975 飲んでいた
悪ノリしているとしか思えないマイカ。
これは、まあ分かる。
しかしながらミズキはどうだろう。
今まで無かったことだとは言わない。
マイカに引きずられるようになんてパターンも度々あったし。
だから悪ノリすること自体は珍しくないのだ。
ただ、今回は少し様子が違う。
「全力でガンガン食べ倒さないと」
とか言いながら邪悪な笑みになっていた。
『もしもしィ!?』
発言が微妙に不穏なんですが?
全力って部分だけでも不安を感じるのに。
『ガンガンって……』
マイカが言うなら納得できるんだが。
ミズキが言い出すことに不安を感じる。
『しかも食べ倒すって何さ!?』
恐る恐るミズキの方を見るが、邪悪な笑みは変わらない。
俺は何か彼女を怒らせるようなことをしただろうか。
記憶の限りでは、そういうことはない。
マイカを怒らせたからミズキが暴走したって訳でもなさそうだし。
だが、あの笑みが引っ掛かる。
何処かで見た覚えがあるのだ。
日本人だった頃の記憶なのは間違いない。
それも学生時代の……
「まさかっ!?」
今度はマイカの方を振り返った。
「おおっと?」
俺の勢いに戸惑いの色を見せるマイカ。
それでも腕はガッチリキープ。
『あー、やらかい』
などと言ってる場合じゃないぞ。
「急にどうしたのさ、ハル?」
「飲ませたな」
「……何を?」
マイカがとぼけた様子で聞いてきた。
その返事の瞬間だけを切り取れば何も知らないと判断したかもしれない。
だが、返事をするまでに明らかな間があった。
その間は何もなければ誤魔化せるものだったのだけれど。
絵に描いたような「ギクッ」とした顔から復帰するためじゃ無理がある。
バッチリ見てましたよ。
ジーッとマイカを見る。
目をそらされた。
それでも見る。
「ヒューヒュー」
かすれた空気の漏れる音がマイカの尖らせた口から漏れ出していた。
口笛を吹いているつもりらしいが音は出ていない。
『どんだけ焦ってんだか』
ここまでして誤魔化そうというからには疑惑は確信となる。
「酒を飲ませたな。
それも度数のキツいやつ」
こういう訳だ。
ミズキとは何度か酒を飲むことがあったが、ずっと宅飲みだった。
最初は成人した直後にどれだけ飲めるか試すためだったのだが。
案外いけそうだったので途中からはハイペースで飲み始めたのが運の尽き。
気付けばミズキが豹変して酷い目にあったさ。
これが最初の被害だったが、宅飲みが幸いして余計な犠牲者を出さずに済んだ。
この時はメイク道具で顔に落書きされただけだがな。
え? 落書きじゃなくて化粧だろって?
口紅でグルグルホッペは化粧とは言わないだろ?
当人は「ハルくんもお化粧だよぉ」とか言ってケタケタ笑っていたがな。
こんなのを外でされたら堪ったもんじゃない。
それならばと宅飲み限定になった訳だ。
しばらくは用心して慎重な飲みだった。
だが、度数の強い酒を飲んだ時に再び暴走。
この時の被害は台所用洗剤で部屋中泡まみれになったことだ。
本人は「シャボン玉がいっぱ~い」とか言って、はしゃいでいたけどな。
その後、何度かの被害を受けることで法則性は判明した。
[酒量よりも度数の強い酒の方が豹変しやすい]
[その時の会話内容が暴走に影響する]
こんな具合だ。
したがって、今回の場合は強制的に屋台料理を食べさせられるんじゃないだろうか。
俺を捕まえているのは、そのための手段に過ぎない訳だ。
本人に色仕掛けの意図はないってことだな。
で、この流れになるように仕組んだのはマイカである。
となれば誰が飲ませたのかは言うまでもない。
「しらばっくれても無駄だぞ」
確信を持って追及する。
マイカも逃れられないと悟ったのだろう。
「テヘッ」
開き直りのテヘペロをしてきた。
「テヘッじゃないっ」
「いーじゃん、お祭りなんだしさー」
何処までも開き直るつもりのようだ。
「程々ならな。
どう見てもスイッチ入るように飲ませただろう」
更に追及しようとしたところでグイッと引っ張られた。
「おわっ」
「あらら」
突然のことに、俺もマイカもよろけて蹈鞴を踏んだ。
この状況下でこんなことができるのは1人だけである。
「もうっ、ハルくんったら!
さっきからマイカちゃんとばかり喋ってぇ」
つい先程まで笑っていたはずが、今は御機嫌斜めだ。
『しまった……』
マイカへの追及に時間をかけすぎた。
「いや、ゴメン」
反射的に謝ったが、それで許してくれるほど甘くはない。
「何してるのよぉっ」
今度は答えようのないことを言ってきたぞ。
今、マイカと喋ってるって文句を言ったばかりなんですがね。
「出たっ、酔っ払いの論理」
マイカは煽ってくるし。
「飲ませたのはマイカちゃんじゃない」
ミズキの場合、自覚はあるんだよな。
酔っていると分かっていて自制ができなくなる。
自覚があろうがなかろうが結果は同じってことだ。
「うへっ、やぶ蛇だった」
とばっちりを受けたと言わんばかりの口振りである。
どうにも釈然としないんですがね。
ミズキの言うように飲ませたのはマイカだからな。
お前が言うな状態である。
が、そんなことを言っている場合ではない。
『どうにかして脱出……は、ダメだな』
俺以外の誰かに被害が及ぶのは考え物だ。
それに至福の感触まで渡してしまうのはいただけない。
『アレは俺のものだっ』
この期に及んでアホなことを考えている。
これも誰か怪我をするような状況でないからなんだが。
「ハルくんっ」
「はい」
ミズキに呼ばれたので返事をした。
なぜ呼ばれたのかは不明だが。
ここは返事をしておくべきと判断した。
「ハルくんてばっ」
「はいっ」
再び呼ばれた。
最初よりも強めの口調で。
だが、俺には返事をするしかできない。
相変わらず呼ばれた理由が分からないからだ。
「もうっ、ハルくんっ」
「はいぃっ」
名前を呼ばれたから返事をしているのに、ミズキは焦れったそうだ。
『返事をする以外にどう答えろと?』
何を求められているのか分からない。
それを知るのはミズキだけだ。
まあ、仮に予想して答えたところで通用するとは思えない。
酔っ払いに理屈は通じないのだ。
ならば誰かに助けを求める他ないだろう。
真っ先に思い浮かんだのはベリルママだった。
そちらに目を向けるが、ニコニコしている。
『ダメだ、アレは』
次がどうなるか待ち遠しいという目だ。
完全に俺たちのやりとりを楽しんでいる。
助けを求めても無駄だろう。
精々が「頑張れー」とか応援されるくらいが関の山というものである。
他の面子は我関せず状態か遠巻きに観戦状態か。
気付かずにフードファイター状態なのもいる。
いずれにせよ誰の助けも期待できないことが確定した。
『マジかー……
どうすりゃいいんだ?』
逃げればいいだけである。
だが、それを許さぬ天国の感触が俺を捕らえて放さない。
この期に及んでこれである。
『双球星人バンザイ!』
自棄クソの心境である。
この後の修羅場?
知ったこっちゃない。
報酬は今も貰い続けているからな。
覚悟?
完了している訳ない。
己のメンタルの弱さに内心で自嘲するばかりである。
「とにかく、レッツ食い倒れよっ!」
空いた方の腕を突き上げ勝手に意気衝天なミズキさんである。
いつもならマイカがやりそうなことなんだが。
今日に限って役割を奪っている。
奪われた側のマイカは──
「おーっ!」
合いの手を入れるようにノリノリで賛同。
『おのれぇ、逃げたな』
これ以上とばっちりを受けないよう流れに乗ろうとしているのが見え見えだ。
元々そちらの流れに持って行こうとしていたから半分は思惑通りなんだろうが。
「ボーッとしてる場合じゃないわよ、ハルくんっ」
「えーっと、お手柔らかに」
「分かったわ」
ダメ元で言ってみたが聞き入れられるとはラッキーである。
「全力で付き合うわよ!」
『なんで、そうなるっ!?』
そう叫びたかったが喉まで出かかった言葉は飲み込むしかなかった。
酔っ払いに理屈は通じないと痛感したばかりだ。
更なるオマケをもらう訳にはいかない。
下手をすればオマケの方が大きいなんてこともあり得るからな。
「みんな頑張れ~」
ベリルママの応援の元、こうして強制食事イベントが発生したのである。
そんな訳で屋台を何軒もハシゴさせていただくことが確定的になったようですよ、ええ。
読んでくれてありがとう。




