974 ハルトにも注意報
意地になって食い倒れコースに突入したシーオとミーン。
食べ過ぎ注意報が彼女らにも発令されてしまった。
結果は推して知るべしというものである。
だが、止めたりはしない。
他の皆にも言えることだが、お祭り気分に水を差すだろうし。
『とりあえず頑張れ』
そんなことを考えていると──
「ハルトくん、私達も行きましょう」
ベリルママから凄くいい笑顔で誘われた。
一瞬だが笑顔の方に気を取られてしまう。
そのせいで何を言われたのか気付くのが遅れてしまったのは不覚である。
「へっ?」
我ながら間抜けな返事をしてしまったものだ。
少し考えれば簡単に分かることだろうに。
「ああ、次の場所へ行くんですね」
満腹にはほど遠いが、空腹感はなくなった。
むしろ、これから遊ぶには都合がいいくらいだ。
『御飯を食べたら次は遊ばないと!』
なんたって秋祭りなんだから。
小腹が空いたらデザートでも食べに来ればいい。
それで物足りないなら他の屋台を選べばいいのだ。
『お好み焼き以外にも色々あるからな』
どの屋台も少し遅いタイミングで食べても夕食に影響しない量で提供している。
店をハシゴして楽しめるようにというのが本来の狙いなんだが。
食べたい時に食べたいだけ食べることも想定はしていたのだ。
『ホントだぞ』
って、俺は誰に対して言い訳しているんだか……
ともあれ、ここからは全力で遊ぶのだ。
「どのエリアに向かいましょうか?」
ベリルママに問いかける。
この選択は重要になるからな。
それによって楽しみ方が変わってくる訳だし。
乗り物でスカッと爽快感を味わったり。
あるいはゲームコーナーで体を動かして発散したり。
お土産コーナーでウィンドウショッピングもありかな。
「違うわよ」
ベリルママの返答は想定外のものだった。
「え?」
訳が分からず困惑してしまう。
もちろん表情にもそれは表れている訳で。
それを見たベリルママが苦笑した。
「もうっ、いつからハルトくんは老け込んじゃったのかしら」
「はあ……」
意味が分からない。
老け込んだ覚えはないのだが。
むしろ、気力は充実している。
これから遊ぶぞって時に枯れてちゃ話にならない。
「なあに、元気がないわね」
困惑したまま返事をしたことで誤解されてしまったようだ。
「あー」
とりあえず何か言おうと口を開いたが、一歩遅かった。
「ハルトくんは若いんだから」
「はいっ」
ベリルママの目力によって返事を促されてしまった。
というか、ほぼ強制的な威力がある。
もちろん否定的な言葉は許されない。
「もっとシャンとしなさいっ」
「はいっ」
直立状態でなんだか叱られているかのようだ。
「これはアレね」
アレと言われても俺にはサッパリ分からない。
「全然、足りてないんだわ」
それは否定しようもない。
俺の考えが、まるで足りてないのは自覚している。
ベリルママは複雑なことを考えている訳ではないだろう。
にもかかわらず推測できないのだから。
「ハルトくん、もっと食べなさいっ!」
ビシッと指を突き付けられて命令されてしまった。
「アッ、ハイ」
あまりの勢いに、ビクッとしたよ。
ほとんど反射的に返事をしてしまっていたさ。
『そういうことだったのか……』
返事をしてから思考が回り始めるくらいだからな。
お互いに誤解していた訳だ。
俺は己の考えが足りないと思っていた。
ベリルママは俺が食べ足りないことで頭が回らないと感じていた。
会話が噛み合う訳がない。
『あれ? なんかヤバくね?』
ベリルママが凄くやる気なんですが。
「お母さんも頑張っちゃうわよっ」
笑顔で言われると嫌な予感もかき消されてしまう。
「ハルトくんも頑張ろうねっ」
「はいっ」
この調子で誘われ続けたら強要されなくても際限なく食べてしまいそうだ。
人の心配をしている場合じゃないな。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
案の定、食べ過ぎることになった。
まだ食べていないが、ほぼ確定と言っていいだろう。
「みんなー、遠慮せずにドンドン食べなさーい」
ベリルママがそんなことを言い出したからだ。
そして次の一言が切っ掛けになった。
「全部、御馳走しちゃうからね!」
「「「「「おおっ!?」」」」」
ベリルママの宣言に皆が驚きを露わにした。
奢りはお好み棒で終わりだと思っていたからだろう。
「全部だって!」
「太っ腹すぎでしょ」
「さすがは陛下の御母堂」
「遠慮すると罰が当たっちゃうよ」
「本物の神様だもんね」
あっと言う間に皆がその気になって──
「「「「「ゴチになりまーすっ!!」」」」」
飛びつくように屋台へと向かっていった。
ベリルママに誘われて歩き始めていた俺など、あっと言う間に追い抜かれたさ。
そのドサクサに紛れるように俺の両脇を固める者たちがいた。
しばらく大人しかったマイカとミズキだ。
「ウフフフ~」
妙に艶のある笑い方をして右からスルッと腕を絡めてくるマイカ。
「お邪魔しまーす」
何がお邪魔なのかよく分からないが、ミズキも俺の左腕に自分の腕を巻き付けてきた。
そして2人が俺の胸元越しに顔を見合わせたかと思うと──
「「確保ーっ!」」
とか叫びながらガッシリと俺の腕を掴んできた。
もちろん腕は絡めたままである。
「何だぁ!?」
少し力を込めたくらいではビクともしない。
いや、ムニュンとした感触はある。
どちらも、そこそこの大きさであり程良い弾力が感じられる。
至高のひとときと……
『言える、じゃなくてっ!』
危うく「押し当ててるのよ」攻撃に敗北するところであった。
……訂正しよう。
既に敗北している。
振り解く意思が湧いてこないのだから。
何かしらの罠だと直感してはいるのだが。
『自分の意志薄弱さがっ!
……至高で最高だあああぁぁぁぁぁぁっ!!』
些か錯乱してしまったようだ。
『アレはいいものだ』
まるで何処かの壺を愛でる大佐のような台詞が頭の中でリフレイン。
逃げたいけど逃げたくない心境が現実逃避につながっているようだ。
などと考えている間に逃亡のための時間は失われていくのだが。
「フッフッフー」
イタズラ小僧が最高のイタズラを思いついたような笑みを向けてくるマイカ。
「ゴメンねー」
申し訳なさそうにしながらも、何処か楽しそうなミズキ。
『これ、アカンやつや』
思わず関西弁でぼやいてしまうほど完璧に術中にはまっている。
今の俺は食虫植物に捕まった虫の心境が近いかもしれない。
完全に合致しないのは食べられてしまう訳ではないからだろう。
というより俺が食べる側だ。
屋台の料理を。
「おい、これは何の真似だよ」
とりあえず抗議する。
万が一にも罠が不発に終わるなんてことがないのは分かっちゃいるが。
至福の時間だけを味わって終わりにできればと思ってしまう自分もいる。
それが無駄な抵抗だというのは2人の顔を見れば明らかだ。
実に楽しそうな顔に変化している。
「何の真似ですって?」
ギロリとマイカに睨まれてしまった。
『でも、楽しそうなんだよな』
そのせいか笑みが邪悪に見えるのは気のせいではないと思う。
芝居がかっていて凄みはないがね。
それでも何か怖いと思わせるものがある。
ホラー映画を見ているような感覚とでも言えばいいだろうか。
それをマイカに言うと怒られそうだけど。
「ちょっとハル、本気で言ってるの?」
「本気も何も連行するつもり満々じゃないか」
「せっかくベリル様が奢ってくれるのよ。
それをスルーとかあり得ないわっ!」
力説されてしまった。
「いや、スルーなんてしてないぞ。
最初に誘われたのは俺なんだし」
「そんなの分かってるわよ。
でも、足りてないの。
全然まるで一向に足りてない」
訳が分からない。
困惑して首を捻ると──
「それよ、それっ」
と噛みつかれてしまった。
そうは言われても、俺にはサッパリである。
「意気込みが足りないのっ」
「なんだ、そりゃ。
普通に御飯を食べようって時に意気込みは関係ないだろうに」
「なに言ってるのよ。
すべてが奢りになるって分かってる?」
「分かってるさ」
「いいや、分かってない。
ミズキもそう思うわよね」
「そうだよ、ハルくん。
こんなチャンス滅多にないじゃない」
「ミズキまでっ!?」
ますます雲行きが怪しくなっているんですが?
『俺にどうしろと?』
どうやら俺にも食べ過ぎ注意報が発令されてしまった模様である。
読んでくれてありがとう。




