961 事後承諾な解決法
「驚かせてごめんなさいね」
「っ!?」
ベリルママの謝罪に、我に返ったシーニュが懸命に頭を振った。
とっさに声を絞り出すことはできなかったようだ。
「それと、もうひとつアナタに謝らないといけないことがあるの」
ラソル様のお告げの件だな。
今までのはともかく、今回のは完全にイタズラだ。
ルディア様たちの自己紹介を受けたシーニュはこれ以上ないくらいに驚いていたし。
これを見たがっていたのは間違いあるまい。
「シーニュさん、アナタをこのまま帰す訳にはいかないの」
記憶を部分的にとはいえ消さないといけないからな。
神官ちゃんがペラペラ喋るような人間でないのは分かっている。
だが、それは通常時においてのみ言えることだ。
非常時ともなれば話は変わってくるだろう。
あるいはアルコールが入っただけで口が軽くなることだってあるかもしれない。
とにかく知らなければ喋りようがない状態にする必要がある訳だ。
「だから国元にいるアナタのことを知る人たちの記憶を変えさせてもらったわ。
本当に申し訳ないんだけど、こうするしかなかったと思ってもらうしかないの」
『ふぁっ!?』
思わず奇声を上げそうになった。
記憶を書き換えるのはシーニュだったはずだ。
それがシーニュではなく関係者をどうにかした?
まったくもって訳が分からない。
そこまで手間をかけるほどのことなのだろうか。
「これはラーくんのイタズラのせいなんだけど」
既に回復していたラソル様が笑顔でVサインをする。
懲りない人である。
『少しは迷惑をかけている自覚を持とうぜ』
喉まで出かかるくらい言いたくなったさ。
豆腐にかすがい状態だろうから言わなかったがね。
『ホント反省しろっ』
「本来ならシーニュさんに今回のことを忘れてもらうつもりだったの」
それを聞いたシーニュは大きな反応を見せない。
小さく頷いただけだ。
それでも話が聞ける状態なら問題あるまい。
「でもね、記憶が戻ってくるかもしれないのよ」
『ナンデスト!?』
まるでミズキやマイカみたいなことをやらかしかねない?
にわかには信じがたい話だ。
確かに今日の出来事はシーニュにとって衝撃的ではあっただろう。
が、それだけだ。
何にも代えがたい絶対に忘れてはいけないことだとは思えない。
『それとも神官ちゃんの生い立ちからすると、あり得るのか?』
何度もお告げを受けて信じ切っている訳だし。
ラソル様の情けない姿を見ても信仰の気持ちは変わらなかったみたいだからな。
『でもなぁ……』
色々と考えてみたが、そこまでのものとは思えないのだ。
少なくとも普段の飄々とした雰囲気からは想像しがたいものがある。
表に出てくる物静かさとは反対に内面には激情を秘めていたとしてもね。
「何度もラーくんのお告げを受けた影響なのよね」
やはりシーニュの心に多大な影響を与えたということか。
だとすると揺るがしがたいものが心の中にあるのだろう。
そんな風に思ったのだが。
「ラーくんったら加減もせずにお告げを出すんだもの」
ベリルママが呆れたと言わんばかりの表情で嘆息した。
何か雲行きが怪しい。
嫌な予感がする。
「何度も繰り返すから魂の領域にまで記憶が流れ込んじゃってるの」
変だと思ってラソル様を見るとテヘペロをしていた。
『確信犯かよ』
だとすれば随分と仕込みに時間をかけたイタズラということになる。
妖精組に忍者の仕込みをしたときよりも、ずっと長い。
『十年級だからな』
向こうにしてみれば、ついこの間の感覚なんだとは思うが。
「そのせいで記憶の上書きをしても魂の領域からリロードされる可能性が高いのよねー」
頬に右手を当てて悩ましげな表情を見せるベリルママ。
その口振りからすると本人の意思に関係なく記憶が戻ってくるみたい。
ミズキやマイカの時とは明らかに違うパターンだ。
犯人がいることも含めてな。
『おいコラ、おちゃらけ亜神!
なに余計なことしてるんだぁ!?』
そう言いたいのをグッと我慢した。
話はまだ終わっていないしな。
「あのー」
ミズキがおずおずと小さく挙手をした。
「何かしら、ミズキちゃん」
「はい、少し疑問に思ったことが……」
促されはしたものの言い淀むミズキ。
話を中断させてしまうことに遠慮があるらしい。
「どうぞ、遠慮しなくていいのよ」
「はい、あのっ……
魂の方の記憶をどうにかできないんですか?」
リロード元を消去なり封印なりできればというのだろう。
普通に考えれば、誰もがそう思うだろう。
が、ベリルママは悩んでいるような様子を見せていた。
迂闊に手を出せない何かがあるのだと思われる。
「可能よ」
「だったら──」
ミズキの言葉に被せるようにベリルママが口を開く。
「でもね、何の影響もなくできることじゃないの」
『やっぱりなー』
「まず本人の記憶は初期化されてしまうわね。
バックアップを取っておけば戻すことはできるんだけど。
でも、それはしたくないのよ。
記憶の書き換えは必要最小限にしておきたいの」
人間はパソコンじゃないからな。
不具合があるからフォーマットして再インストールと軽々しくする訳にはいかない。
そんな真似をされて喜ぶ者はいないだろうからな。
それを言ってしまうと、部分的とはいえ都合のいいように記憶を弄るのもどうかと思う。
本来なら手を出すべきではないのだ。
問題解決のために仕方なく行っているということを忘れてはいけない。
『俺も自重しないとな』
少し軽々しく考えていた。
「ごめんなさい」
落ち込んだ様子で謝るミズキ。
「いいのよ。
ちゃんと理解してくれれば」
ベリルママは笑みを浮かべながらミズキの頭を撫でた。
少しだけションボリした空気が薄れた気がする。
「あとねー、せっかく積み上げた善業がクリアされかねないの」
「クリアされるとどうなるんですか?」
たまらずといった様子でミズキが聞いた。
より悪いことのように思えたからだろう。
「ごめんねー。
ここから先は詳しく言えないの」
ベリルママの返事は予想に反して軽い感じのものだった。
詳しく言えないという時点でヤバそうなことのように思えるのだが。
『もしかして神のシステムに関わるからか』
だとするなら納得だ。
ここには、うちの国民が大勢いるからな。
それに神官ちゃんも。
迂闊に聞かせて良い話にはならないだろう。
俺や元日本人組だけなら教えてくれたかもしれないが。
「ただ、修行のやり直しになるとだけ言っておくわ」
ベリルママがヒントっぽいことを言った。
善業を積み上げることが修行になるみたいだけど。
そこまで考えると何となく想像がついた。
仙人や亜神になるための修行だと。
シーニュは素養があるらしい。
『それでラソル様が目をかけていたのか』
イタズラを絡めてくるあたりが、らしいと言えばらしいんだけど。
もう少し振り回される側のことを考えてほしい。
特に今回はうちの国民じゃなくて部外者だからな。
身内なら記憶を上書きする必要なんてなかったのだ。
加えてややこしいことになっているし。
『神官ちゃんにはプレッシャーだろうなぁ』
自分の記憶を書き換えられるというだけでも様々なことを考えてしまうはずだ。
それが自分ではなく関係者全員がとなれば、どうか。
相手から責められるような気になるかもしれない。
シーニュが不快だと感じれば感じるほど、そうなるだろう。
あるいは不安を感じるのであれば、相手のことが心配になってもおかしくない。
他にもあれこれと考えてしまうのではないだろうか。
自分のことでないが故に。
いずれにせよ少なからず動揺しているものだと思っていた。
だが、シーニュはというと大人しく話を聞いているように見える。
他人はどうでもいいと考えるようなタイプではないはずなんだけどな。
でなきゃ神官になったりはしなかっただろう。
まあ、敵認定すると話は別みたいだがね。
『忍耐強く耐えているってことか』
【ポーカーフェイス】や【千両役者】を使えなくても表情に出さないことはできる。
やりやすいかどうかの差はあるがな。
そこまでさせてしまうことに申し訳なく思った。
「それで、話の続きなんだけど」
そう言ってベリルママが再びシーニュを見る。
「はい」
返事から動揺は感じられなくなっていた。
ミズキとの話で脱線している間に落ち着きを取り戻せたようだ。
リラックスしているとは言い難いがね。
緊張が残るのは仕方あるまい。
ベリルママたちを前にして半時間と経過していないのだから。
これで完全に慣れてしまうことができるのなら超のつく大物だと思うぞ。
「シーニュさんの関係者には偽物の記憶を上書きしています」
確認するようにベリルママが言った。
「残念ですが、これを元に戻すことはできません。
教会に愛想を尽かして出て行ったことになっていますが問題はありませんか?」
「はい」
即答である。
内側にかなり溜め込んでいた模様だ。
まあ、ゲールウエザーの王城でのやり取りを見た限りでは無理もないと思う。
『それはいいとして……』
何だか俺がこのルベルスの世界に来たときのシチュエーションに似ている気がする。
違う点も多々あるけどな。
だが、皆の記憶を書き換えたし。
俺がこの世界に来たように出奔したことになっている。
『あるぇ?』
冷静に考えると、教会を飛び出した神官ちゃんの行く所が無くね?
銭ゲバと嫌う両親のいる実家なんて論外だし。
『完全にぼっちじゃないかよっ』
次から次へと人生ハードモードな神官ちゃんである。
ベリルママはどうするつもりなんだろう。
あと、おちゃらけ亜神は海よりも深く反省するべきだと思う。
読んでくれてありがとう。




