976 注意報ではなく警報だった
最初はホットドッグ。
いや、焼きそばパンとホットドッグの融合したものだった。
『焼きそばドッグか』
食べたことはないが、元日本人として存在は知っていた。
「うん、焼きそば寄りの味だけど悪くないね」
最初なので余裕があった。
と思ったら、焼きそばパンとホットドッグも両側から詰め込まれた。
俺に拒否権はない。
そして両方を食べきるや否や焼きうどんパンという変わり種が来た。
「四国に旅行したときに見つけたんだ」
ミズキが懐かしそうに言った。
少しばかり遠い目をしているが逃れられるような隙はない。
「うどんの国はパン、モガッ」
パンまでうどんが入るのかと感心する間もなくマイカに口を塞がれた。
チューではない。
焼きうどんパンで。
それを食べ終わったと思ったらハンバーガー各種にサンドイッチ各種。
そしてカレーパンと来たもんだ。
焼きそばドッグに始まりカレーパンまで見事にパンづくし。
見事にパン系のメニューで揃えてくれたものだ。
『嫌がらせのつもりか?』
焼きそばドッグと焼きうどんパンが同じ屋台なのは分かる。
ホットドッグもな。
けど、ハンバーガーやサンドイッチは明らかに違うだろう。
カレーパンなんて揚げ物だし。
「パン系のメニューだけとか何の嫌がらせだ」
次から次へと人の口へ押し込んでくれたマイカに抗議した。
え? ミズキには抗議しないのかって?
食べさせ方が乱暴じゃなかったからな。
多少、強引なところはあるが料理が崩れたりしないし。
こういうところは酔っていても普段通りというか何というか。
「嫌がらせじゃないわよ」
「嘘つけぇ」
「だって、そういう屋台だもん」
不服そうに唇を尖らせて上の方を指差す。
その先には看板があった。
遠くからでも目立つようにと高い位置に掲げられているせいで気にしていなかった。
『看板なんて気にするくらいなら両腕に当たっている感触を楽しんだ方がマシ』
そんな訳で無視していたからだ。
「マジか……」
そこには[パンの万屋]と書かれていた。
『ヨロズヤ……』
してやられた気分である。
「看板に偽りなしだね、アハハハハハッ」
ミズキがケタケタと笑う。
「どうだろうな。
パンなら何でもそろうと言いたいのかもしれんが……」
「アハハ、さすがにそれは言い過ぎだよぉ」
「分かったら、次よ」
話をぶった切ったマイカの一言で強制連行される。
グイグイ引っ張られると天国感が割り増しなので抵抗は著しく困難だ。
これはもう食べ過ぎ注意報ではなく警報の予感がする。
『勘弁してくれぇ』
同じ何でもそろうなら本の方がありがたい。
幾らでも歓迎するぞ。
【速読】スキルをカンストしてるから読み切るのもあっと言う間だからな。
それに【多重思考】を使えば、手分けもできる。
『知識で腹は膨れんしな』
食べる方は、そうはいかない。
体はひとつだ。
『消化を促すスキルなんて無いよなぁ……』
なんて考えていると、脳内で「ポーン」という音が鳴り響く。
同時に【諸法の理】によるシステムメッセージが視野外領域に表示された。
[上級スキル【フードファイター】が解放可能です]
【諸法の理】様々だ。
わざわざシステムメッセージで教えてくれるとは。
【システム】など特級スキルの上位互換だけのことはある。
最近は百科事典的な使い方が多いけどね。
『ありがたや、ありがたや~』
俺は心の中で両手を合わせて拝み倒した。
さっそく余りまくっているスキルポイントを使って【フードファイター】を取得。
熟練度は初期値の10ポイントだったが、それだけで少し楽になった。
『というか35ポイントまで上昇しているんですが?』
スキルポイントは注ぎ込んでいない。
既にそれだけ食べていたからこその結果だろう。
この調子だと、すぐにカンストしそうである。
『このスキルだけではダメかもしれん』
やはり注意報ではなく警報だったと憂鬱な気分になるのであった。
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そんな訳であっさりと連れて来られた次の屋台は揚げ物屋であった。
『マジかよぉ』
既にそれなりに食べた後なんだがね。
【フードファイター】の熟練度もジワジワと上がっている最中だ。
消化があまりよろしくない油ものをチョイスするとは容赦がない。
きっとスキルの熟練度も急上昇してくれるだろう。
あんまり嬉しくないけどね。
「ここのお薦めはミンチ揚げよ」
俺の内心など知る由もないマイカがドヤ顔で紹介してくる。
「鶏肉をミンチにして醤油ダレで味付けして片栗粉をまぶして揚げたものだって」
ミズキがわざわざ解説してくれた。
事前に調べてあったらしい。
説明通り変わり種だからチェックしていたのだろう。
ミンチ肉を棒状に整形して揚げてある。
「要するに竜田揚げ、フグッ」
俺が台詞を言い終わらないうちからマイカがミンチ揚げを突っ込んできた。
再びの強制的な食事である。
俺に拒否権がないのは分かるけれど、もう少し気を遣ってほしい。
『かなり熱いんですがね』
エルダーヒューマンだから火傷に耐性はあるけど、熱いものは熱い。
単に火傷をしないというだけだ。
さすがの【フードファイター】スキルも、これはどうにもできなかった。
そしてミンチ揚げを噛めばジュワッと熱々の肉汁が口腔内で拡がる訳で。
その瞬間、ミンチ揚げを口に放り込まれた直後以上の熱さが襲いかかってきた。
口の中で灼熱が踊るように暴れ狂う。
「──────────っ!!」
熱いというか痛くて涙が出そうになったさ。
にもかかわらず体が自由に動かせない現状はつらい。
のたうち回るどころか、悶えることすらできないのだ。
仕方なくダンダンと地団駄を踏む。
「何してるのよ?」
呆れた様子を隠そうともせずにマイカが聞いてきた。
文句を言いたいところだが、いま喋ると口の中のものを派手に飛び散らかしてしまう。
「ん─────っ!」
とにかく抗議の意図が伝わればと唸っておく。
「は? なに言ってるか分かんないわよ」
「んん────────っ!!」
更に強く唸った。
地団駄のオマケ付きで。
「あー、もうっ、何か言いたいのは分かったから先に食べちゃいなさいよ」
『簡単にいってくれる』
どうにか咀嚼して飲み込んだ。
「あのな、罰ゲームじゃないんだぞ。
こういう熱々のものを、いきなり突っ込んでくるんじゃないっての」
新人たちなら確実に口腔内を火傷していただろう。
「あー、ゴメンゴメン」
苦笑しながら謝ってくるマイカ。
本気で謝っているようには見えない。
次もやらかしてくれそうだ。
「まったく……」
油断も隙もあったもんじゃない。
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揚げ物は他にノーマルの唐揚げ、串カツ、コロッケ、ミンチカツと続いた。
一応は配慮されたらしく超熱い状態で口に放り込まれることはなくなったが。
「はい、次」
「こっちも次だよ」
マイカとミズキが交互に食べさせてくれる。
まあ、強制的なものだから食べさせられると言うべきなんだろうがな。
気の持ちようで少しは楽になれるのだ。
誰だ? 現実逃避とか言ってるのは?
その通りだぞ。
だってさ、多すぎるんだよ。
量は少なくても種類が多い。
白身魚のフライにサーモンフライ、アジやイワシもある。
フライと来れば牡蠣フライにエビフライ。
そしてお馴染みイカリング。
リングと言えばオニオンリング。
タマネギが来ればフライドポテトがあるのは当たり前。
他にもあれこれとフライが続いたさ。
思い出すのも面倒で、以下略って感じ。
そんなこんなで【フードファイター】の熟練度は50を超えたぞ。
そしてフライ攻勢の波が途切れた。
『ようやくフライの終わりか……』
次の店舗は何だろうとか考えていたのだが、移動する気配がない。
それどころかミンチ揚げアゲインである。
しかも唐揚げや串カツなどが続いている。
「なんで同じものがもう1回なんだよ」
いくら量が少ないと言っても全部を食べれば相応の量になるっての。
「え? これはカレー味だから」
しれっと、そんなことを言ってくれるマイカさんである。
「……………」
食べさせていただきましたよ。
お残し厳禁である。
お陰で【フードファイター】の熟練度が60を超えましたよ。
『徐々に上がり難くなってるはずなんだがな』
「さあ、次の店舗だな」
「なに言ってるの、ハルくん?」
ミズキにストップをかけられた。
「え?」
「次は天ぷらだよ」
そう言われて俺は恐る恐る看板を見上げた。
[揚げ物の万屋]
「なんてこったい」
エビ天、イカ天、タコ天、掻き揚げが真っ先に用意されていた。
サツマイモにジャガイモ、茄子、レンコンのはさみ揚げなどなどが続く。
そして以下略だ。
とにかく沢山。
【フードファイター】の熟練度が65になっていた。
「……………」
この調子で米類や麺類の屋台が待っているんだぜ。
他にも色々ある。
シェアしながら食べても限界突破ですよ。
食べ終わった後はしばらく動きたくなくなったさ。
【フードファイター】の熟練度がカンストしたのは言うまでもない。
読んでくれてありがとう。




