偽名の令嬢 ― “亡霊商人”の誕生
――王都の地下、光の届かぬ闇の迷宮。
そこは《ノクス》と呼ばれる地下都市。聖教会に見捨てられた者たちが、罪と取引で生きる街だった。
湿った空気の中、青白い鉱石の光だけが、地上の太陽の代わりに瞬いている。
黒い仮面をつけ、深紅のローブを纏った女が人混みを進む。
その名を――セリーヌ・クロウ。
彼女の素性を知る者はいない。
だが、《ノクス》ではすでにこう囁かれていた。
「顔を見た者は、真実を暴かれるらしい」
「金でも嘘でも、全部“見透かされる”亡霊だ」
闇の市場では、恐怖と好奇の視線が彼女を追う。
仮面の奥から覗く黄金の瞳――それは“真実を視る者”の証だった。
テーブルの向かいには、仮面を外したカインの姿がある。
彼は取引人としての顔を持ちながら、裏では情報屋として暗躍していた。
カイン:「教会のルートを辿って分かった。あの《加護石》、本物じゃねぇ。」
セレナ:「……知ってたの?」
カイン:「まさか。お前が取引で気づいたんだろ。表面は光の結晶だが、中身は“穢れた魔石”。闇のエネルギーを聖なる皮で包んでる。」
セレナは、机の上に転がる小さな結晶を手に取る。
透明なはずの石の奥に、黒い靄がうごめいていた。
セレナ(心の声):「光の加護なんて嘘……人の信仰を喰う魔石だったのね。」
カイン:「綺麗なもんほど、裏は汚い。それがこの国の“神”の仕組みだ。」
セレナの瞳が一瞬だけ金に輝く。
――3秒。
世界が止まり、魔石の内部構造が線と符号のように浮かび上がる。
「光の加護」とされてきた紋様の中心に、人間の“魂の痕跡”が見えた。
セレナ(小さく):「……まさか。これは、人の命を封じた……」
その瞬間、背後で短い合図音。
カインが眉を寄せる。
カイン:「追っ手だ。教会の諜報部が、お前の動きを掴んだらしい。」
セレナ:「ふふ、思ったより早いわね。」
仮面の下、唇にかすかな笑み。
そして、外套の裾を翻しながら立ち上がる。
セレナ:「――“亡霊商人”の名を、本物にしてあげる。」
その言葉とともに、
《ノクス》の灯が一斉に瞬き、
黄金の瞳が闇を裂く。
3秒の静寂。
次の瞬間、取引所の魔法灯がすべて吹き飛んだ。
――亡霊が歩き出す。
光を装う神の嘘を暴くために。




