その三日後、ディアゴンゴはこの世を去ることとなる。
その日ディアゴンゴは新たな結婚相手を探すべくお見合いパーティーに参加することとしていたそうだ。しかし会場へ向かう途中乗っていた馬車が山賊に襲撃されて。良い服を着ていたディアゴンゴは山賊に引きずり出されて。そのまま帰らぬ人となってしまったそうである。
「聞いたよアマリリス。……婚約破棄されたんだって?」
「ええそうなの」
「良かったの? その人、手放して」
「気が合わなかったのよ」
「そっかぁ」
「心配してくれてありがとう」
婚約破棄後は同性の親友ミミと定期的にお茶するようになった。
「早くいい人見つけなよ?」
「ミミったら、気が早いわね……今はできる気がしないわ」
「良い展開待ってるから!」
「もう。……期待し過ぎず待っていて?」
「のんびり待ってるね」
私たちは何でも言い合える仲だ。だから少々踏み込んだような言葉であっても交わすことができる。親しくない相手にであればかなり言いづらいようなことであっても私たち二人は普通に言い合うことができる。それはある意味二人の関係の特別な部分だろう。
「ねえミミ、一緒に走り込みしない?」
「しーなーいーよー」
「残念だわ」
「いっつも誘ってくるよね」
「親友だから楽しいことや好きなことを共有したいって思うのよ」
「そういうのいーらーなーいー」
「じゃあ見守ってくれる?」
「あ、うんうん! それならいいよ! 見ておくだけなら!」
「良かった。じゃあ見張りよろしく」
「はいはーい」
今は結婚については考えるつもりはない。そういう話はもう少し先に。人生は長いのだから慌てる必要はない。いや、世間的には少し違うのかもしれないが。ただ、私としてはそう思っているし、それが私という人間の価値観なのだ。
だから私は私を貫く――そう思っていたのだけれど、走り込み中に石につまづき転倒しその際の打ち所が悪くて落命してしまった。
「アマリリスぅぅぅぅぅ!! なんで、なんで、こんな……っ、こんなことに……死んじゃうなんてっ……こんなの、こんなこと、嘘、でしょ……っ、ぅ、ぅぅ……嫌だぁぁぁぁ。やだよぉぉぉ!! ずっと一緒にいたかった、ずっと一緒に生きていきたかった、だって……だって」
私の葬式の時、ミミは号泣していた。
「好きだったんだもぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」
――ありがとう、ミミ、私も大好きだったよ。
言いたかったけれど。
死んでしまっていたからどうしようもなかった。
でも、それでも諦めたくなくて、心の中で強く想いを叫んだ。
届かなくても。
届けたいから。
……こうして私アマリリス・ティオドレールはこの世を去った。




