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973 食べ過ぎ注意報

「スー姉、思うんだけどさぁ」


 シーオが食べる手を止めて話し掛ける。


「何?」


「これは食堂でも研究して採用するべきじゃない?」


 妙案だとばかりに瞳を輝かせて提案するシーオ。

 だが、調理担当であるスーの反応は鈍かった。


「難しいわね」


「やっぱり味の問題なの?」


「それもあるけどね」


 苦笑するスー。

 簡単には研究が終わらないと思っているのだろう。


「こういう手軽なものはテイクアウトのお客さんが増えるわよ」


「うん、私もそう思う」


「だったら、その先を想像しなさい」


「その先?」


「そうよ、シーオったら何にも考えてないでしょう」


「えーっと……」


 追及を逃れるように目をそらすシーオ。


 だが、スーは見続けている。

 逃すつもりはないようだ。

 淡々としているもののロックオン状態が維持されていた。


「─────っ」


 シーオには相当なプレッシャーではないかと思われる。

 心の中ではたっぷりの汗をかいていることだろう。

 それは「困ってます」が表情に出ていることからも容易に想像がついた。


「お客さんが増えた先ィ─────……」


 とか唸り始めた。

 今更ではあるが考え始めたようだ。


 それでもスーの視線による追求はやまなかった。

 うーんうーんと唸って考えるシーオ。


 が、一向に答えは出せそうにない。


「ダメー、分かんないよぉ……」


 情けない声を出しながらギブアップ宣言をした。

 縋るような表情でスーを見る。

 許しを請うている訳だ。


「しょうがないわね」


 スーは苦笑しながら小さく嘆息した。


「うちの店は、そんなに広くないわよ。

 店の外まで行列ができてしまうでしょうね」


「うん」


 そこまではシーオも想定できていたようだ。


「店内で食事しているお客さんもいる状況でそれなのよ」


「あ……」


 ようやくスーの言いたいことが想像できたらしい。

 冷や汗を流していそうな表情でシーオが固まっている。


「もう分かったでしょ。

 お客さんの注文を捌ききれなくなるわよ」


「ううっ」


 固まったままでシーオが顔を引きつらせた。

 スーの言う状況がリアルに想像できたのだろう。

 実際に屋台の繁盛ぶりを見ていただけにな。


「それだけじゃない」


 そこに食べ終わったばかりのミーンが追撃してきた。


『あー、1枚丸ごと食べきったか』


 購入前の慎重な発言はなんだったのかと言いたい。

 おそらくツッコミを入れてもスルーされるとは思うがね。


「他に何があるのよ?」


 すぐ質問で返すシーオ。

 その表情にはゲンナリ感があった。

 もう考えたくないと言わんばかりである。


「この味を再現できれば評判になるのはシーオ姉も分かっているはず」


「そりゃあ、ね」


 返事をしながらシーオが溜め息を漏らした。

 ストレートに答えが返ってこないことへの失望が感じられる。


「お客さんの出入りが激しくなるのも」


「だから、それは分かったってばっ」


 ウンザリだとばかりに吐き出すシーオ。

 それでもミーンは動じない。


「本当に分かっているとは思えない」


 淡々と語るのみだ。


「なんでよ?」


 ミーンが態度を崩さないことに渋々な感じでシーオが理由を問うた。


「お客さんの目線が足りない」


 その返事に呆気にとられたようになるシーオ。


「どういうこと?」


 先程までの面倒くさそうな雰囲気がかなり薄まっている。

 ミーンの言葉がよほど気になるのだろう。


「店内で座って食べるお客さんもいることを真剣に考えていない」


「そっ、そんなことは……」


 ミーンの指摘にシーオは尻すぼみになる感じで言い淀む。


「考えていたら、すぐに分かるはず。

 出入りが激しいと落ち着いて食べてられなくなることに」


「あ……」


 短く声を漏らしたシーオは顔で「しまった」と言っていた。

 失念していたのは明白な反応である。

 自爆もいいところだ。


『せめてポーカーフェイスでいられたらなぁ』


 誤魔化しようもあったのだろうが。

 ここまでボロボロだと、どうしようもない。


 まあ、ミーンもそんなことを指摘するつもりは毛頭ないようだ。


「うちはそっちがメインだから客足に影響しかねない。

 だからといって持ち帰り客を適当にあしらうのは間違ってる。

 それはそれで客足が遠のく原因になるのは間違いない」


 ミーンがここぞと一気に畳み掛けてきた。


「うっ」


 たじろぐシーオ。


「それは困るわねー」


 ミーンの意見にスーも同意した。


「やっぱりお好み焼きは屋台ならではってことね」


「スー姉に同意。

 うちの店では出せない」


 スーやミーンのダメ押しにシーオが力なく肩を落とした。


「うーん、ダメかぁ」


「諦めが肝心」


「分かったわよ」


 ミーンに言われてシーオも引き下がった。

 ゴリ押しまでするつもりはなかったようだ。

 揉めなくてなによりである。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ミーンがオープンテラスの席から立ち上がる。


「急にどうしたのよ?」


 シーオが驚きつつも訝しげな目を向ける。


「まだ、戦いは始まったばかり」


「はあっ!?」


 シーオがなに言ってんのとばかりに素っ頓狂な声を出した。

 無理からぬことだ。

 俺はなんとなく想像がついたから言葉の意味が分かったが。


 普通はお祭りの最中に戦いとか言われても困惑するだけだ。


「胃薬を使ってでも乗り切ってみせる」


 相当な意気込みで決意を語るミーン。

 鼻息も荒くと言うと、さすがに言い過ぎだが目はマジだ。


「あー、そういうことね」


 シーオも胃薬という単語で気付いたようだ。


「戦いは言い過ぎじゃない?」


 屋台の方を向いていたミーンがグリンと首を巡らせて振り返った。


「な、なによ……」


「シーオ姉は甘い。

 油断すれば負ける」


「いや、アンタほど食べるつもりないから」


 冷めた様子で嘆息しながらシーオが返事をする。

 姉妹間で温度差があるようだ。


 が、しかし……


「フッ」


 意味ありげな視線を送りながらシーオに笑いかけるミーン。


「何よ?」


 その微笑みの意味が分からず訝しげに問うシーオ。


「戦わずして勝った」


「だから、そういうのは興味ないわよ」


「シーオ姉は甘い。

 店の味をより良くする努力を怠れば、いつか泣きを見る」


「……どういうことよ」


「うちの常連は冒険者が多い」


「そういう値段設定でやってるからでしょ」


 何を今更と言いたげなシーオ。


「その常連が通えなくなることを想定していない」


 まあ、冒険者には危険が付き物だ。

 怪我は茶飯事であり、ベテランだって時には死ぬことがある。


 また、冒険者は自由だ。

 何かしらの理由で拠点とする街を移動することも無いとは言えない。


 たとえばビル・ベルヴィント。

 別の言い方をするなら審判のオッサンだろうか。

 面倒見の良さから俺の中ではそういうことになっている。


 実はブルースよりも若かったりするが、無精髭のせいでオッサン扱いである。


 そのビルもジェダイトシティへと移ってきた。

 ビルの場合は事情があったがね。


 ただ、気紛れを起こす者だっているだろう。


「それは……」


 常連が減ることに思い当たったシーオのトーンが弱くなった。


「だったら、常に常連を増やす努力が必要。

 看板娘は愛想良くしていればいいという考えは甘え」


「ぐっ」


 ミーンの手厳しい意見にたじろぐシーオ。


「少しでも多くの味を研究してスー姉に協力する姿勢が必要」


 どうやらミーンはシーオの研究して採用すべきという言葉に触発されたようだ。


「だから少しでも多く食べろと?」


「当然」


 最初にセーブしようと悩んでいたことなど、すっかり抜けてしまっている。


「分かったわよ。

 私だって、やってやるんだから」


『あー、やっぱりこうなったか』


 屋台コーナーへと向かうミーンたち。

 相当な数の屋台をハシゴしそうな勢いがある。


 伏せっていた頃からするとミーンの姿はまるで信じられないところだが。

 屋台の料理は少なめで提供しているから実現性は高い。


『それでも全店舗は無理だよなぁ』


 店舗数はともかく、メニューの数は膨大だ。

 すべてを食べきることなどできる訳がない。

 そのあたりは2人も分かっているとは思うのだが……


 だからといって食べ過ぎないという保証はない。

 ミーンが煽ったことで2人の対抗意識は漲っている状態だからな。


『食べ過ぎなきゃいいけど……』


 そこだけが心配だ。


読んでくれてありがとう。

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