清濁渦巻く社会の中で
レッツ☆暗躍
「『パイロットNo.4801』……これで俺も『APST』乗りの仲間入りかぁ」
近頃、引越しを終えた。その自室の布団の上に座し、首に掛けた札と携帯端末を灰褐色の双眸で見つめ、乱雑に切り揃えた薄茶色の頭髪に空いた片手を乗せる、一人の若い男。
男の首に掛けた札はプラスチック製で、『APST』の正式パイロットとして識別用のチップが埋め込まれ、傷埃を付けていないことから来る透明な光沢を持っている。
その『APST』の正式パイロット識別用チップを読み取った携帯端末には男が零す言葉通り『APST:BM正式パイロットNo.4801【シュテル・ゲインダウト】』と自身の顔写真が表示されていた。
シュテル・ゲインダウトは莫大な『報酬』を対価に『APST』適正試験に挑み、逆脚NA二機を相手に勝利し、見事合格した『APST』正式パイロットである。
それも試験では始めて操縦する筈の『APST』で、不意打ちに成功し一機を撃破、残る一機を撃破するために動かなくなった敵の武装を壁に突き刺し、跳躍する逆脚NAよりも高く飛ぶことで激戦を制し、試験官を驚嘆させた実績の持ち主である。
射撃精度が最低レベルであるものの、移動制御に長け、戦闘中に見せる思い切りの良さが評価されている事からして、あからさまに怪しかった。
その特殊さからシュテルは家族構成や勤務していた会社から、近日中に利用した施設での動向に至るまで諸々の方面から調査が入れられたものの、その結果判明したのは彼が今まで『APST』を操縦した事もなければ、反社会勢力との接触もせず、彼が『APST』の操縦試験を実施する二ヶ月前に離職しているという正真正銘の一般人であるという事実のみであった。
また、離職後の二ヶ月間の彼の動向について、二十四時間、秒の隙間すら残さない精度で調査されたが、『入れ替わり』等の行動は無く、『APST』操縦試験申請まで静かに過ごしていたと証明するだけに終わっている。
「試験後に試験官が『APST』の操縦経験の有無を改めて聞いてきたのは、裏があると思ってだろうけど……そんな後ろめたい隠し事秘めてないからなぁ……」
警戒した様子で質問する試験官の行動を思い出して苦笑し、灰褐色の目を細める。
彼は諸々の方面から調査を入れられた通り、『APST』のパイロットになる前は『テゾブロス』系企業に勤めていた一般人であった。
ある理由から『APST』と呼ばれる人型兵器の操縦方法を会得した身ではあったが、シュテルも両親も家族皆が『APST』等と接点を持たず、精々任務に輸送される『APST』を見た程度の正真正銘唯の一般人である。
事実、ある出来事がなければ、シュテル自身『APST』のパイロットになると決心していなかった。
「にしても、No.4801ってことは、少なくとも五千人弱はAPSTパイロットがいるのか……結構多いな」
携帯端末に表示された自己のデータを眺め、的外れな考えを浮かべるシュテル。
パイロットのNo.xxxxとは、歴代でxxxx人目のAPSTパイロットという意味であり、現存するパイロットの数はかなり少ない。
事実、年平均で、APSTパイロットの増加数は六十名ほどで、様々な理由からそれを辞める人数は、六十を超える事も少なくはない。
人員の増減が頻繁に起きるため、いちいち居なくなったパイロットの番号に新たなパイロットデータを加えるようになると、管理上データが把握しづらくなりやすいという理由で、NO.xxxxの箇所は増え続けている。
今の正式なAPSTパイロットの人数はシュテルを含めて二百十六名。
単純にパイロットNo.で計算すると、No.4585~No.4801までの番号を持つ者しかいないという事になる。
だが、何人か、古参の番号を持つAPSTパイロットも生存しているため、先程挙げたNo.のパイロット達の中には既に退職した者もいる。
そういった事情に無知であるシュテルが、勘違いだったと知るのはこのすぐ後だ。
「……さて、『APST』について詳しく学ぶか」
『APST』を操縦出来たものの、実際はそれを管理・運用している『ニュートラルシステム』や『APST』などの知識が皆無のシュテル。
「見た目以上に重いなこの本……」
視線を首に掛けた札や携帯端末から外し、『ニュートラルシステム』から購入した『APST:BM利用規約及びパイロット概要』と題されている重厚な本を手に取り開いた。
開かれたページには『APST』パイロットとして必須である情報が端的な表現で記されており、シュテルが覚えておきたい内容がほぼ載せられている。
それを熱心に眺めながら、気になった箇所を携帯端末に打ち込む。
「早く依頼を受けて稼がないと……借金を返さないと不味いぞ……」
顔を青ざめさせつつも、ページを捲る手を止めないシュテル。
彼は『APST』操縦試験の依頼申請の為だけに、方々の所謂闇金から借り入れた莫大な借金を抱えさせられた。
中の下ほどの経済環境で暮らしていたシュテルはその額に絶望を覚え、『APST』正式パイロットになった現在でも返済出来るか分からず明日の命すら危ういのでは。そんな不安を抱えていた。
その不安を払拭するには、暴利で増える借金の返済が最優先事項である。
一刻も早く稼ぎを得て借金を返済すべく、働く目的や仕事の種類、死亡する要因、補償の詳細、それらの具体例など、これから生業とする『APST』正式パイロットに必要な知識の獲得は急務だ。
「……ん? 暗くなってきたか。 明かりを付けないとな」
彼の居る部屋にある簡素な外倒し窓からの景色は、寿命間近になり明るさの減りつつある人工太陽が別の区画へと移動を始めることで、夜の姿へと代わり始めていた。
人工太陽が区画を移動し夜へと変化していく中、『ニュートラルシステム』の重鎮達が長い会議を続けていた。
「犯罪歴なし、『テゾブロス』系民間側の企業に就職後、二年間勤務し、退職後は大金と引き換えに行われた『APST』操縦試験に合格……ふざけた経歴ですね」
「それに加えて操縦難度の高い『APST』を始めて操縦し、逆脚NA『NA-GH』シリーズの撃破? 未だに映像を見ても信じられんよ」
「いや、早々に処理されるから、と確認していなかったが彼が何処から大金を用意したかと言うのも問題では?」
「こちらの調査で判明したのじゃが、その出処は複数の裏銀行による借入れと判明したぞい」
「裏銀行? 暴利で金を貸し出す闇金の間違いでは? 人生を賭けて勝利したにしてもやり過ぎでは無いだろうか?」
唸りながら配布された資料と映像を眺める者達。
彼らが取り組んでいるのは『APST』新人パイロットのシュテルについてだ。
「何度も確認を取ったが、当時試験官だった者は不正せず、確かに依頼以上の充実さで試験を実施したと証言している」
シュテルの操縦試験を実施した試験官を部下に持つ者が証言した通り、当時の試験官は依頼通りに試験を行い、加えて事故で死亡させる程度の準備をしていた。
『ニュートラルシステム』側としては、突発的な『APST』増加は好ましくなかったものの、正式な手続きの元で承諾する程度にシュテルの提示した報酬額が大きな利益となると判断し。かつ『顧客』として長く付き合えるほどの財力も無い事を考慮した上、最新式のNAの最終戦闘テストとして、最初期に製造された『APST』を破棄する理由付けとして、確実にシュテルを事故に巻き込み死亡させ搾り切れると確信したからこそ、今回の操縦試験は特例的に実施されたのだった。
故に。シュテルが『APST』を駆り、想定外の損害を出した今回の件とその後の対応について、半日以上も議論が繰り広げられていた。
「開幕の硬直を狙った攻撃での被害を除けば、新型の逆脚NA『NA-GH』シリーズは確かにスペック通りの活躍をしてくれている……いや、これは第一世代の『APST』すら凌駕しているだろう」
「ワシは部門外じゃから専門的なのは分からぬが、その第一世代の『APST』に負けているのはどう説明してくれるのじゃろうか? これを見るとこの最新式NA『NA-GH』が費用に見合う結果を残しているように見えんのじゃが?」
流される映像に映る、逆脚NAの動きに感心する兵器部門トップに、経理部門トップは疑問を投げかける。
「いや、兵器部門の言う通り導入に値する実性能はあるな。搭載されたAIも『企業戦争』を生き残り、今も活躍する逆脚型『APST』乗りの戦術・思考パターンを組み込んである。これは『APST』の操縦者が想定以上の動きを取った事が原因では無いだろうか?」
経理部門トップの質問に答えた技術部門トップの擁護は、苛立ちを募らせていたAI部門トップに火をつける。
「ああそうだよ! こっちのAIは思考ルーチンを確立させたばかりで、対処プロセスの組み立てが未完成だってのにテストに投入した兵器部門達が悪い! 俺は反対したんだからな!」
「いつまでも同じ事をのたまうから実践に投入したと忘れたか頭でっかち」
「うるせえよ! こっちは可能性と確率に喧嘩売ってこの地位に着いたんだよこの石頭!」
「兵器部門もAI部門も抑えろ、会議中だ」
「――はっ!」
「――申し訳ございません!」
白熱する口論を窘める部門統括の言葉に、萎縮する兵器部門とAI部門のトップ。
「それよりも、試験合格者……シュテル・ゲインダウトについてだが、結果について特異点が目立つものの、どれだけ調査しても怪しい点が見つからず、本人証明も取れている以上、依頼を回してしまっても良いのではないか?」
「……そうですな、ですが彼に支給するAPSTは如何なさいますか?」
「そもそも大企業も我々も『APST』の建造施設を凍結していると承知してパイロットを望んだのは問題の新人だ。
通常は第三世代を手配するが、今回の特例措置と称して問題の新人が操縦試験で使った廃棄予定の第一世代で良い。その方が彼も慣れやすく、我々の働きで積み重ねた信頼と脅威として処分する安全性が保たれる」
「ですが何故あの報酬を支払えるまでの金額を準備したのか動機不明で……!」
「だが、その為に作った膨大な負債は残っている。裏銀行は地下に落ちてから『大企業』共の首輪付き。返済しなければ負債者の寿命を担保に返済を迫ってくるのが連中の有名なやり口であると経歴通りの男なら理解している。
その既知のリスクを承知で、あの二大企業の、どちらの側であるかを問わず多くの裏銀行から大金を借り入れた。
つまり、問題の新人は爆発的に膨らむ負債に当面の間縛られる。現状放置していい課題だ」
「『ニュートラルシステム』の規則に則って、『APST』パイロットの扱いで此方の管轄区に置くように指示した。
だがその生きた借金爆薬庫を使い捨てるなら離して置くか?」
「いや、一度問題の新人の有用性を知る機会を設け待遇を決める。方法は営業部門に任せた。『ニュートラルシステム』の役割を履き違えないように」
「成程……近日予定されている件の『地下世界の朝』護衛依頼の受注者確保を『ロットラー』が担当するので、彼女に一度紹介する」
「ほう……あのクソアマとな? ワシの部門の管轄に乗りこんで利益を奪うあの無法者じゃろう? あのクソアマの琴線に触れるのじゃったら、非常に癪じゃが非凡な人材であると認めざるを得んからの」
「――反対意見や他に緊急の問題は無いな?」
口論を窘めたそのままの勢いで部門統括はシュテルについての対応を提案し、その案が最終的な結論として通るのに時間はかからなかった。
『ニュートラルシステム』の重鎮達は長い会議によって、各々の活動が制限され、滞りなく運営を継続せんと会議室を退出していく。
「……さて、彼は『二番目の英雄』になりうる逸材か、それとも骨董品しか乗れない『時代遅れ』の末路を辿るのか?
シュテル・ゲインダウト……歓迎しよう、ささやかではあるが」
最後に残った部門総括は、ニヤリと笑いながら退出する。
部門総括の座っていた席の資料に紛れていた、一枚の提案書は他の資料と共に自動回収機に取り込まれ、シュレッダーにかけられる。
シュレッダーにかけられる寸前にチラリと見えたその内容は――
――「『APST:BM』第一世代の廃棄コスト転換による効率的消費について」
ネイフル・ラインリリアは『ニュートラルシステム』経営部門の新鋭構成員である。
入社してすぐに『ネシキナル』本社と依頼金額の引き上げ交渉で大金星を上げ、任せられた幾つもの大口依頼を的確な『APST』パイロットに斡旋し全ての依頼を成功させたその手腕が認められ、上層部からの覚えもめでたい有能な構成員だ。
「フ〜ンフ〜ンフフ〜ン〜♪」
(やめて……来ないで!)
――――その活躍で若くも本部の係長に昇進したネイフル・ラインリリア。
彼女が苦手とする人物が鼻歌を交えながらこちらに迫る姿を見て、普段から引き締められた硬い表情を歪ませる。
「……わざわざ遠いコーラン区域から、当本部にお越し頂いてまで私と話すご要件は何でしょう? カレン・ジャコイル営業部門コーラン支部特別室長。(先週強引に奪っていった依頼で十分でしょう!? これ以上要求されてもどうしたらいいか分からないのよ!?)」
言葉と感情を切り離して話すネイフルの姿に、コーラン支部特別室長はニヤリと口角を上げ、ネイフルの瞳と全て見通すかの様な鋭い眼差しを合わせて、ネイフルは身体中が凍りついたかのように錯覚する。
「なぁに? ネイフル・ラインリリア営業部門本部係長さまぁ。ちょっと営業部門本部のぉぶちょおが教えてくれぇたのぉだけどぉ……」
(あっ……今日も駄目にされちゃう奴だ……)
ねっとりとした口調で放たれる甘い声。
わざとではない自然に醸し出される色香。
それらが部屋中に充満する感覚にネイフルは自身の敗北を悟る。
「最近入った新人のぉパイロット……いるじゃない?」
「は、はぃぃ……んっ」
『ロットラー』カレン・ジャコイル営業部門コーラン支部特別室長。
彼女の同性すら惑わす色気に参り、茹だった顔をしたネイフル・ラインリリア営業部門本部係長の耳元で、カレン・ジャコイルは囁いた。
「私ぃ……あの子にぃ宝くじを与えようとぉ、しているのぉ」
本部部門長達が、良くも悪くも注目している女性は、『ロットラー』の異名に違わず、パイロットを宝くじと見立てたギャンブルに狂っている。
よく考えなくても企業のトップが頭揃えて一人の処遇を話し合う状況って違和感凄い。
設定関係〜兵器編〜
『NA-GH』シリーズ
最新技術の粋を極めて造られた『対APST用NA』
AI搭載型の問題上想定外のケースに弱いものの、通常の環境下ではナノメタルによる軽量化と強度の両立に成功した装甲と逆脚の特徴を活かした高い跳躍力でもって大口径ミニガンによる射撃を敵の上空から射撃することに特化している。
なお、第三世代以降には絶対に敗北する模様。
残APSTパイロット数
216/216(名)