946 ディナーに無粋な輩は呼んでない
演奏が止まっていた。
艦内放送が入った時点で子供組が手を止めていたからだ。
楽器を仕舞い込んで、いそいそと外に出て行く。
俺に指示を仰ぐまでもない。
艦内放送で言っていた『担当者』が彼女たちだからだ。
『何も全員で行くことないと思うんだけどなぁ』
いくら複数の大型とはいえ強敵ではないはず。
群れてくる時点で亜竜クラスだろう。
ぶっちゃけ今の彼女らには普通に1人で片付けられる相手のはずだ。
とすると、全員が俺に褒めてほしくて迎撃に向かったと思われる。
『割と本気モードだな』
何が来ているかまでは確認していないが、敵性体とやらに同情してしまう。
そんなことを考えていると──
「ヒガ陛下」
腰を浮かせたヴァンに呼びかけられた。
こういうところは慣れの差が出る。
ゲールウエザー組の騎士たちは特に気にした風もなく食事を続けていた。
子供組が出た時点で心配することは何もないと言わんばかりである。
『さすが、よく分かっているな』
「気にしなくていいぞ。
そのまま食事を続けてくれ。
海の上じゃ避難誘導なんて意味がないからな」
そもそも、この船は亜竜程度の攻撃ではビクともしないのだ。
船から脱出して逃げる方が危険である。
「あ……」
洋上であることを今更ながらに思い出したのだろう。
ヴァンは愕然とした様子を見せて座り直した。
それでも落ち着かないのだろう。
ソワソワした感じで食事は手につかないようだ。
爺さん公爵と爺さん執事も同様である。
他の面子は艦内放送時は手を止めていたが、終わると普通に食事を再開していた。
『慣れたもんだなぁ』
苦笑したくなるくらいだ。
「おい」
振り返りながら声を掛けた。
が、そこには誰もいない。
少し離れた場所に壁があるばかりだ。
「敵の種別は?」
構わずに問いかける。
『ギガクイーンクラブです』
艦内放送の音声が返事をした。
慣れていない約3名がギョッとした顔を見せる。
他の面子も手は止まったけれど。
「そいつは確かに大物だな」
しかも複数だ。
「数は?」
『5体です』
「そんなものか」
獲物の奪い合いにならずに済みそうだ。
まあ、子供組はそんな真似はしないだろうが。
褒めてほしさに、寄って集って攻撃なんてことはあるかもしれない。
『素材が心配だ』
粉々に爆散なんてされたら回収が大変である。
使える部分が減るのは勘弁願いたいところだ。
「ヒガ陛下」
今度は爺さん公爵が呼びかけてきた。
「ギガクイーンクラブとは、どのような魔物なのですかな?」
気になるのは皆も同じようだ。
全員が俺の方に注目している。
クラウドのオッサンでさえ完全に手を止めていたからな。
「デッカいカニなんだが……」
俺は頭をポリポリと掻いた。
「カニと言われても分からんよなぁ?」
全員の頷きが返ってきた。
海に馴染みのない面々だからしょうがない。
「全身を硬い甲羅で覆われていて……」
まあ、こんな説明で想像できる訳もないだろう。
百聞は一見にしかず、だ。
「壁面モニターに映像を出してくれ」
指示を出して、ふと思った。
『いきなりギガクイーンクラブは刺激が強すぎか』
翼竜を遥かに超える大物が5体もいるんじゃね。
爺さんたちが卒倒してもおかしくない。
「とりあえず子供組だけでいいや」
『了解しました』
俺の背後ではない壁に外の映像が映し出された。
遠くの方は暗いが船の周辺は照明によって明るく照らされている。
「「「「「おおっ」」」」」
映像が出た瞬間にどよめきが起きた。
「「「「「壁がっ!?」」」」」
『壁がどうしたって?』
何故か想定外のことで慌てている一同。
いや、何人かは驚いた面々に驚いている感じだ。
そちらの面子は首を傾げるように戸惑った様子を見せ始めた。
女性陣ばかりだ。
残りは壁の方を見たまま唖然としている。
向こうさんも想定外だったようだ。
『そういうものか?』
「動いているぞっ」
オルソ侯爵が泡を食いながら言っている。
思わず「は?」と言ってしまいそうになった。
『そりゃ動くよ。
これ、リアルタイムの映像だぜ?』
何が言いたいのか、サッパリ分からない。
「これは外の様子だね?」
自信なさげにカーターがそんなことを言っている。
いや、聞いていると言うべきか。
疑問形だしな。
いずれにせよ──
『カーター、お前もか』
そう言いたくなった。
「恐らくはそうでしょう」
やや戸惑いながらも肯定したのは爺さん公爵である。
「演奏していた子供たちが映っておりますぞ」
ちょうど子供組が船縁に立って下を見ているところが映っていた。
それを見て判断できるだけ、慌てている面子の中では冷静な方なのかもしれない。
「どうなってる?」
クラウドの疑問の声。
『それは俺の台詞だよ』
内心でツッコミを入れてしまったさ。
何をそんなに戸惑うのかと。
「輸送機と同じなんだが?」
俺の方も戸惑い気味に聞いてみた。
「あっ、ああ!」
ダニエルが今まで気付いていなかったような反応を見せた。
他の驚いていた面子も似たようなものだ。
ただ、どこか不自然である。
よくよく見てみると小刻みに震えていた。
空調が整った空間で寒さを感じるなどあり得ない。
ならば他に理由があるということだ。
考えられるのは接近しつつあるギガクイーンクラブの存在だ。
『無意識のうちに殺気を感じているとか?』
ビビって震えているなら無いとも言い切れない。
カニどもは船を捕食対象として見ているらしくて狩る気が満々みたいだからな。
現状は微かだが確かに殺気を感じる。
先程より徐々に強くなってきているのは距離の関係だろう。
だとすると、ゲールウエザー組の騎士たちが反応していないことに疑問が湧く。
本来なら彼女らの方が先に察知しているはずなのだ。
相手が敵意を抱いている訳なんだし。
そういうのを感知するのは護衛騎士の専門分野みたいなものだからな。
「そろそろギガクイーンクラブの映像も出してくれ」
映像を見せてどう反応するか確かめてみることにした。
『了解、表示します』
なんて返事が艦内放送を介して返ってきた。
子供組の映っていた映像が横にスライドしていく。
その隣に新規の画像が現れた。
だが、真っ暗である。
船の照明は下方向には照射されていないので無理もない。
特に注文をつけなくても、すぐに補正されたけどな。
「あ、明るくなりましたよ」
フェーダ姫が指差しながら言った。
「何だアレは?」
最初にそれを見つけたのはリンダのようだ。
「何かが大きくなっているな」
いや、ダイアンのようだ。
注意深く観察しているため疑問を口にしなかったのだろう。
「泡が浮いてきているだけだ」
ギガクイーンクラブの吐き出したもののようだ。
そのせいか巨体であるにもかかわらず姿は映像に映らなかった。
「泡が邪魔だな」
俺は自前で見通すことはできるが、ゲストたちはそういう訳にもいかない。
『了解、補正します』
画像が一瞬だけ乱れ、その後は泡のない映像となった。
海中から浮上してくるカニが映し出される。
「「「「「─────っ!」」」」」
ギガクイーンクラブの姿が映し出された途端に凍り付く男性陣。
どうやら本格的にビビりが入っている模様。
『あらら、酷いもんだ』
何かをコメントできるような状態ではなかった。
女性陣が感じていない何かがあるようだ。
俺は特にこれといったものは感じないのだけど。
『敵意ぐらいのもんだよな』
そんなものは女性陣も感じているはずだし。
先程までの状態では男女ともに気付ける者の方が少なかった。
やはり何か精神攻撃のようなものを受けているのだろうか。
よく分からない。
【諸法の理】で確認したが、あのカニにそういう特殊攻撃はなかったはずだ。
『突然変異で状態異常攻撃を身につけたか?』
だとしても、この距離で使えるとは思えない。
謎である。
ただ、やばそうには感じないので放置することにした。
『男は我慢しろ』
女性陣がビビっていたなら意地でも原因を追及するんだけど。
男は度胸、女は愛嬌って言うしな。
少しはメンタルを鍛えろってことだ。
もちろん、ヤバそうなら男女に関係なく対処するつもりである。
読んでくれてありがとう。