第一章 覚醒編 ジャック・ライボルト
ブリッケンがホムラを捉え、黒い靄が流れ込んだように見えた。
どう見てもヤベェ。
ビジュアル的に絶対乗っ取りとか憑依とかそういう類の奴だって。
直後爺の体は抜け殻のようにぶっ倒れ、ホムラは後ろに仰け反った体制で白目をむき痙攣している。
どうするべきなんだ?
乗っ取られる前にホムラを殺して阻止するか?
「どうなってる?」
「わからん!見たことない魔法だ」
ジオとベルトルッチがクソみてぇな問答してやがる。
見たことあるほうがヤベェっつの。
「おい!乗っ取りだとしたらヤベェぞ!!完全に乗っ取られる前にホムラを殺すしかねぇんじゃないか!?」
俺は言ってやった。
女連中が悲鳴を上げる。
うるせぇやクソが!
ヤツは爺の体を『腐った』とか言ってやがったろ。
つまり新しい体を手に入れた今、ヤツは何をするのかわかんねぇんだよ!
ジオもベルトルッチも固まって何もできねぇでやんの。
1,2年先に来たってだけで先輩ヅラしやがるくせに何もできねぇんだな。
先輩後輩、クラス分け。くそくらえだ。
要はやったもん勝ちだろうが。
ワリぃ。俺は出会って1か月も経ってねぇような奴に情が湧くほどお優しい人間じゃねぇんだ。
俺は普段人と慣れあったりしない。
一匹狼気取って格好つけてるんじゃなく、単純に苦手だ。
ガーディアンとなって最初にやらされたこと。無理やりパーティーを組まされた。
理由は同時期にギルドに入ったから。それだけだ。
単純で相性なんて全く考えていない。クソみたいなシステムだ。
モニカ・キュレイ・グレイスロードという少女は魔術師だという。
名前が3節ある。ということはどこかの貴族の出なのかも知れない。
確かに仕草の端々に育ちの良さが出る。
面白いのはドアの開け方ひとつで上品さが出ることか。
俺だったら一発で力を込めて開け放つところを、一定の力で一定速度でドアを開けた。
いいとこのお嬢様が、なぜこんな命捨てるような世界に入ってきたのか興味はあった。
身分の差でどうしても距離を感じちまう。向こうはそんなことはみじんも感じていないだろうが。
そして簡単な座学(ギルドの仕組みや色分けの階級についての説明など)を終えると、実地での指導役と顔合わせ。
度肝を抜かれた。
そりゃ驚くさ。なんてったって人類最高峰、クラスレッドの称号を持つ男が入ってきたんだからな。
英雄伝に名前があってもおかしくない存在。いやむしろこれから彼の伝記が出るのかもしれない。
生きる伝説。
気さくに話しかけてくる。
これが人類最高峰なのかと拍子抜けだった。
精神年齢がガキのおっさんだった。俺もまだガキだが。
家柄と力。俺よりも上の人間に挟まれ、委縮する。
初めての実地研修として、蒸気都市モリス・ベン・ドレイ近郊の森へ魔獣討伐へ赴いた。
新入りの実力を試す恒例行事らしい。
森の中には確かに魔獣がわんさか居やがった。
なんでも魔術結界で、外から入ってきた魔物は出れなくなる。森の中に閉じ込めるっていうことだ。
魔獣といったって凶暴性の増したイノシシや人を襲うカラスとかばかりで、狩りとやることは何ら変わらない。
俺は難なく魔獣を狩っていく。
が、難がないのは俺だけだったらしい。
モニカ・キュレイ・グレイスロードはまともに戦うことができないでいた。
ブラッドボア(血のように真っ赤な毛皮をした凶暴なイノシシ)相手に逃げ惑うだけ。
見てられない。
一頭の脳天に矢を放ち、ブラッドボアは絶命した。
「あ…ありが…とう…ございまふ…」
ゼェゼェと息を切らしながら絶え絶えに礼を言う女。
もう一頭のブラッドボアに気付いてない。
ブヒィ―――!!!
「ウベアァ!」
あーあ…見てらんねぇ…
魔術で木の上に避難させてやる。
「ウッ…グスッ…ありがとう…」
今度は泣いてグズグズになった顔で礼を言われた。
「お、おう。涙と鼻水ふけよ?」
そう言って魔獣が去るのを待った。
狩りは一人だ。息を殺し、獲物に近づき仕留める。
だが今はグズる同い年の少女がいる。
やりづれぇ…
結局この後彼女は一体も倒すことができないままボコボコにされ、慌てたヒロに助け出されてた。
どうせすぐにやめるんだろう。
そう思って必要以上に話したりしなかった。
だがモニカはやめなかった。真面目に訓練し、強くなろうとしていた。
3か月がたつ頃には一通り戦える理論は構築していた。
そしてよく俺に魔獣の倒し方や性質なんかを聞いてきた。
俺は不器用で今のところ才能も見えないこの少女を尊敬し始めていた。
ちょっとぎこちないが、友達位にはなれたんじゃないかと思っていた矢先。
またあの森に行った。
今回は訳が違った。
イレギュラーに困惑しつつ、やることは変わらない。
しかし気が付けばモニカは宙を舞っていた。
巨大なジャイアント・グローブ・グレズリーに気が付けず、彼女は死にかけた。
しかし彼女は助けられた。
パーティーメンバーの俺でもなく、指導役のヒロでもない少年に。
俺は"守護者"になろうとギルドに入ったんだろ?いつまで"孤高の狩人"でいるつもりだ?
俺はみんなを"護る"ため、一人を殺すことになるかもしれない。
ホムラ…悪く思うなよ…!
狙いは首。
雷の速さで剣をふるう。光を視認した時にはもう遅い。
ガシィ!
!!?
腕を掴まれた!?そんな馬鹿な!?
雷速の勢いが一気に殺され、体がぐるんと宙を舞った。
空を向いた時、顔を掴まれ地面に叩きつけられる。
後頭部を強打し意識が飛びかける。
「クククク…ハズレだと思ったら驚いた。当たりも当たり…大当たりだ!!」
耳障りな声が聞こえる。
声の主を見れば最悪の状況。
そこにいたのはニタリと不気味な笑みを浮かべるホムラだった。
「あぁぁぁぁぁ!!!」
マオが槍を構え突っ込む。
ベルトルッチの援護もなし。
感情で動くんじゃねぇ…!
「若いってのはいいねぇ!」
爽快に叫びながら突っ込んでくるマオに手を突き出す。
今までとは違うモーション。
何をする気だ?
ズドン!!!
大気が揺れ、10mくらい吹き飛ばされた。
衝撃波か。
ヤツの手を向けた先は、大地は抉れ木々は根元からなぎ倒されている。
マオの姿はない。
耳鳴りで何も聞こえない。
俺たちは何が起きたのかを理解することができず、ただ呆然と立ち尽くす。
「素晴らしい!!魔力放出でこの威力!!!この余裕!!!素晴らしい!!!!!!」
「何?」
ただの魔力放出だと?
さっきのは魔法ですらなかったっつーのかよ。
魔力放出はため込んだ魔力を一気に吐き出し、空気を押し出す行為。
魔法適性試験で使われるテストの一つ。
人間には空気中のマナを吸収し、魔力を生成する機関がある。
マナ吸収変換効率・魔力容量・吐出性能の3つのうち、吐出性能を調べるために行われる魔力放出。
一般の人間は大抵ろうそくの火を消せるとかその程度。
ガーディアンで魔法・魔術をメインに使うような奴らは、人を吹っ飛ばすくらいの威力は欲しいっていう風に言われているが。
吹っ飛ばすっつーレベルじゃねーぞ…
これはホムラの素の力なのか?それともブリッケンの力なのか?
どちらにせよ今は目の前にいる奴が凄まじい力を持っていることが分かった。
さっきまでの爺の時とは比にならねぇほどのパワー。
「マオ!!!」
ジオが叫ぶ。
が応答はない。
そらそうだ。あれだけの"圧"を受けて無事であるはずがねぇ。
「おい先輩共!援護しろ!!モニカ!!お前もだ!!」
棒立ちする連中に発破をかけるが動くかは知らねぇ。
攻撃が2人落とされて編成が攻撃2と援護2。
バランス的にはあんまり好ましくねぇ。
―雷操魔術・雷檻―
雷の檻がヤツの周辺を囲み機動力を落とす。あと多少なりとも気が散ってくれると助かるんだが。
動けないブリッケン目掛けて矢を放つ。
いつさっきの攻撃が来るか分かんねぇから、周りを走りながら矢を放つ。
だが全て弾かれてる。
「ハッハッハァ!!こんな子供だましで仕留められるとでも?これじゃあイノシシだって狩れないぜ!?」
ここで雷檻が解ける。
視界が開けたブリッケンが俺に照準を合わせている。
読みが正しければおそらく次は範囲を絞った魔力放出をしてくるはずだ。
「ウォーミングアップには丁度いい!!!くらえ!!!」
ドゥン!
思った通り!狙い撃つかのようにピンポイントで俺の頭を狙ってきた。
―回路起動・稲妻―
稲妻になって雷速移動。回避。
解除して惰性で飛ぶ。そして全体重とスピードを右ひざに乗せる。
―ライトニング・ニースタンプ―
魔法でも何でもない。
だが効くだろうぜ。俺が何回かヒロにやられて体験済みだ!
俺の右膝は的確に左のこめかみを捉えた。
ジオのこめかみに俺の膝が直撃する。
予想だにしていない方向からの攻撃に対応できなかったジオは数メートル吹き飛び悶絶した。
「…………!!!な、なにしやがる!!!!」
「あー、ワリ。攻撃回避した先に先輩がいらっしゃるとは思わなかったっす」
「白々しいぞ!!」
「目ぇ覚ませや。いつまで案山子になってるつもりだ?あ?いいから手伝え」
仲間がやられて動けなくなるなんて剣士失格だぞ。
完全に目が覚めたわけじゃないだろうが、それでも駒は使う。
俺一人でどうこうできる相手じゃない。
地面に伏すジオを起こし耳打ちで簡潔に作戦を話す。
「そんな単純な…もはや作戦ですらないだろ…」
ジオはいやそうに顔をしかめ言った。
「単純なほうがやりやすいし、掛けやすいんだよ!!」
そういうと俺はブリッケンの正面から剣を構え走り出す。
正面から切りかかる…訳ねぇだろ!
―稲妻―
真後ろに回り込む。
だが流石雷速を捉えただけのことはある。俺を視界に入れたままだ。
そして俺は足を掴まれた。
「ワンパターンなんだよ!小僧!!」
「な?言ったろ?」
「!?」
俺に気を取られすぎて俺の真後ろから続いてきていたジオに気づかなかった。
俺は囮だ。
俺を掴む知り合いの顔をした悪魔野郎に電気を流し込んでやる。
「ぐぅ!!?クソッ!!」
筋肉が痙攣し反応が遅れる。
行けぇ!!
ガキィン!!!
ブリッケンがホムラの剣を使って防いだ。
「小癪なぁ!!!」
「うおぁあ!!?」
ヤツは俺を振り回し、ジオにぶつける。
掛かった!
ヤツは今片手に剣を持ち、もう片方は俺を振り投げている。
剣を持っている俺たちに意識は向いてる。
「今だ!!ベル!!!モニカ!!!」
ジオが叫ぶと同時に大地がうねり出し、土でできた柱がブリッケン目掛けてせり出した。
モニカのほうへ目を移すと詠唱をしている。
数本の柱がヤツを挟み込み、身動きを封じる。
―氷操魔術・永久凍土―
限定的な任意空間の大気圧と湿度をコントロールし凍結させる。
水はどこから来たんだろうかと思ったが、周りを見ると砕けたドームの氷はなくなっていた。
その空間を氷塊へ閉じ込める。
モニカの魔術はブリッケンを柱ごと凍結させた。
「クソ…今俺たちにできるのはここが限界か…」
「急いで村へ戻ってギルドに応援要請するぞ」
「でも…マオが…」
「一刻を争う。氷もあまり過信はできない」
「身軽なほうがいい。マオもホムラもジジイも今は無視だ。行くぞ」
残酷だがマオの回収の時間すら惜しい。
先の戦闘で方向感覚も分からなくなった。
状況はあくまでも現状維持の時間稼ぎに過ぎない。
しかし…
パキャ…
誰もがそれを聞いて背筋を凍らせた。
氷塊に一筋の亀裂が入っている。
どうやらそう簡単には逃がしてくれないらしい。
休む暇さえくれない。
そらそうか。俺たちが助けを呼んでヒロなんかが来たら流石にヤツ自身危ないからな。
これが神代の力…
「走れぇ!!!」
ベルトルッチが後ろから叫んだ。
氷塊に背を向け全力で走り出す。
イナヅマを使いたかったが、筋肉への負荷が大きいから多用はできない。
クソッタレが!さっきもこんな感じの見たぞ!
圧倒的な力の差に心が折れそうだ。
こんな化け物が万もいた時代があって、しかもそいつらが全力で戦争してやがったんだからな。
そりゃあ天変地異そのものだろう。
バキバキと氷塊に亀裂が入っていく音が聞こえてくる。
次の瞬間ー
バァァァアアン!!!!
大きな爆発音。
氷のつぶてが飛散し、あたりに突き刺さる。
俺はとっさに木の陰に入って無事だったが、隣の木を見ると人の腕ほどもある氷塊が突き刺さっている。
あんなのが当たったらひとたまりもないだろう。
皆は無事か?
「ハハハ!いい!いいぞ!!狩りだ!!!逃げろ!!!隠れろ!!!!」
手足を切っても再生、首を切っても再生、氷漬けにしても復活。
全員で仲良く逃げる術はねぇな。クソッ。
…………しゃーねぇ
―魔術回路起動・雷装―
俺が親父から教わった魔術。バチバチと全身から放電する。
自分自身の放電で筋肉が痙攣し、筋繊維が切れていく感覚だ。
まだ制御がままならないし、痛てぇからあんま使いたくないんだが…
「よう悪魔」
俺は木の陰から出て悪魔に向き直る。
悪魔は驚いたような顔をして俺を見ていた。
「お?お前は残ったんか?なんだよ面白くねぇな。俺は狩りがしてぇんだよ」
「はっ!テメェの都合なんざ聞いてやる義理は…ねぇ!!!!」
―雷魔法・雷矢―
ノーモーションからの雷速の矢。
「うおっ!!」
っ!!!避けやがった!!
元狩神とはよく言ったもんだぜ。
だが雷属性の矢が通った後はしばらく帯電する。
本命はこっちだ。
それに触れたブリッケンが一瞬硬直する。
―イナヅマ―
「全く、ワンパターンなんだよなぁ…」
ため息をしながらヤツはつぶやく。
あぁそうさ俺ができることっつったらこれくらいだ。
『ジャック。お前は誰に似たのか賢くはねぇ。だが要は使い方だ』
『親父がバカだからだろうが』
『多芸のやつは手強い。でも俺もお前もいろんなことを考えながら戦ったりは出来ねぇ』
『認めてんじゃねぇか』
『だから一芸に秀でた男になれ。何かを極限まで高めるんだ』
『………』
あぁ…俺も親父も頭わりぃからな。
雷操魔術一本。
珍しい魔術ではあるが、雷の特性なんて単純そのもの。
慣れるまでに時間がかかるが、慣れちまえば難しいことじゃねぇ。
上位の戦士なら雷を目で追える。
でもそんな単純な魔術も、原理を理解すれば応用が利く。
むしろ単純だからこそ、だ。
誘導なしで生きたい方向に自分で行こうとすると速度が落ちる。せいぜいが秒速200キロ程度だろう。
だから今までは補足されてもしゃーなしだ。(並大抵はできないが)
じゃあ既に通り道があったら?
パチッ
「ぐぅ!!!???」
俺は秒速2000キロを超えられる。