終
姉ヶ崎昴は一人大きなベッドに座っていた。
此処は昴が生まれ育った世界ではない。
昴は自分を虐めていた主犯格のクラスメイトの男女に何時もの様に虐められていて、いつの間にかこの世界に召喚されていた。
しかも本当に必要なのはその主犯格の二人で昴はどう言う訳か巻き込まれてこの世界に呼ばれてしまったのだ。
無理やり連れて来られた昴は突然の出来事に頭が追いついて来られず、怯えて泣き叫び物を投げたり大声を上げたりして異世界人との間に壁を作らせ、一人シーツに包まって震えていた。
唯一とある小国の国王夫婦だけは諦めずに昴に接し続け、昴も彼等に少しずつ心開いた。心身共にその王妃、レフィアナが手渡された果物は心から美味しく夢中で食べた。
お腹一杯になり、入浴で身体の汚れを洗い流すと段々と落ち着きを取り戻した昴。するとレフィアナから『外に出ないか』と提案してきた。何日も部屋に籠りっきりで日の光が恋しくなって昴はレフィアナの提案に乗った。
初めて見る異世界の外はビルと車の騒音と排気ガスで汚れた空気だった自分がいた世界とは違い、自然豊かで鳥の鳴き声と楽しげな人の笑い声しかなく、空気もとても美味しかった。
レフィアナに連れて来られた村に住んでいた人達は昴が異世界から来た、しかも浄化の力がないと知っても優しく接してくれた。特に無邪気な子供達は昴の手を引っ張って一緒に遊ぼうと誘った。昴はクタクタになるまで子供達と遊び心身共にリフレッシュ出来た。
精神が安定した昴は改めて王様、ライアンにこの世界の事について改めて詳しく話を聞いた。
この世界は五百年に一度魔物が産まれて、浄化の力を使わないと永遠に産まれ続ける事。その力を持っているのは異世界から来た人間しか使えない事。それが使えるのがあの二人で、昴は巻き込まれて召喚された事。魔物が退治しきれなければあの村の様な小さな集落から襲われると言う事をライアンは包み隠さず話してくれた。
昴を温かく受け入れてくれたあの村人達が死ぬ未来を想像してゾッとした。あの人達が、あの子達が死ぬ位なら役立たずで未来の無い自分が犠牲になってでも守りたい。
『……自分には浄化の力がないんですよね? ……ならば剣を。彼等を守る為の剣を教えて下さい』
この言葉は考えるよりも先に言葉が出た。初めての出来事だった。
ライアンの紹介で各国の騎士団の長達直々に剣の基本を教えてくれた。少しずつ実践に出る様になると(勿論騎士団の援護付きではあったが)一匹でも苦戦した魔物が簡単に倒せるようになって来たのだ。
魔物の姿はスライムか狼みたいな動物の様な姿をしている。魔物は基本四~五体で群れて行動する為罠を張って群れを分散したり、捕まえたりと騎士と言うより猟師の真似事をしてみたら以外にスムーズに退治する事が出来た。
その内昴一人で魔物退治に出る様になり、援護してくれた騎士達は魔物達が産まれる土地の国境線に周った。
しかし昴が一人で魔物退治出来る様になっても神子達は城から一歩も出る事もなかった。
流石に昴も二人に苦言を言ったが、昴を虐めていた二人はそれを鼻で嗤い世話係を使って昴を追い払った。ライアン達王族の人達が説得しても動く素振りもなく、遂には民を守る為の防衛費を着服した時は流石に目眩がした。
給与を返上して防衛費を賄ってくれた各国の騎士団長達一人一人に頭を下げて謝り、ライアン達王族にも頭を下げて謝り、神子達に抗議した。(やっぱり追い払われたが)
騎士団長や王族、城で働いている人達は『昴様の責任ではない』と笑って許してくれたが、それでも申し訳ないと思い、昴は目標として一日五十体魔物を退治していたが、倍の百体の魔物を退治する事で償う事にした。
このままあの二人が浄化の旅に出なかったらどうしよう……と悩んでいた時にあの事件が起きたのだ。
村人と騎士団の皆を救う為に自らの身体を魔族達に捧げ、ライアン達に救出されるまでの五ヶ月間昴は魔族達の玩具にされた。
助け出された後三日間高熱と戦い、熱が引き身体が動ける様になるまで回復した昴はライアンとレフィアナの口から衝撃的な言葉を聞かされた。
『魔族の精の中に瘴気が僅かにありソレを五ヶ月にも渡り昴様の身体に受け入れたせいでスバル様の身体は奴等と同じ様な身体となってしまいました。簡単に言えば不老不死状態です』
『無論浄化をすれば何時か元の身体に戻るのですが、ソレは何時かは分かりません。……最悪何百年も掛かるかもしれません』
自分の身体が不老不死に成ってしまった事も衝撃だったが、何よりも衝撃的だったのがライアンの国よりも大きくて強い国王夫婦やその他の国の王族達が昴に土下座をしたのだ。
『どうか、どうか我々の『神』に成って下さい!!!!』
実はと言うと他人に浄化の力を移植できるそんな秘術が大昔に開発出来た様だ。
ただしソレはかなり力がいる様で、ソレを使えばもう二度と昴がいる世界から人を召喚出来なくなってしまう為とてもじゃあないが出来なかった。
そんな時に不老不死の昴の存在は彼等にとってとても幸運な事だろう。何せ何百年も、それこそ毎日の様に浄化出来る為魔物が産まれる前に潰せる事が出来るのだから。それに虐めっ子二人は彼等の子供達と毎日の様に遊び呆けていて、宝の持ち腐れにする位なら……と長い会議の末に採決した。
まあ彼等の娘・息子達がまったく世話係としての義務を果たさなかった事と、首根っこを掴んでいても神子達を浄化の旅に連れて行かなかったせいで、昴は魔族達に弄ばれたのが原因でこんな事になったので罪悪感で一杯だった様だったが。
無論魔族を含めた魔物を全て滅亡させて昴の身体が元の普通の身体に戻せたら昴が望んだ世界に帰す事が出来る。勿論この世界に残ると言うならば喜んで生活を保障すると言う。
そんな話を聞いて昴は『少し一人になって考えたい』と言うと快く受け入れてくれた。
そして今。昴は。
「クッ……フフっ、アハハハハハハッ!!!!」
腹の底から笑い声が出た。
姉ヶ崎昴はとある小金持ちの愛人の子供として産まれた。
母親は毎日の様に酒を飲んでは遊び呆け、昴はネグレクトを受けていた。昴が三歳の時に酔った母親は足を踏み外して側溝に落ちて溺れ死んでしまった。
その後実父の元へ引き取られたが、本妻が愛人の子供だった昴を快く受け入れる訳がなかった。しかも実父は昴の世話を本妻に任せたまま自分は仕事に夢中になって家庭ほ放置した。そう言う訳で本妻からも虐待を受ける羽目になったのだ。
自分の子と昴の食事・服・筆記用具等に格差をつけたり、難癖つけては暴言・暴力を振るたりした。昴の部屋は畳み二つ分しかない狭い狭い部屋だった。
母親がそうだったから本妻の子供達も昴の虐待に参加し、自分の失敗を昴に擦り付けたり使用人宜しく扱き使ったりした。
そんな生活を高校まで受けていた昴は自己評価も低く、自分は『一生人に愛されない子』だと信じ切っていた。
学校の虐めを受けても心が凍っていた昴には何にも感じず、しかも家での過酷な虐めと比べればたいした事ではなかったので、召喚されたあの日もさっさとこんな遊び終わって早く帰らないと奥さまや御子様達のご機嫌が悪くなると考えていた。
巻き込まれてこの世界に来た時は怖かった。
自分は誰にも愛して貰える存在ではないと信じ切っていた昴は、この世界の人間は最初っから嫌っているのだろう、ならば一人で死んだ方がマシ。もしくは元の世界で戻った方が生きやすいと信じ切っていた。
そんな中昴に手を差し伸べ続けたのはライアンとレフィアナ夫婦で、昴に優しさを与えてくれたのはあの村人達だった。
昴が剣をメキメキに鍛え上げたのは確かに村人達の為であったが、途中から魔物を殺す時昴が憎んでいる人間達の顔を浮かべてながら殺したのだ。
(朧気にしかないが)実母の顔を、実父の顔を、本妻の顔を、本妻の子供達の顔を、虐めっ子達の顔を思い出しながら何度も何度も切り殺した。
恐らくだがあの村が襲われたのは、善人とは言えない性根を持って昴があの村にいたから狙われたのではないかと昴は今になって思う。
魔族に連れ去られた昴はおぞましい拷問に掛けられる事はされると覚悟していた。しかし蓋を開けたらどうだ。
奴等は暴力を振るう事はなく(情事の際に戯れに尻を叩かれる事はあったが)する事は性行為だけだった。毎日の様に変わる変わる昴を抱かれたし、一人所か複数人でやられた日もあった。ファンタジーな世界観だからエロ本の世界にしか見れない様なプレイもされた。
昴は不思議だった。
何故自分の様なブスを抱けるのだろうか?
育った環境のせいで自己評価が低かった昴は自分が性的対象に成るとは思ってなかった。拷問されると思ったらまさか性的に襲ってきた魔族に慌てて問い質すと。
『はぁ? こんなカワイ子ちゃん襲わない訳ないでしょ?』
心底不思議そうに答えた。
確かにこの五ヶ月間辛い日々と言えば辛い日々だった。魔族達が本当に約束を守っているのか不安だった。あの幼い男の子は殺されたのではないかと不安で仕方がなかった。
ただ、魔族と性行為自体はそこまで嫌いではなかった。
亜人と性行為しても全然嫌悪感もなかったし、暴力の様な痛い事はせず気持ちいセックスは嫌いではなかった。
それに魔族達は基本的に悪人で昴も何度か奴等が遊びで部下である筈の魔族を虐殺していたのを何度か見た事があった。なのに性行為の最中は暴虐な部分は全く見せず、時折優しくキスを昴にしてくれた。
つまり昴は快楽墜ちしてしまった。
だが例え昴が快楽墜ちしても昴の一番はライアン達人間側だ。だって初めて昴の事を『愛』してくれた人達だったから。
だから魔族の一人が昴の腕の中を振り解き、ライアンの手を取って一緒に逃げた。
その時のアイツの顔たら! 何百万の人を殺した癖に一人の娘が逃げただけで攻撃する事が出来ない程のショックを受けていた。
他の魔族はどうなのかは知らないが、少なからずあの魔族は昴に執着している。極端な言い方をすれば昴を『愛』しているから執着するのだ。『愛』がなければ早々に昴は殺されている。
あの五ヶ月間の地獄のせいで昴の身体は不老不死となった。ライアン達はその事に酷く負い目を感じている。だからこれから先きっと昴の事を嫌う事はない。 前の世界の様に暴力も暴言もしない。
不老不死になっているからライアン達はきっと死ぬだろうけど、ライアンの子供達がいる。その子達が死んだらまたその子供がいる……その中できっと昴の事を悪用する様な人間がいるかもしれないが、もし昴に酷い事をする時はその時は魔族達の元へ蔵替えすれば良い。……まぁそんな未来来て欲しくないが。
ベッドに笑いながら寝転がる。
ライアン達は昴が望めば元の世界に帰してくれるみたいだが、誰があんな世界に戻ろうか。全て終わったら片隅で良いから一生を終えるつもりだ。
「本当にあの人達には感謝しなきゃね……」
あの二人は愛してくれる人達がいる世界に帰れるのだ。贅沢に慣れ切った二人には辛いかもしれないがその内慣れるだろう。
例の世話係達は知らない世界に追放されて辛いかもしれないが、どうやら前の神子と一緒に帰還した異世界人もいるみたいで、その人達に連絡済みの様だから多分大丈夫だろう。
昴は愛してくれる世界に感謝しながら少しずつ睡魔に身を委ねた。
姉ヶ崎昴
陰気な性格と前髪で顔を隠していたが、中性的な美少女。
誰にも愛さなかったせいで自己評価の低い陰気な子であったが、異世界に召喚されたお陰でメンヘラ気味であるが明るく優しい性格になる。
基本的に自分を愛してくれる人なら誰でも良いと思っている。
ライアン・レフィアナ
この二人がいなかったら多分昴は魔族側に墜ちていた。この作品の一番の功労者で一番良い人。
その後、昴の事を我が子の様に可愛がり、彼等の子や孫に『昴を愛し魔族から守る様に』と遺言を残す。
大国の国王と王妃
各国のリーダー的存在。世話係だった娘以外まともに育った為、余計に頭を抱えて悩んだ。不憫な人達。
その後、昴を守る為の兵士の教育に力を入れる。
魔族
本当は適当に嬲って殺すつもりだったが、魔族の誰かが持っていた春画を見て『気持ち良さそうだし自分達もやってみたい。後、連れ去った奴の顔中々可愛いからコイツで試してみーよ』と言うのが理由だった。
ヤッてみたら彼等の方が嵌ってしまい、暇さえあれば昴の身体を貪る様になる。
性処理だけの存在なのに、時たま優しく頭を撫でたり笑ったらする昴の事を気に成る様になるが、その時にライアン達に連れ戻される。何が何でも昴を手に入れると全員で誓いあう。
男神子・女神子
浄化の力を奪われ元の世界に戻されたのは召喚から五日後の世界だった。世間は三人の行方不明で大騒ぎでしかも昴への虐めがバレていた。
その後警察から厳しく取り締まりを受け、世間からは昴は二人が殺したのではないかと疑われ肩身の狭い思いをする。
だけど家族とか友人の一部からは見捨てられていないのでまだ幸せだが、贅沢に慣れ切った二人には今の生活は暫くの間地獄だった。
元世話係だった元王女・王子達
実は身元引受人になっているのは二千年前の神子の伴侶(召喚されてから十年が経っている)。件の理由を聞いて二人共怒髪天で、厳しく躾直した。
価値観が違う知らない土地に放り出されて頼りにしていたのは愛しの神子達だったが、神子達が自分達が召喚したせいで苦しんでいると知って衝撃を受け、又保護者からこうなったのは自分達の責任があると言われて罪悪感を募る。
昴の血縁上の父親とその本妻と子供達
昴が行方不明になって捜索届を出さなかった事にマスコミが情報を入手し、長年に渡る昴への虐待が発覚。後に昴が行方不明になったのはこの家族から逃げる為ではないかと言う事で結局事件は終息する。が、この家族の地獄は始まったばかりだった。
父親の会社は株主から逃げられ、取引先から逃げられ、社員から責められて経営を退く。仕事人間だった父親はその後妻子に暴力を振るい、荒れた生活となる。再就職は彼自身プライドが高い為、仕事が碌になかった。
母親は世間体を気にする人間だったが、ご近所様や世間様から冷たくされ仕事を辞めさせられた夫に暴力を振るわれる。働かない夫の代わりにパートに出る羽目になるが客商売が出れない為、裏方の仕事しかできず仕事仲間から敬遠されかなり惨めな老後を迎える。
子供達は学校で虐めを受け、父親から暴力を受け、母親はヒステリーを受ける。家庭から逃げる為に結婚したり就職したりするが、俗に言う膿家の長男・会社がブラックだった。勿論不幸な人生のまま生涯を終える。
何でこの家族が不幸になったのは一言で言えば『因果応報』。自分がやった事が自分に返ってくる為、遅かれ早かれこうなるのは確定していた。




