952 神官ちゃんの要求は
ひとしきり笑わせていただきました。
終わってみればコントを見せられた気分である。
「皆さん、誠に申し訳ありません。
実にお見苦しいところをお目にかけてしまいました」
ダニエルがエーベネラント組や俺に謝罪する。
「さて、何のことだろうね?」
カーターが真っ先にそう言った。
「そうですね。
何かあったのでしょうか?」
フェーダ姫もそれに倣う。
2人とも芝居じみてはいたがね。
が、それだけに周囲に対しては格好のアピールとなった。
『これで空気を読まない奴はバカだよな』
「俺も気付かなかったぞ。
見苦しいと言われてもなぁ」
【千両役者】を使って大根役者っぽく味付けした台詞回しをする。
こういう時にも【千両役者】が使えるのは便利だ。
あまり頼り切りになるのも考え物ではあるけどな。
え? スキルの無駄遣い?
いやいや、こんなところで噛んだりしたら台無しだろ?
とにかく誰もそれ以上は発言しなかった。
王族3人に無かったことにされればね。
ダニエルも無言で頭を下げるのみ。
一件落着と言いたいところなんだが。
「……………」
約1名が未だに不服そうなのだ。
もちろんシーニュである。
「で? 俺に何を要求するんだ?」
ずっと俺の方を向いていたからな。
顔や視線は禿げジジイに向けたりもしたけど。
俺に相対する立ち位置はずっとそのままだった。
明らかに俺に用がある訳だ。
何の用かは知らないけれど。
「今日からしばらく休暇にする」
「そんなこと言われてもな」
許可を出すのは俺じゃない。
それこそ禿げジジイことマグ枢機卿に代わる上司に求めるべきだろう。
「問題ない。
潰された休暇を取り直すだけ。
誰にも文句は言わせない」
「おいおい、随分と強気だな」
「責任は禿げにある」
相変わらず辛辣だ。
「それでいいなら俺は構わんがね」
問題はそれを俺に宣言することだ。
「そういう話はクラウドとかダニエルにすべきなんじゃないのか」
2人を見たが苦笑している。
だが、まあ困ったり怒ったりという雰囲気はない。
あの様子だと休暇は正当な権利として認められそうだ。
「認められないなら司祭を辞める」
大胆すぎる発言が飛び出しましたよ。
「おいおい」
この発言は笑い事では済まない。
現にクラウドたちは驚愕の表情へと一転していた。
表情だけではない。
見るからに泡を食ったような動きをし始めた。
「待て待て、待つのだ。
誰も許可しないとは言っておらぬ」
「そうだぞ。
早まるでない。
とにかく落ち着くのだ」
どうにか慰留しようとするクラウドとダニエル。
『お前らが落ち着け』
内心でツッコミを入れる。
ここで口出しはしない。
面倒なことになりそうだから様子見だ。
「心配いらない。
私の代わりなど幾らでもいる」
対するシーニュは淡々としたものだ。
自分のことなのに、まるで他人事である。
「何を言うか」
焦りを拭い去れぬままにダニエルが言った。
「国を代表するほどの其方の代わりなど──」
「いる」
ダニエルの言葉を遮ってシーニュが断言した。
「なんと……」
気圧されたように呟くしかできないダニエル。
シーニュは決して怒鳴った訳ではない。
派手な身振りをしたりということもなかった。
にもかかわらずダニエルは言葉が発せずにいる。
シーニュが有無を言わせぬ存在感を発していたからだ。
ただし、言葉を向けたダニエルに対してだけである。
「そんなにいるのか?」
クラウドが普通に聞いていたからな。
「本来なら司祭になれるはずの助祭が何人か」
「なれるはず?
何か問題でもあるのか?」
「本人たちに問題はない。
全員、資質は充分。
見習いの時に私が教えたから間違いない」
「ならば、どうしてその者たちが司祭になれない。
昔はともかく今は実力のある者こそが位階を上げられるようになったはずだ」
クラウドが苦り切った表情をしている。
口振りからすると改革に苦労したといったところか。
禿げジジイなどは改革前の名残のような存在なのだろう。
アレが残されたのは放置するより切り捨てた方が被害が大きいと判断されたからかもな。
そしたら変に増長して今に至るみたいな。
「妨害するバカがいた」
「マグ枢機卿のことか」
己の権限を勘違いした老人のことが真っ先に思い浮かぶのは道理と言える。
パワハラ爺だったみたいだし。
今まで発覚しなかっただけで色々とやらかしてそうだ。
「違う。
禿げは妨害はしていない」
シーニュが否定した。
「なにっ、どういうことだ!?」
血相を変えて問い返すクラウド。
真犯人は他にいるらしい。
ただし「妨害は」と言っているところからすると禿げジジイも無関係ではなさそうだ。
「禿げはバカのすることを見て見ぬ振りをしただけ」
『黙認してたのか。
事実上の共犯だな』
どうやら教会の組織改革は道半ばのようだ。
「バカというのは貴族子女の司祭のことだな」
禿げジジイが犯人でないなら、次に候補となるのはコイツだろう。
他にいるなら改革するのも大変なことになりそうだ。
「そう」
シーニュが肯定する。
「あのバカは本当に碌なことをしない」
「具体的にはどんな妨害を?」
「バカが脅しをかけて司祭になるのを止めていた」
「脅しというのは?」
「司祭になるのを辞退しろと」
自分はその器でないとか自信がないとか言わせていたのか。
『本当にクズだな』
「辞退しなければ実家に危害を加えるというのが手口」
『訂正しないとな』
ただのクズじゃない。
極めつけのクズだ。
「ヴォレ司祭よ、汝はその被害を受けていないのか」
「脅してきたけど無視した」
なかなか毅然としていたようだ。
と思ったら──
「私に家族などいない」
想像していたのとまるで違う返事であった。
『孤児かー……』
さすがは異世界クオリティ。
家族がいないと言えば、そのパターンである。
西方では常に死と隣り合わせなのだということを再認識させられた。
話がグッと重くなったと思ったのだが。
「何を申しておる?
そなたの両親は健在ではないか」
不思議そうな顔でクラウドが言った。
『は?』
訳が分からない。
いないと言ったり、いると言ったり。
「あの銭ゲバどもを私は家族とは認めない」
鋭い視線で射貫くようにクラウドを見返してシーニュが言った。
「し、しかしだな……」
クラウドがタジタジである。
「本当に家族であるなら子供を放置しない」
どうやら両親がいるにはいるが事情がありそうだ。
『これはこれで重いんですけど』
「まともに会話した日が数えるほどしかない。
その上、口を開けば金の話ばかり。
そんな相手に家族としての情を抱けと?」
『無理だろ、それは』
「……………」
クラウドも同じことを考えているらしい。
シーニュに問われているにもかかわらず返事ができずにいた。
「私の家族はおばあちゃんだけ。
おばあちゃんが亡くなった時もあの人たちは葬式に出なかった。
だから、あの人たちとは縁を切って教会に入ることを決めた」
両親をあの人たち呼ばわりである。
どう考えても口の挟む余地はないだろう。
「分かった」
クラウドもこれ以上は不毛になると判断したらしい。
「脅迫の事実はあったのだな?」
その問いにコクリと頷きが返された。
この調子だと延々と俺たちに関係のない話を聞かされそうだ。
故に割って入ることにした。
「悪いんだが……」
「おお、ハルト殿。
どうされたのだ」
「その話は俺たちが行ってからにしてくれないか」
一瞬だがクラウドが呆気にとられた表情になった。
「むう、済まぬ。
カーター殿たちは帰らねばならなかったな」
「そういうことだ」
別れの挨拶をして引き上げようと思っていると──
「それは困る」
シーニュがそう言ってきた。
「困ると言われてもな。
休暇を許可するのは俺じゃない。
神官を辞めるのも君の自由だ。
いずれの形で自由を得るかは知らんが、それを俺に主張してどうしろと?」
結局はそこに尽きるんだよな。
最初から俺の方に向かって来たし。
クラウドたちと話している間も体の向きは変えぬまま。
一体、何があるというのか。
「ヒガ陛下の所に遊びに行きたい」
「ナンデスト?」
読んでくれてありがとう。