第二章 星見の町編 星見前夜
「いやぁ最高だったな!いい気味だ」
「いや…悪役そのものだったぞ…」
いやぁ、魔術でちょっとズルしたけど、まさか外まで飛んでいくとは思わなかった。
お恥ずかしいですわ。オホホホホ。
そんな騒動もありつつ、手続きは早々に終わり、いざ任務へ。
と外に出れば空は既に赤と紫に染まっている。
日は地平線へと沈み、世界は暗転する。
「うーん。流石にこれから出るのは危ないか」
ヒロはそう言うと私たちを連れて聖堂の方へ歩き始める。
宿探しだ。
町中は綺麗に石畳が整備され、等間隔に並ぶ街灯は魔法の火で広範囲を優しく照らす。
避難令が出ているせいか人がまばらにいるだけだ。
「…腹減った」
ホムラがぼそりと言った。
確かに今胃に入っているのは果実水だけ。
昼もほどほどにしか食べていなかったからなおさら。
とはいえ外を出歩く人が少なければ、やっている店も少ない。
少しばかり店を選びつつ、一つの店にたどり着く。
『濃紺の瞬き亭』
名前の通り濃紺の店構えに鮮やかな黄色で書かれた5つの星。
何か意味があるのか、はたまた意味は特にないのか。
とりあえずこの町らしい名前の店だった。
格子にはめられたガラスは分厚いうえに質が悪いのか歪んでいて、外からは内側を伺い知ることはできない。
それでも中で火が揺らめいているは見えた。
その揺らめきが星の瞬きにも見える。
ひっそりとたたずむその店はまさしく広い夜空に瞬く星のよう。
なんてロマンチックなことを考えている少女をしり目に、男どもは店のドアをやや強めに開け放ち、ズカズカと入店していく。
はぁ…
「いらっしゃいませ。これはこれはヒロ様。ご機嫌麗しゅう」
「あ、あぁ…失礼だが前に会ったことがあったかな?」
皆に続いて入店すると、スーツを着込んだ老齢の紳士が迎え入れてくれていた。
口ぶりからするとこの紳士はヒロのことを知っていて、対するヒロは彼を知らないようだ。
覚えていないというのが正しいか?
「いえ。以前サマドル伯爵様の主催なされた舞踏会にて、お姿を拝見しただけでございます」
なるほど。
クラスレッドともなると、貴族とも関りができるか。
というか、なんと無しに入ってきてしまったけど、何やら高級そうなお店だ。
調度品もそこらの酒場では見られないような精巧なものが多い。
おまけにカーペットがふかふかだ。
「おっと失礼。申し遅れました。『濃紺の瞬き亭』オーナーのブレキスト・トラクル・ムスタングと申します」
「クラスレッド、ヒロ。と右からホムラ、ジャック、モニカだ。ムスタングといえば、美食家の一族だったか。申し訳ないがトラクル家は聞き及んだことがない」
「えぇ。我がトラクル家はムスタング一族の末席。むしろ料理人の家系でございます。先の舞踏会でも料理人としての参席でしたので」
美食のムスタング。
そんな通り名があるほどに有名な一族。
本家「トシタリ家」は侯爵家であり、国政の中枢にいる。
「ビュース家」子爵を世襲する分家。治める土地の特産品は高品質の食材ばかりで、王家に献上される。
この他に4つのムスタングがあり、それぞれ食に関係した大きな一族だ。
「子供含めた4人だが構わないか?」
「もちろんでございます。どうぞこちらへ」
唐突な雰囲気にホムラとジャックは完全にオロオロ、そわそわと落ち着きが無くなっている。
特にジャックは上品に振舞おうとぎこちなく歩いていて、どこか可笑しい。
通されたテーブルにはロウソクが5本灯されていた。
火の大きさにしては随分と明るく見える。
おそらく魔法の火なのだろう。
「明日から任務に入られるということで?」
「あぁ。オークの討伐に」
「…なるほど。でしたら体力の付く料理をお作り致しましょう。確か大繁殖期で数が多いと聞き及んでおりますので」
「こいつらの分は量を多めにしてもらえると助かる」
「かしこまりました。では食前のお飲み物はいかがいたしましょうか?」
飲み物の名前が書かれたプレートがそれぞれに渡され、各々注文する。
それから料理が運ばれるまでは明日のことを話し合った。
ジャックが偵察し、ホムラが切り込み、私が援護する。
ヒロは後方で待機し、手を出さない。
オークは縄張りが非常に広い。
奴等がまとまっているのか、分散しているのか、実際に行かなければ分からない。
ジャックはオークと戦ったことがあるらしいけど、私とホムラは初めてだ。
気を引き締めなきゃね。
「お待たせいたしました。ビスカス牛のステーキでございます」
打ち合わせもほどほどに料理が運ばれる。
熱せられた鉄皿の上に大きいステーキがジューと音を立てている。
「ビスカス牛は非常に柔らかく、レアで焼くと口の中で解ける様な触感です」
料理の説明だけで口の中に唾があふれるようだ。
そして特性のソースがかけられ、香辛料の香りが充満する。
ヒロが葡萄酒を進められているが断っている。
まだお酒の味を知らないが、きっとこの料理と相性抜群の物なのだろう。
そう思うともったいないと思ってしまう。
仕事前にお酒を飲まない主義かな。
私たちは葡萄の果実水だ。
表面は焦げ目がつくほどに十分焼かれている。
ナイフで切り分けようと肉を刺す。
表面で一瞬ナイフに抵抗感があるが、それを過ぎればスーッと刃が進んでゆく。
断面は綺麗なピンク色。
内側は柔らかく、フォークで持ち上げると、自重で反ってしまうほど。
口に運べばホロホロと崩れるように…
…
ガツガツと食べるホムラとジャックを見て一気に馬鹿らしくなった。
まぁ好きに食べればいいけどさ。
もうちょっと味わって食べるとか…
ヒロは一口が大きいけど、それでも上品に食べている。
表面が固いパンをちぎると中はふわふわで、しかも湯気が出ている。
それをオイルにつけて食べる。
うん。
とても美味しい。
なるほど美食家が考えた料理。
納得のいく料理だ。
まさに至福のひと時。
そう言ったひと時はあっという間に過ぎていくのがお約束だ。
食べている間は誰も話さず、黙々と口に運ぶ。
「実に美味だ。食材はブレキスト殿が選ばれたもので?」
「…いえ…このメニューは我が倅が考え、食材を選んだものです。」
皆食べ終わり、料理の具合をオーナーに伝える。
しかしどこか暗い雰囲気でブレキストさんは語った。
「倅は…4か月前に死にました。フビルリリアン大森林で」
フビルリリアン大森林…
聞き覚えがある名前だな。
それもそのはず。
明日私たちが向かうことになっている大森林。
オークが巣食う危険な森。
「なんでわざわざそんなところに行ったんです?」
ホムラが遠慮なく聞く。
「食材探しです。新しいメニューを考えていたようです。遺品の中にレシピの研究をしていたノートがありました」
「危険だとわかっていて誰も連れて行かなかったんですか?」
「いえ…用心棒としてそれなりの冒険者を連れていましたが…彼らも全滅」
「ちょっと待て。全員喰われたのか!?」
「ジャック!やめないか。失礼」
「いえ、良いのです。皆様には必要な情報かと思います。ジャック様のご質問ですが…はい…全員。わずかばかりの遺品だけが残りました」
「そんな…」
さっきはムスタングの末席と謙遜してはいたけれど、それでもお金はそれなりにあるはず。
腕利きの冒険者を雇っていたはずだ。
それをオーク達が喰らってしまっている。
これはマズいことになっているのではないだろうか。
「失礼だが、ご子息が…オークにやられてから、何か変化などはありませんでしたか?オークの活動が活発化したとか、凶暴化したとか」
「いえ、むしろ家畜のオークの被害が減っており、大人しくなっているという話です」
うん?大人しくなる?
元々知性の低い魔物で、共喰いをした個体はさらに低くなるというのが一般的のはずだけど。
「さて。こんなお話の後で申し訳ございませんが、食後のデザートなどいかがでしょう」
デザート!!
―――
十分な量の料理と有益な情報を手に入れ、私たちは濃紺の瞬き亭を後にした。
お題はいつの間にかヒロが支払っていた。
ホムラに羨望のまなざしで見られているのを、「よせやい」と頬を掻く彼はどこか親しみやすさを感じさせる。
これがクラスレッド。人類最強。
「さて、宿に向かうとすっか」
ブレキストさんにいい宿を紹介してもらい、今日はそこへ宿泊だ。
彼の紹介だし、さぞ良い宿なんだろうな。
歩いて数分。
たどり着いたのは普通の宿だった。
扉を開けるとエントランス兼酒場。
今は人がまばらで、ちょっとガヤガヤしてはいるが騒音というほどではない。
奥に行くとカウンター。
立派な髭を蓄えた恰幅の良いおじさんが不愛想に酒を出している。
「宿を取りたい。二部屋空いてるかい?」
「フン…ガキを泊める部屋はねぇよ。帰んな」
ありゃ?
思わぬところで壁にぶち当たった。
にしても態度悪すぎるだろ。このおっさん
「ブレキスト殿の紹介できたんだが…どうやら見当違いだったらしい」
「ま、待て!…………3回の突き当りの二部屋が空いてる…」
ガチャガチャとカウンターから鍵を取り出した。
急に態度が変わった。
ブレキストさんに借り物があるのかな?
「それで、旦那ぁ。何か飲んで行きやす?ブレキスト様のご友人ともあれば、サービスしときますぜ」
あぁ。すり寄ってくるこの態度。
貴族からおこぼれを頂こうと群がってくる商人と同じだ。
「結構だ。こんなシケた店の酒なんぞ飲めるか」
おっと。気を付けなおじさん。
この人、昼間にならず者を一人ボコボコにしたんだぜ?
と、悪ふざけはこの辺にして。
急変した店主にヒロは機嫌を損ねてしまった。
必死に弁明しようとする店主もまた滑稽だ。
最初にあんな横柄な態度を取ってなければよかったのに。
冷や汗だらだらに流す店主を横目に私たちは上へあがる。
二階は木剥き出しの床がギシギシ鳴っていたけど、三階はカーペットが敷かれ、なんとなくいい匂いがする気がする。
なるほどブレキストさんが薦めてくれたのはこういう事か。
なおさらあの店主がもったいない。
「なるほど。ブレキスト殿が出資している宿という事か」
「なんで三階だけ豪華なんだ?平均して分配すれば宿としての価値が上がるだろうに」
「格安の宿の需要が高いんだろう。中途半端な値段にするより、安いか高いかで選ばせる方が店側としても楽だろうしな」
「高い宿に泊まる人がわざわざこんなとこ選ぶかな?」
「だからこそ紹介というわけさ」
そういう事ね。
出資されている上に高額宿泊客の斡旋までやってもらっている。
そりゃブレキストさんに頭上がらないよね。
おまけに私たちはどう見てもそっち側には見えないし、まさかブレキストさんからの紹介とはつゆほども考えなかったのだろう。
気の毒な店主。
普段から丁寧に対応していれば…まぁそんなこと求めても仕方がないか。
部屋に着くとヒロが私の荷物を隅においてくれた。
「ここのシングルはモニカが使いな。向こうはホムラとジャックに使わせる」
「ヒロは?」
「俺は気になることができたから、情報収集を兼ねて周辺の偵察に出る」
明日は実質ヒロは何もしないようなものだから、今夜動いておくという事らしい。
不安要素が生まれてしまった以上、警戒度を上げなくてはならなくなった。
「隣の部屋で少し明日のことについて話そう」
そう促されホムラたちの部屋に集まる。
二人は既に荷解きを済ませ、武器の手入れをしていた。
「冒険者が既に犠牲になっていたのは予想外だった。貴族が雇う冒険者なんだから腕は立つんだろう」
「今日行った冒険者ギルドはそこまで強い人はいなさそうだったけど」
「わざわざ外から雇い入れたのか。なんにせよそいつらの力を手に入れているオークがいる」
オークの特性についてはなぜそうなるのか、どういう原理なのかは解明されてはいない。
捕食対象の力を100%取り入れるのか、ロスがあるのか。
魔術師を喰らった場合、その個体は魔法や魔術を使えるようになるのか。
それを確かめるために人体実験などできるはずもない。
今となっては物語としての側面が大きいが、『ファフの冒険書』というものがある。
実際に存在したといわれる冒険者の手記を基に書かれた物語。
他の歴史書と比べると多少の誇大と脚色があるものの、時代と登場人物に矛盾はないらしい。
その中に登場する「ジャイアントオーク・ロード」はたくさんの人間を喰った非常に強力な個体だった。
最初は優位に事を運んでいた主人公ファフ達だったが、仲間が一人喰われたことで戦況が一気にひっくり返り、彼らはピンチを迎える。
そんな物語だ。
これがどこまで誇張されているのかは確かめようもない。
いや、明日になれば分かるか。
「極力手は出さないつもりだが、危険だと判断すれば即刻参戦する。撤退も視野に入れる。その場合、ジャックは二人を連れて行け」
「アンタは?」
「ハッハッハ!そう簡単にやられる玉じゃないさ。お前らが撤退したら俺も退く。徒歩で!!」
撤退という言葉に体が反応する。
前回私たちは悪魔ブリッケン相手に翻弄させられ、撤退もままならなかった。
あの時、もし誰かがブリッケンを抑えられていたら、また違った結果になったかもしれない。
過ぎた話はよそう。
ジャックの魔術である”イナズマ”は触れている対象も任意で雷速移動に巻き込むことができる。
私はそれで何回か助けられた。
それでも限界はあるし、速度も落ちる。
せいぜい2人を連れて逃げるくらいか。
大丈夫。油断をしなければどうってことない。
戦えるし、いざとなれば撤退もできる。
よし!
「気を引き締めて行けよ!」
「おう!」
―――
作戦会議が終わり解散。
ヒロは情報収集のため出払った。
ジャックは水浴びをしてから武器の手入れを再開した。
彼の後に俺も水浴びを済ませた。
「どこ行くんだよ」
「散歩だよ」
「こんな時間に?」
「この時間だからこそ。だろう?」
「?」
部屋を出ようとする俺に声をかけてくるジャックの表情は訝しげだ。
「せっかく星見の町に来たんだ。見ておこうかなって」
「一人で行くのかよ」
「だって興味ないだろ?」
「ない」
キッパリと言い張るジャック。
そんなんだろうと思ったから誘わなかったんだ。
なら一人で行くさ。
考え事もしたい。
そう思い至って外へ出た。
夏とはいえ日が落ちれば気温も下がる。
空気はほんのり温かみを帯びているが、汗をかくほどではない。
風が吹けば心地いい。
空を見れば濃紺の夜空に星が散りばめられている。
俺はここの空気が好きだ。
懐かしさも感じる。
記憶はもう欠片もないはずなのに。
なんと無しに歩いていると人とすれ違う。
装いを見ると旅人だろうか。
街灯の光は揺らめくことなく道を照らす。
アテもなく歩いていると、他の建物よりも頭一つ抜け出た大きな建造物にたどり着いた。
聖堂。
星の神…えっと…名前は何だったか…その神様を崇める立派な石造りの聖堂だ。
…
神様。この前戦ったばかりだが、正直よく分からない存在だった。
ヒロたちの話では、ブリッケンは魔神として何も目立った動きをしてこなかったが故に、脆弱な存在だったらしい。
俺が浄化できたのはそういうことなのか。
それでも素の神だったころの力はあったかもしれない。
根は神様だったのだ。
本気で人間と敵対するつもりはなかったのだろう。
そして今俺はある問題に直面している。
物が良く当たるのだ。
ジャックに向かって投げた石が、変な軌道を通り命中した。
石の形とか投げた時の回転とかでそうなったんだろうと最初は思った。
しかし今日…確信に変わった。
適当に投げた鼻くそがありえない軌道でヒロの背中に当たった。
彼はまだ気づいていない。
つまり、ブリッケンを倒したことで、その権能が俺に譲渡された。
聞かされた叙述史やおとぎ話の中では、魔神や悪魔が神を殺して権能を奪ったという記述が良く見られた。
それがただの人間にも適応されるのか?
人間が権能を手に入れたという話はあるにはあったが、神様に与えられるか、悪魔に呪いとして負の権能を付与させられるといった話ばかりだった。
聖炎の魔法が何か関係しているのだろうか。
聖魔法に関しては詳しい記述がないうえに、数も少ない。
そして問題はそれだけではない。
ブリッケンの権能は”必中”。他にも持ってたかもしれないが。
どう考えても剣士の俺向きではない…
ジャックの方が適任だっただろう。
本当に権能を手に入れたのかも定かではないし、譲渡ができるかもわからないから言い出しにくい。
まぁ使わなきゃバレない。
とりあえず黙っておこう。
さて、聖堂の中はステンドグラスが月明かりに照らされ、空気中の塵に色を落とし幻想的な雰囲気を醸し出している。
ステンドクラスはおそらく星の神に関する物語が表されているのだろう。
こういうものはストーリーを知ったうえで見ないと「よく分からないけど綺麗」くらいにしか感動がないな。
そんな幻想的な空間を通り過ぎると、右手に星の装飾がされた扉があった。
分かりやすい。
その扉を開ければ人がなんとかすれ違える幅の階段がある。
蠟燭の明かりを頼りに上っていく。
辺りは静寂に包まれていて、耳をすませば虫の音、鳥の声が聞こええる。
ミレニアムは日をまたいでも酔っ払いが騒いでいて、こういう自然の音とは縁が遠い。
いい町だ。
展望室の扉は頑丈な鉄扉だった。
鍵は開いている。
ギギィともっともらしい音を立てながら重い扉が開けられる。
美少女がいた。
満天の星空に青白く照らされ、振り向きざまにこっちを見るその姿に俺はくぎ付けになった。
「ホムラじゃん。星を見に来るなんて意外だね」
モニカだった。
何だろうこの何とも言えない敗北感は。
「どうしたの?」
動かない俺を心配したように、顔をのぞき込んできた。
相手がモニカだと思えば俺の精神は平静を保てる。
「いや、別に」
「はは~ん。さては私に見惚れてたな?」
いたずらっぽい表情で俺を見る。
否定できないのが悔しいところだ。
ニヤニヤと笑うモニカに敗北感に似た感情が沸き上がる。
「夏はちょっと星見にはあんまり向いてないって聞いてたけど、すごいね」
「あぁ。夜がこんなに明るいとは思わなかった」
「ねっ。ほら月とサジュもきれいだよ」
「サジュがあんなにきれいに見えるのは初めてかもしれない」
サジュは赤い月の衛星だ。
普段意識して夜空を見ていなかっただけかもしれないが。
「星も綺麗だ」
「…だね……」
気が付けば俺たちは二人並んで座り、夜空を眺めていた。
星が密集している場所がある。
星雲というんだったか。
紫っぽい色味にも見えるし、青や赤にも見える。
俺は星に思いをはせ、唄を綴るような詩人ではないが、綺麗なものを見れば感動だってするさ。
「ねぇ…ホムラはなんでガーディアンになったの?」
「…難しい質問だね。俺は…」
唐突な質問に驚いた。
考えたことがないわけじゃない。
だけど確かな芯となるような意思はない。
「ホムラはさ、たまたま私たちに見つかって、保護されたから流れでなっちゃったって思ってない?」
「…そう…だね。ヒロ達みたいに明確な理由は…ないかな…」
「フフッ」
「な、なんだよ…」
「いや、ごめん。この前の私と同じだなって。ちょっと可笑しくなっちゃった」
「同じ?」
「私の家って貴族なの。狭い箱の中で過ごしてきた。外の世界を知りたくなったの。それで家で同然に出てきたってわけ」
「外を知りたかったんなら冒険者になった方が…」
「そう!そうなんだけどね」
モニカの雰囲気が少し変わった。
「世間知らずの小娘が右も左も、一般常識も知らない世界に単身で出てくればさ。よくない輩に絡まれるわけよね」
「…」
「不用意に自分の名前を言っちゃったの。そういうやつらはすぐにピンとくるんだろうね。貴族の娘である私を使って身代金をって考えて拉致したの」
「人攫い…か…」
「そう。縛られて、馬に乗せられて連れ去られて。何もできなかった。どうしようもなくて泣いてた。私は閉じ込められてたんじゃない。守られていたんだって」
「そっか…」
「悔しかったんだ。力ない人間はある者に奪われるしかないって」
モニカの手がギュッと握られる。
「で、もうすぐ町から出ちゃうって時に、私を乗せた馬が吹き飛んだの」
「えっ?」
「そのあと私の視界に移ったのは馬の騎手と人攫いの仲間たち。赤い血だまり。そして赤いスカーフ」
壮絶な光景に絶句する。
言葉も出せない。
「騎手が死んで、ほかの連中も手足を斬り飛ばされて倒れていった。圧倒的な力。無慈悲な暴力だった」
いうまでもなくヒロのことだ。
付き合いはまだ短いが、あの人の強さはある程度理解しているつもりだ。
だけど、俺の知ってる彼は情が深くて心優しい人だ。
俺がまだ知らないヒロの顔。
「力は奪うだけじゃないって。護るための力があるんだって」
「護るための力…」
「そのあと私は一回家に帰ったの。こっぴどく怒られて、締め付けが強くなって。でも私は魔法と魔術を学んだ。そして2年後また家を出た。今度は騙されなかった。返り討ちにもした」
「すごいな…モニカらしいけど…」
「へへっ。ありがと。少しの間旅をしてたら赤いスカーフと再会したの。彼は私を覚えてはいなかったけど。そして”守護者”の存在を知ったの」
「守られてきたのが護る側になったわけか」
「そう。この前マオにガーディアンになった理由を聞かれて、その時は特に理由なんてないと思ったけど、今ならわかる」
そういうとモニカは俺をまっすぐに見た。
香油の香りがフワッと来た。
「護るってこと。力をつけて、その力を護ることに使うんだって」
モニカの瞳には確かな意思が見られた。
まっすぐで、まだ細くて柔らかいが、粘りのある芯が見えた。
「だからね…多分なんだけど、ホムラも無くなっちゃった記憶の中に”守護者”になるだけの意思があったんだと思うんだ」
「…そう…なのかな…もう欠片も無くなっちゃってるから確かめようがないけど…」
「ごめん…私ちょっと興奮しちゃって…」
「明日、いよいよだからね。気にしなくていい。記憶がなくなったことについてはあんまり気にしてない。むしろスッキリしてるんだ」
「そうなんだ…」
「…」
「…」
目が合った状態でしばらく無言の時間が過ぎる。
モニカの顔が赤くなったところでハッとお互いに目をそらした。
「もう戻ろっか」
「あぁ。明日があるしな」
そう言って二人で会話もなく宿に戻り、部屋の前で別れ、寝た。
しばらくベッドの中で悶々とした気持ちで眠れなかったのは言うまでもない。




