938 天然王族だった
カーターはその後、アニマルカーに延々と乗り続け……
なんてことにはならなかった。
『吸収力はあるんだな』
事故未遂後の運転では難なく乗りこなしたのが意外だった。
まあ、普通はそれで当たり前ではあるんだが。
あの鈍くささを見せられた後だと苦戦は必至だと思っていたのでね。
俺にとっては予想外だったわけだ。
カーターはしばらくアニマルカーを運転した後──
「ふむ、特に問題を感じない。
隙だらけな状況下で対応力が低下していただけだったか」
などと自己分析していた。
あのパニック状態が嘘のようである。
「こういう人の少ない場所で判明したのは、とてもありがたいね」
自分が出した結論を噛みしめるように頷いていた。
どうやらカーターは経験の蓄積で対応力を増していくタイプらしい。
突発的なピンチには弱いと見た。
『天才肌だと思っていたけど学習型だったんだな』
そうは見えないほど今までは対応力が高かったけど。
経験したことは即座に応用が利くのだろう。
今回と似たような状況になっても次は泡を食うことはない訳だ。
もっと速い乗り物に乗っていたとしても、それは変わらないと確信できる。
『やっぱり天才タイプなんじゃね?』
かなり変則型ではあるが。
「ありがとう、ハルト殿」
「納得したかい?」
本来なら「堪能したかい?」と聞くところだろう。
だが、こう聞いた方が良いような気がしたのだ。
理由なんてない。
「ああ、自分の欠点をひとつ潰せたと思う」
「それは良かった」
「では次に行こうと思うのだが」
そう言ってフェーダ姫の方を見た。
ニコニコと笑みを浮かべて頷きを返すフェーダ姫。
「で、何処へ行く?」
俺が問いかけると、2人は顔を見合わせた。
「次はフェーダが決めるといい」
カーターが先手を打った。
「よろしいのですか、叔父様?」
「もちろんだ。
ここに来るのを決めたのは私だからね。
順番で言えばフェーダの番じゃないか」
迷いのない返答にフェーダ姫も笑みを浮かべた。
本当に仲の良い叔父と姪である。
「では、先程まで見て来た乗り物のコーナーがいいです」
フンスと鼻息を強くして答えるフェーダ姫。
「おおっ、そっちかい?」
カーターも気合いを入れ直すようにグッと拳を握りしめている。
「ええ」
「てっきり跨がって乗る乗り物の方かと思っていたのだがね」
爺さん執事が乗っていたミニチュア列車のことだろう。
『先程までというと……』
絶叫マシンのコーナーにいたはずだ。
「何度も乗りたくなるほど気に入った乗り物があるのか?」
「乗ってませんよ」
フェーダ姫が即答した。
「踏ん切りがつかなくてね」
カーターが苦笑する。
「何だ、そりゃ?」
ガックリ来たさ。
「コインを節約したいのは分かるんだが」
土産物で消費もしているようだし。
すべてに乗ることができないのは分かるんだが。
カーターにしては思い切りが悪い気がする。
「そうじゃないよ」
「じゃあ、どういうことなんだ?」
「さっきは乗ってなかったんだ」
「は?」
一瞬、訳が分からなくなったが。
「なるほど、通りすがりだったのか」
「違うよ」
「え?」
今度は本当に訳が分からなくなった。
「動いているのを見ているだけだったんだよ」
「それだけでも楽しめましたよ」
2人とも実に楽しそうに、そんなことを言っている。
『なんだかなぁ……』
見てるだけって、ウィンドウショッピングじゃあるまいし。
まあ、見ていて怖くなったから乗らずにいたというのが真相だとは思う。
それで再び向かうということは乗る気になったのだろうか。
「今度は乗ってみようってことだよ。
さっきは尻込みしてたんだけどね」
軽い調子で苦笑するカーター。
「そうなんです。
少し他の乗り物で様子を見てからにしようって」
楽しみで仕方ないのか満面の笑みを浮かべているフェーダ姫。
「アニマルカーで自信もついたし丁度いいかと思ってね」
「ソウナンダ」
片言に近い言葉しか出てこない。
『アレで自信をつけたって……』
現実を知らないのか天然ボケなのか。
カーターたちの場合は後者だろう。
意気揚々と絶叫マシンのコーナーへと向かおうとする2人。
『止められないよなぁ』
本人たちのワクワクした気持ちを無下にはできない。
安全面では自分で操縦しないぶんアニマルカー以上に問題がないからな。
どの乗り物も安全対策は何重にもしてあるのでね。
それでも絶叫マシンにはスリルがある。
『俺の方がドキドキしてきたよ』
トラウマにならないようにと願うばかりである。
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結論から言えば絶叫マシンのフルコースとなった。
カラーコインの続く限りという縛りはあったが。
『何なんだよ、この叔父姪コンビはっ』
いきなりトルネードループコースターに乗ってキャーキャー叫んでいたからな。
降りたら──
「いやぁ、見ると乗るでは大違いだった!」
「こんなに爽快感があるなんて!」
2人とも爽やかな笑顔で言ってくれましたよ。
『適応能力が高すぎだっつうの』
そんなこんなで、あっと言う間に夕暮れ時を迎える。
鐘の音が鳴り始めた。
日本の学校なんかでお馴染みの4種の鐘を使ったやつだ。
「これは……」
カーターが迎賓館の方を見た。
「もう集合時間なんですね」
フェーダ姫が名残惜しそうに乗り物コーナーを振り返る。
「ああ、そうだね」
何処か上の空な感じのカーター。
「叔父様?」
「あ、ああ……」
フェーダ姫に呼びかけられ、ようやく我に返る。
「済まないね」
苦笑しながら詫びるカーター。
「少し鐘の音が気になったものだから」
「鐘の音ですか?」
聞きながら耳を澄ませるような仕草を見せるフェーダ姫。
「ああ、曲の演奏になっていますね」
思案顔になるフェーダ姫。
「何でしょう?
私は聞き覚えがないのですけど」
どうにか思い出そうとしている。
『そりゃあ、無理だよ』
ミズホ国以外で披露したことないんだし。
うちでは学校で普通に使ってるけどね。
「私も聞き覚えはないよ。
ハルト殿の国で作られた曲なんだろう」
カーターが苦笑しながら、こちらを見てきた。
「まあね」
本当は違うが、それを説明することはできないので素っ気なく答えておく。
「それよりも気になることがあるんだよ」
「気になることですか?」
フェーダ姫はカーターの言いたいことが想像つかないらしい。
キョトンとした表情で問いかけている。
「たぶん4個の鐘が使われていると思うんだが」
そう言いながらこちらを見たので頷いた。
「正解だ。
いい耳をしているな」
フッと笑みを浮かべたカーターだったが、次の瞬間には真顔に戻っていた。
「迎賓館の建物にそういった施設が見当たらなかったんだ。
ひとつの鐘なら上手く隠せるかもしれないと思うんだが……」
困惑の表情を浮かべるカーター。
「これだけ大きな音を鳴らせる鐘が4個も入る建物はないはずなんだけどなぁ」
しきりに首を捻っている。
「えーっと?」
フェーダ姫も不思議そうにしている。
が、少し困惑気味にも見えた。
カーターがどうして悩むのかが分からないのだろう。
「魔法で音を届かせているんじゃないですか?」
俺の方を見て聞いてきた。
自分の考えが間違っていないであろうことを確認するためだろう。
「おそらく魔道具じゃないかと。
だとすれば、そこまで大きな鐘は必要ないんじゃないでしょうか」
フェーダ姫の目が「ですよね?」と言っている。
「ああ、その通りだ。
鐘の音を再現するコンパクトな魔道具を使ってる。
それと会場の全域で聞こえるようにもしてるから」
「なんと……」
カーターが呆気にとられていた。
想像以上の答えだったようだ。
「会場中に聞こえるようにするのはパレードでもしていたんだがな」
増幅や音の転送はそう難しいことじゃない。
「あっ」
俺の指摘にカーターが目を丸くして驚いていた。
「なんてことだ……
見ていながら失念するなんて」
してやられたという表情で目を閉じるカーター。
パレードの時は気付いていたようだ。
「無理ないよ。
鐘の音の方がより高度に処理してるから。
迎賓館の方から鐘の音がしているように聞こえただろ?」
そうすれば自分の向かうべき方向がすぐに分かる。
会場内の道は見通しが悪かったりするからな。
それでも迷わないように工夫した訳だ。
「ああ、ごく自然に聞こえるよ」
カーターが苦笑した。
「ハルト殿の魔道具はやはり凄いね」
小さく両手を挙げて降参の意を示すカーターであった。
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