939 それぞれの満足
「疑問が解消したなら行こうか」
俺はカーターたちを促した。
集合のための鐘の音なのに俺たちは完全に足を止めてしまっている。
大したロスにはならないが、これ以上は皆を待たせることにもなりかねない。
「おっと、そうだった」
「いけませんね」
カーターたちが苦笑する。
俺たちは頷き合うと迎賓館に向けて歩き出した。
と同時に【天眼・遠見】であちこちを確認。
まず、確認したのは次のイベントのための準備をしている自動人形たちである。
夕食を少しばかり豪華な感じで演出してみようってだけなんだがね。
西方じゃ体験できないようなことをする予定だ。
当然、皆には内緒にしている。
先にネタバレしても問題はないけどね。
それでも知らない方がドキドキした感じになるはずだ。
『最後のイベントにも驚いてもらわないとな』
とはいえ腰を抜かすほどのことではない。
それでも初物であるが故に一生の思い出になるという確信はある。
「……………」
どうやらスタンバイは完了しているようだ。
後はゲストがタイミング良く迎賓館に戻ってきてくれれば完璧だ。
多少なら遅れても大丈夫なようにはしているつもりだが。
『さて、遅れている面子はいるかな?』
引き続き【天眼・遠見】で見ていく。
今度は会場内だ。
他の面々も迎賓館に向かっている。
ほとんどが、それなりに遠い場所にいるようだ。
『これは俺たちが一番乗りかもな』
話し込んでいたのに余裕がある。
それだけ迎賓館に近かったからなんだが。
カーターが鐘の音に執着したのも、迎賓館の建物が見えていたからだと思う。
迎賓館が見えなければ距離感も掴めなかっただろうし自重したはず。
その場合は帰路を急ぎながら考えるなり質問するなりしていただろう。
まあ、既にカーターの興味は鐘の音から離れているんだけどね。
「それにしても、あのバンジージャンプというのは凄かったね」
疑問が解消すればこんなものである。
「ええ、怖かったです」
フェーダ姫が同意する。
笑顔で言われても説得力がない。
「そうだね。
飛び込んだ瞬間は1回で充分だと思ったよ」
「でも、また次の機会があればと思いました」
「不思議なことにね」
叔父姪コンビはやや興奮した面持ちで頷き合っている。
「言っておくが、帰ってから再現とかしようとするなよ」
2人の会話が危ない方向に進みそうだと感じたので先に釘を刺しておく。
「やはりダメかな」
どうやらカーターは無謀なことを考えていたようだ。
「専用ロープの伸縮性を再現できるか?
あれがあるから飛び込んだ者は怪我をしないんだ。
でないと、骨や内臓にダメージが行って怪我をするぞ」
「そうなんだー」
渋い表情をさせて腕組みをするカーター。
実に残念そうだ。
『やっぱり、やるつもりだったか』
「あれは難しいだろうね」
「難しいんじゃなくて無理だぞ。
かなり高度な魔道具だからな」
「そっかぁ、それは残念だ」
肩を落とすカーター。
実のところは言うほど高度でもなかったりするのだが。
でも、嘘ではない。
西方基準なら充分に高度だ。
切れにくいように自己修復の術式は刻み込んであるし。
「もし、そのロープが切れた場合はどう対応する?」
念のためにダメ押しをしておく。
「うちのはそのまま落下しないように風魔法の結界とか発動するようにしてあるぞ」
「うっ」
カーターが歩きながらたじろいでいる。
「それもかなり高度なんだろうね」
「魔道具で再現するつもりならね。
上位の風魔法を発動できる魔法使いがいるなら、それでもいい」
別に魔道具を用意しなくても安全を確保できればいいのだ。
「あー、魔道具でなくてもいけるのか」
魔道具なら自動で楽ってだけだ。
「ロープが切れた瞬間に対応できるならという条件がつくけどな」
魔法使いが手動で対応できるなら、後は人為的なミスをどれだけ減らすかだろう。
人はミスをする生き物なんだし。
「そこなんだよねぇ……」
カーターも分かっているらしく、唸っている。
「どちらにしても無理かな。
反応はできても無詠唱でないとダメだろうし」
そりゃ、そうだ。
悠長に呪文を詠唱なんてしていたら飛び込んだ者は地面と激突である。
「それ以前に上位の魔法を使いこなせる魔法使いは探すだけでも大変だ」
カーターは諦観のこもった溜め息を漏らした。
「叔父様、どう考えても危険です」
「そのようだね。
残念だけど、命には代えられないか」
そう言った後のカーターは特に執着を見せなかった。
『聞き分けが良くて助かるよ』
食べ物がらみのクラウドみたいなノリだと、きっと頭を抱えていたと思う。
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皆が迎賓館に戻ってくる。
誰も彼もが、いい笑顔なのを見て少し安堵した。
「叔父さーん。
やっぱり食べ足りないよぉ」
クラウドなどは愚痴をこぼしているがね。
でも、満ち足りた表情をしている。
「やかましい。
お前は少し我慢というものを覚えろ」
ダニエルも叱りつけている割には、にやけ面だ。
満足度が高い証拠である。
他にも──
「屋台の食べ物も侮れませんな」
「うむ、味付けが濃いものが多かったが」
オルソ侯爵や爺さん公爵が屋台料理の話題で盛り上がっていた。
『むしろ当然か』
最後までクラウドたちと一緒に行動していたようだしな。
「それでも下品だとは感じませんでしたぞ」
「まったくもって、その通りだったな。
よくぞ、あれだけの料理を考えつくものだ」
「確かに想像もつきませんな」
「ああいうものを我が国でも増やせれば国が活気づくのだが」
経済が弱体化しているためだろう。
発想が景気浮揚策に向いてしまうのは無理からぬところだ。
「ですが、さすがにレシピは教えてもらえないでしょう」
別に言うほど秘密でもないのだが。
中には完全再現が難しいものもあるし。
そういうのは調味料の問題だったり。
あるいは寿司などは生ものを使うからだったりする。
特に衛生管理や保存性には気を遣う必要があるんだよな。
「そこまでするのは図々しかろう」
「自力でどうにかするしかありませんな」
「持ち帰れる分があるのは、ありがたい」
残った分をお土産にしたことを言っているのか。
「ふむ、そうですな。
料理人に食べさせれば、再現できるかもしれません」
「どうかな?」
爺さん公爵が軽く首を捻る。
「難しいですか?」
「おそらくはな……
あまりに多彩すぎる。
あの味を再現するのは厳しかろう」
そんなことを言いながら、爺さん公爵は反芻しているようだ。
真面目な話をしている割に幸せそうである。
「だが、発奮させることはできよう」
「なるほど……
独自のものでも発展の望みはありますか」
「むしろ、それこそが必要だ。
我が国の名物と呼べるものがあれば強みにもなろう」
「確かに」
「料理にあれほどの力があるとは夢にも思わなんだ」
舌の上で味わった記憶を呼び起こしているのだろう。
爺さん公爵が上を見上げながら恍惚の表情をしている。
「まったくですなぁ」
オルソ侯爵まで追随しているし。
『ジャンクフードばかりなのにな』
気に入ってもらえたようで何よりである。
満足した者たちは皆、似たような表情なので分かり易い。
王太子ストームはポーカーフェイスになっていたけどね。
まあ、コレクションを眺めているときの顔の方がヤバいと思われるのでむしろ問題ない。
顔を引きつらせているので、かなり我慢しているのだろう。
『頑張ってくれ』
にやけ面になったら、さすがに影の薄さも崩壊するだろうし。
爺さん執事のように自然な笑顔になるというなら、それでも構わないのだが。
そのあたりは人生経験の差だと思う。
今のストームには真似できまい。
だが、とりあえずは影の薄さを任意でオフにできるようになるべきだろう。
大国の王太子が現状のままでは先が思いやられるからな。
『さて、残るは騎士たちなんだが』
「ロングフリースロー難しすぎぃ」
1人が落ち込み気味だ。
あれはミリアムだったか。
「そうでしょうか?」
アデルが疑問を呈している。
まあ、ヴァンとの勝負で凄く集中していたしな。
「高得点狙いで欲張るからでしょうが」
「ううっ」
イザベラにツッコミを入れてミリアムが肩を落とした。
「ハ、ハンマーゲームは似たものが作れそうよね」
逃げるように話題を変える。
が、これもゲームコーナーの話題だ。
「帰ったら作ってみない?」
「作ってどうすんのよ。
力試しにはいいけど訓練向きじゃないわよ」
イザベラはにべもなく返事をした。
「うぐっ」
ミリアムは逃げられない。
そんな様子をダイアンとリンダは苦笑しつつ眺めていた。
読んでくれてありがとう。




