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962 進化したってさ

「それでね、選択肢があるの。

 どちらを選ぶかはアナタの自由よ」


 ベリルママが穏やかな目を神官ちゃんに向けながら言った。


「選択肢……」


 戸惑い気味にシーニュが首を傾げる。

 緊張が感じられた。

 何を言われるのかという不安があるのだろう。


 大勢の記憶が書き換えられているという状況だからな。

 精神的にタフな人間でも、それなりに応えるはずだ。


 無神経な奴なら知らんがね。

 だが、シーニュはそういうタイプではない。


「今回の件で責任を取れとは言わないから大丈夫」


 そこだけは間違いないとベリルママは頷いた。


「責任はアナタじゃなくラーくんにあるもの」


『だよなぁ』


 ベリルママたちが帰ったら凄いお仕置きをしそうな気がする。

 ひょっとするとイタズラの仕込みに使った期間と同じ時間だけ罰が与えられたりとか。


『それなら禁固刑みたいなこともあり得るかもしれないな』


 脱出不可能な状態で何もできない環境に置かれれば結構なお仕置きになりそうだ。

 ラソル様には単調な作業もお仕置きになるが、こちらはもっと応える気がする。


『常にイタズラを考えて動き回るような人だもんな』


 ジッとしてるだけなんて、きっと耐えられないに違いない。

 お仕置きとしては最適だろう。


 残念なことにデメリットも存在するけどな。

 仕事をこなす面子が減ることになるからね。

 実行すれば痛し痒しの結果となりそうだ。


「そちらは気にしなくていいから、ね」


 ベリルママの微笑みを向けられたら否定はできまい。


「はい……」


 緊張を残したままではあるが、シーニュも肯定の返事をしていた。


「この選択は落ち着いて考えてね。

 アナタの一生を左右する大事なことだから」


 結構な無茶振りである。

 プレッシャーをかけておいて落ち着けと言われてもな。

 だが、真剣に考える必要があるなら仕方のないことなのかもしれない。


「はい……」


 シーニュも感じ取ったのだろう。

 重く頷いている。


「じゃあ、まずひとつ目ね。

 こちらはゲールウエザー王国の国民として仕事を見つけて生きていく人生」


 ベリルママが真面目な顔でひとつ目を言った。


『あー、そういう選択肢かぁ』


 ふたつ目が容易に想像ができてしまう。

 俺ものほほんと聞いているだけではいられなさそうだ。

 シーニュの返答しだいでは俺も真剣に考えねばならないだろう。


「もうひとつはミズホ国の国民になる人生」


『やっぱり……』


「私のお勧めは後者なんだけど、どうかしら?」


 ニッコリ笑ってそんなことを仰っている。


『なんという営業スマイル』


 俺がシーニュの立場なら、迷わず後者を選択していただろう。

 それくらい魅力的な微笑みであった。


 が、見とれている場合ではない。

 俺も対応を考えねばならないからな。


『ローズ……は呼ぶ必要ないか』


 管理神のお勧めって時点で何の問題もないだろう。

 シーニュは少し考え込む。

 しかしながら、その表情から重苦しさはまるで感じられなかった。


「面白そう。

 ミズホの人間になります」


 そしてシーニュはうちの国民になることを選んだ。

 選択してくれたからには歓迎するけど、面白そうってどうよ。


『まあ、いいか』


 別に貶している訳じゃないしな。

 むしろ褒め言葉だろう。


 それにしても随分あっさりとミズホ国民になることを選んだものだ。

 即答ではなかったところからすると本人なりに考えていたみたいだけど。


 とはいえ悩んだ様子は見られなかったんだよな。

 念のため、もう一方の選択肢について検討だけはしてみた。

 そんな感じだ。


 端的に言えば選択ぼっちにメリットはあるかどうかだろう。

 教会を切るからには自活能力が問われることになる訳だし。

 集団生活で得ていた何もかもを失う影響は小さくない。


 ただ、面倒事からも離れられるからデメリットだけではないのも事実。


『自由には自己責任がついて回るってことだな』


 それをどう受け止めるか。

 考えた末にこの結果へと辿り着いたのではないだろうか。


『無表情に考えていた割に返答が「面白そう」だもんなぁ……』


 最終的に選んだのは感情を優先させた答えというのが考えさせられる。

 生きていて楽しく感じられるかは大事なことだからな。

 楽しくないなら、いずれ後悔するばかりとなるだろう。


「それでいいのね?」


 最終確認をするベリルママ。

 シーニュも真剣な面持ちで頷きを返す。


 それを受けてベリルママがパッと表情を明るくした。


「はい、それじゃあ私からのプレゼント~」


 お気楽な感じで言いながら軽く指先を振るう。

 魔法を使う合図だ。


 シーニュの頭上でオーロラのような光が明滅。

 シャラ~ンとか音がした。

 そしてミニオーロラがゆっくりと消えていく。


『凝ってるなぁ』


 光に意味がないのは分かっているさ。

 俺も似たようなことをよくやってるからな。

 こうでもしないと魔法だと理解するのに時間がかかったりするし。

 見た目は意外と重要である。


「え?」


 戸惑いの表情を浮かべる神官ちゃん。

 演出付きでもダメなようだ。


「困惑するのも無理ないわね」


 ベリルママはちょっと困った感じで、それでも笑みを浮かべていた。


「ミズホ国民としての基礎知識一式を渡したわ。

 それなりに絞ったつもりなんだけど、多すぎたかしら?」


 マルチプルメモライズか、それに類する魔法を使ったようだ。

 俺の使う魔法より遥かに高性能なのはシーニュの困惑ぶりを見れば分かる。

 情報の波が一気に押し寄せてきたのだろう。


 あれで困惑だけで済んでいるのが凄いんだけどな。

 俺が同じことをしようとしたらダメージを与えている恐れもある。


「後ね、進化してるわよ」


「えっ?」


 何を言ってるのか分からないとシーニュの顔に書いてあった。

 かなり慌てた様子だから進化という言葉の意味するところは分かっているようだ。

 自分がその対象になっていることが、にわかに信じられないのだろう。


 周りの皆が平然としているのも信じ難くしているのかもしれない。

 皆が当然のように受け止めているのはいつものことだ。

 そのせいで感覚が麻痺している気はするけれど。


『西方じゃ、お目にかかれないはずだからなぁ』


 本来ならシーニュの方が普通の反応だろう。


「御覧なさい」


 そう言ってベリルママはシーニュのステータスを公開した。

 本人だけじゃなく俺たちにも見せるつもりのようだ。

 どういう意図があるかは不明である。


 嫌がるなら無理に見ることもないと思ったのだが。


「見てもええ?」


 アニスが覗き込みながら聞いている。


『そういうのは本人の了承を得てから見ろよ』


 思わず心の中でツッコミを入れてしまった。


「ん」


 シーニュは特に気にした様子もなく頷いたからいいけどさ。


 返事を受けて皆がワッと集まってくる。

 俺も【天眼・遠見】を使って確認することにした。


『どれどれ』


[シーニュ・ヴォレ/人間種・ヒューマン+/女/17才/レベル41]


 ちゃんと進化している。

 ベリルママの言った通りだ。


 いや、疑っていた訳じゃないんだけどね。

 それよりも俺と同い年だったことの方が気になった。


 実は、もう少し年上かと思っていたのだ。

 妙に落ち着いてて年上感があったからなんだが。


 さすがにエリスやレオーネほどだとは思っていなかったけど。

 マリアと同じくらいかと思っていたのは内緒にした方が良さそうだ。


『プラス5才はなぁ……』


 そんなの本人に言ったら何をされるか分かったもんじゃない。

 たぶん「大人っぽい」とか言っても誤魔化されないだろう。


「おめでとうさん。

 ちゃんと進化してるでー」


「良かったじゃない」


 アニスとレイナが笑いながら祝福する。


「ありがと」


 照れくさそうに答えるシーニュだが、視線は己のステータスに釘付けだ。


「ヒューマン+?」


「その様子やと聞いたことないみたいやな」


 コクリと頷くシーニュである。


「それがヒューマンの上位種やねん」


「エルフにとってのハイエルフみたいなもの?」


 どうやらベリルママから貰った基礎知識には種族に関するものは含まれていないようだ。


『この調子だと妖精組とかが人化を解いたら驚きそうだな』


 驚くだけで済むならマシかもしれない。


『もしかするとベリルママもそのあたりのことを考えているのか?』


 だとすれば、サプライズの失敗を引きずってリトライを考えていそうだ。

 俺を対象にしているなら再挑戦は大いにあり得る話だろう。


 しかしながら、この場合におけるサプライズ対象はシーニュである。

 何とも言えないところだ。


 こういう場合はスルー推奨。

 変に突いて2度目の失敗となれば後が怖い。


「うーん、大雑把に言うたらそんな感じや」


 アニスの返事に小首を傾げるシーニュ。

 まあ、含みのある言い方だから何かあるのかと感じても不思議はない。


「せやけどヒューマン+はハイエルフみたいな最上位種やないからなぁ」


「っ!?」


 シーニュが最上位種という単語に過敏な反応を見せた。


「ヒューマン+の上がある?」


「あるで」


 得意げな感じでニヤリと笑うアニス。


「エルダーヒューマンて言うんやけど」


 驚きの色を見せつつも感心するように頷くシーニュである。


「ちなみにハルトはんとか、せやで」


 アニスの言葉にバッと凄い勢いで俺の方を振り返るシーニュ。

 その視線が鋭い。


「アハハ、めっちゃ見られとるで、ハルトはん」


『誰がそうさせたんだっつうの!』


読んでくれてありがとう。

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