4話「花は何度でも散る」
ラヴェヴェの母は私クレチネアに対して酷く怒っていた。
憎しみ、怨み、そういったものを彼女はどこまでも背負っていた。
彼女が私へ目を向ける時、その瞳には凄まじく深い闇が宿っている。
いつも、この世のすべての黒いものを練り込んだような目つきで私を見て、そして叫ぶのだ。
息子を返せ、と。
あんたのせいだ、と。
そして、呪われた女だ、と騒ぐのである。
また、噂によれば彼女は、親戚や昔からの友人らに「あの女のせいで息子が亡くなってしまった。あの女は悪魔だった」だとか「呪われた女と知り合ったために可愛い坊やが死へと誘われてしまった」だとか言って回っているらしい。
周囲は正気を失っているのだなと理解して聞き流してくれているようだが……しかしながら根拠なくそういうことを言いふらされるというのは、正直なところ、あまり良い気はしない。
私は何もしていない。呪われているわけではないし、彼を呪ったわけでもない。どこにでもいるような普通の女でしかない。それなのに悪魔のように言われるとさすがに傷つく。しかもいろんな人に対して言いふらされているとなるとなおさら胸が痛くなってしまう。
「クレチネア・タンナーヴェ! あたしはあんたを許さない! だから今日も会いに来た!」
しかも彼女は毎日のように家の前へやって来るから厄介だ。
「出てこい! すぐに! 出てきなさいよ、悪魔! 悪魔の女! 悪女!」
家の前に立つと彼女はそんな風にして大声を発する。
……完全に近所迷惑である。
「出てきなさい! クレチネア・タンナーヴェ! 早く出てきなさいよ! 家に隠れてなんていないでっ。逃げるつもり!? そんなこと無意味よ! 逃げようだなんて、隠れておこうだなんて、卑怯の極みだわ。悪いことをしたのはあんたでしょ!? ならば早く出てきて、あたしの前に立って、そして謝りなさいよ!」
彼女はいつまでもそこに立って騒いでいる。
「聞いているの!? 出てこいって言っているの! いつまでそうやって隠れているつもりなのかしら。意地でも出ないというのならあたしはあんたを引きずり出してあげるわ! そこまでする覚悟よ、だって可愛い坊やのためだもの! 可愛い息子を奪われたあたしに主張しない理由はない! あたしはとことんやるわ! あんたを絶対許さない、あんたを逃がしはしない、だからあたしはあんたを絶対の絶対に謝らせる!!」
そんなことが続いていたのだが。数週間が経ったある日、珍しく彼女が現れない日があって。しばらく行けていなかった買い出しに出掛けようとしたところ、玄関近くで突如飛び出してきたラヴェヴェの母に襲われた。その手には刃物。リンゴを斬るような銀色が私に向かってきて。もう駄目か、と思った次の瞬間、ちょうど道を歩いていた近所のおじさんが割って入ってくれた。
その後ラヴェヴェの母は逮捕される。
牢に入れられた数日後、彼女は牢内にて謎の死を遂げた。
ラヴェヴェの母による襲撃からは何とか生き延びたクレチネアだったのだが――なんてことのない平凡なある日、通り魔に襲われ、まさかの落命となってしまったのだった。
悪いことなんて何もしていないのにクレチネア・タンナーヴェの人生は実にあっさりと終わりを迎えてしまったのであった。
◆
何もない狭間を漂う。
一も百もない空間。
誰でもない何でもない私という魂は波の隙間を縫うように流されてゆくだけ。
どこへ行くのだろう。
それすらも分からない。
ただ、無限の光に包まれた白色の世界はどこか温かで、この空間の優しさに癒されていると感じている私がいる。
◆
「何してるの、アマリリス!」
「いちいちうるさいよ母さん。走り込みしてるだけじゃん。騒ぐようなこと、なんにもしてないじゃん」
「もー……相変わらずね、アマリリスは。走り込みなんて女の子らしくないでしょ? だから駄目だって言っているのに」
「女が走って何が悪いの? って感じ」
「駄目なものは駄目なのよ。婚約者もいる身だっていうのに。婚約破棄されてしまったらどうするのよ」
私は元気な女性アマリリス・ティオドレールとして誕生した。




