高山市内へ
○5月10日 午前7時 尾神橋
尾神橋北側の国道156号線には大勢の人々が集まっていた。
ここから郡上市の市境までは凡そ14㎞。歩きであれば3時間程度の距離だ。
しかし、早朝のテレビニュースや郡上市側からの情報で、郡上市と高山市との市境に敵の兵力が集結しているのが解っていた。
これは高山市の南側に接する、もう一つの市である下呂市でも同じ状況であった。
そして北に目を転じれば、神岡鉱山跡は今だ敵の重包囲下にありながらも健在が確認されていた。また、飛騨市と白川村との境に集結している兵力は昨日と変わらずであった。
「問題はここの敵さんが、昨日と同じ程度の兵力かどうかですよねぇ」
「見た感じは昨日と一緒だが、こればかりは行ってみないと解らん。しかし、たった14㎞がこんなに遠くに感じるとはな」
貴文の言葉に忠良が答えた。
この敵中突破に関して、村では簡単な作戦を考えていた。
最初の段階では先頭に主力を集中して、敵を排除しながら歩みを止めず前進。国道158号線と合流する所で主力を二つに分け、158号線に対して防衛ラインを引き、脱出する者達の最後尾が通過するまでこれを維持する。その後は殿を務めながら郡上市を目指すという考えであった。
国道158号線はそのまま道をたどれば、高山市の中心部へとつながる道の為、ここから敵の増援、阻止部隊が来るのは全員の共通認識であった。
忠良はこの先頭からの防衛ラインの組に入っていた。
「そうそう、忠良さん。副村長からの報告と伝言を預かって来ました」
「ん?伝言?そういやあいつ、どこにいるんだ?」
「副村長なら最後尾辺りですよ。それで伝言の内容なんですが、防衛ラインの維持については、子供達が通過するまでは何としても維持してくれと。それ以降は忠良さんの判断でいいそうです」
「おい!!」
忠良は怒気を孕んだ声を出し、貴文に詰め寄った。
しかし貴文は怯むことなく、忠良の目を見つめ言った。
「これは村の総意と考えてもらって構いません。もし敵に分断された場合、前方部分の最後尾を守る者がいなければ被害が大きくなるどころの騒ぎではありません!防衛ラインの維持が困難となったなら、できるだけ戦力を維持して前方部分の殿をして下さい。その為に小さな子供達とその母親は、前に集めてるんです!」
忠良は前の方にいる、明里、さかや、房江を見てから両手を握りしめ、空を仰ぎ見た後に大きく息を吐いた。
「くそっ!解った、そうしよう。しかし、あいつも昨日会ってる時に直接言えばいいだろうに」
「直接言ってたら、絶対に喧嘩になってましたよ。副村長もそれが解ってるから伝言なんですよ」
「それであいつは分断された場合に、後ろの指揮を執るために最後尾にいるんだな?」
「怖いのはパニックですから。指揮を執る者がいれば少しは防げますし、それに出来るだけ粘るつもりみたいですよ」
「ふん!あいつらしい。どおりで、前方の指揮は貴文に任すなんて言うわけだ。それで報告というのは?」
貴文は周りに聞こえないように、声を潜めた。
「県庁から朝一で情報が入りました。昨日、神岡鉱山跡で奴らの連れ去りを防いで一人救出したらしいです」
忠良はその発言に驚いた顔をした。
「本当か?よく防げたなぁ」
「詳細は解りませんが、ともかくそうらしいです。それで救出した人間なんですが、生命活動がとても低くなっていて、動物の冬眠に近い状態だったそうです。それに、何をしても意識を戻せなかったという話でした」
「でも生きてはいるんだろ。何で声を潜めてるんだ?」
「それが続きがありまして、夜明けまえぐらいに忽然と姿が消えたと」
「はあ?!」
貴文は同じ気持ちだ、という眼差しで忠良を見た。
「向こうの学者さんが言うには、敵に人類を凌駕する科学力があるのは間違いないのだから、我々から見て理解できない事も起こせるだろうと」
「そうかもしれんが・・・」
「一応、休戦時間に光学迷彩を使って侵入して連れ去った可能性も一言添えられてました。ただ、本当に人体を消失させる技術の可能性も、捨てきれないみたいですが」
「何でもありだな」
貴文は忠良のその言葉に軽く笑った。
「そうですね。進み過ぎた科学は、魔法と変わらないとも言います。副村長は、倒されても死ぬわけじゃなく、その先があるかもってことを、忠良さんに知っておいて欲しくて知らせる事にしたようです」
「まぁ、頭の片隅にでも覚えておこう。公表しないのは、まだ情報不足だからか?」
「そうです。まだ一つしか例がないですし、結末が結末ですから。さて、そろそろ時間ですよ」
そして午前8時となり、昨日、戦闘終了を告げたサイレンがまた鳴り響いた。
「昨日はなかった開始の合図ですか。敵さんもいろいろありそうですが、今は目の前の仕事ですね。皆さん必ず突破しましょう!前進して下さい!!」
貴文の合図で移動が始まった。
「まずは橋のたもとにいるアシガロイド7体だ!蹴散らせ!!」
忠良はそう叫びつつ、自ら先頭で斬り込んで行った。
まずは最初の敵を順調に撃破して、橋の高山市側を確保した。
「このまま前進を続けて下さい。仁志さん達は上の林道の警戒を!」
貴文の指示に仁志やジョージ達が斜面を登り、上の林道へと消えていった。
すぐに仁志達から警戒の声があがる。
「林道にアシガロイド3体!こちらで始末する」
「3体ともタオシました!ホカに敵はミアタリません」
林道からの声に貴文が答えた。
「そのまま交代が行くまで、警戒をお願いします!その後は合流して下さい」
そして忠良達がそのまま進むと、カーブの先から10体のアシガロイドが現れた。
「このまま進んで撃破するぞ!!」
「「「おう!!」」」
忠良達がアシガロイド10体を倒すと、貴文が忠良に声をかけた。
「ここまでは、昨日と同じみたいですね」
「そうだな。配置場所といい、数といい昨日と全く一緒だ。問題はこの先だ。昨日、もう少し先まで偵察しとけば良かったよ」
途中、2~3体のアシガロイドに何度か遭遇はしたが、白川村を脱出する集団は、ダム湖である御母衣湖と山に挟まれた国道156号線を順調に進んだ。
「お待たせ」
「おう、仁志さんお帰り。どうだった?」
「林道にいたのは3体だけだったね。林道の奥も見に行ったがいなかったよ。そっちは?」
「こっちも拍子抜けだな。昨日と一緒で、反応が鈍い感じだ」
そんな二人の会話に貴文が加わった。
「昨日の感じだと、飛騨市を攻略した戦力で、そのまま飛騨市側から白川村を攻めるつもりだったと思います。でも神岡鉱山跡が頑張ってくれてるのもあって、こちらに回す戦力がないのかもしれませんね」
「それなら問題は、郡上市との境に展開している敵の集団だけになるが、そう簡単に行くか?特に158号線との合流地点がどんな状況か・・・」
「そうですね。油断はしませんよ。ジョージさん達に先行して偵察をしてもらいます」
「大丈夫なのか?」
忠良の疑問に、ジョージが現れ直接答えた。
「ダイジョーブデス!ワタシ、海兵隊の偵察部隊所属デス」
「ということらしいので、僕達の中では一番適任です」
「ソウデース!」
忠良はその答えに納得して、貴文の指示通りにジョージ他2名に先に進んでもらった。
ジョージ達が先行してそう経たない内に、貴文の携帯にジョージから連絡があった。
「忠良さん、ジョージからなんですが、この先の橋の所にいたアシガロイドが逃げて行ったらしいです」
「逃げた?」
「正確には、道を南下していく後姿を見たそうです。数は10体~20体です」
「この先の橋といったら岩瀬橋か。各個撃破を嫌って、集結でもさせているのかな?」
「僕もそう思います。ただどこに集結させているのか・・・」
忠良は悩む貴文の背中を叩いた。
「どこでもいいさ。俺達は進むしかないんだ。進んだ先にいるなら粉砕するだけだよ」
そこから先はアシガロイドを一体も見る事なく、順調に行程を消化してった。
そして国道156号線と158号線が合流する、旧荘川村牧戸地区。
「あっ!忠良さん、コッチデス」
先行していたジョージからの敵発見の報告で、忠良達はジョージ達に合流してカーブの先を窺っていた。
「やっぱりここだったか」
忠良の目線の先には、牧戸交差点を中心に展開している、数えきれない程のアシガロイドの集団の姿があった。
牧戸交差点は丁字路で、直進すれば高山市方面、右折すれば郡上市へと通じる道だ。そして、郡上市までの道のりの中間地点となる。
そして脱出組にとって、この交差点の制圧、防衛は必須だった。
「貴文君、後続はどうだ?」
「問題ありません。いつでも行けます!!」
「郡上市からの援護は?」
「この交差点を越えたら動くと、連絡がありました」
忠良は貴文のその答えに軽く頷くと、目線で貴文に指示を出すように訴えた。
「みなさん、ここを越えれば残り半分です。必ず郡上市へたどり着きましょう!!役割分担は当初の予定通りです。158号線側の指揮は忠良さん。156号線を進み、郡上市までの道を切り開く人達は僕が指揮します」
貴文の言葉を継いで、忠良も発言した。
「いいか!まずは牧戸交差点を中心とした集落全体を制圧するぞ!敵の数は多いが、倒さなければ道は開けん。家屋にも潜んでいるかもしれんから抜かるなよ!!」
「「「おう!!」」」
貴文は一つ深呼吸すると指示を出した。
「攻撃開始!!前へ!」