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924 余韻と両替と自由行動

「いやあ、間近で見ると迫力があったね」


 とうの昔に行列は通り過ぎてしまっている。

 というより案内はほぼ終えているような状況だ。

 にもかかわらずカーターは上機嫌で山車の話をしていた。


「まさか6台も山車が通るとは思っていなかったよ」


「先程からそればっかだな」


「だって、あれを動かすのが人力だなんて普通は思わないよ?」


 未だに興奮冷めやらぬような状態である。

 こちらとしては苦笑するしかない。


「そうですね、叔父様の仰る通りだと思います」


 フェーダ姫が同意すると他の面々も頷いていた。


「あれだけの大きさのものを何故動かせるのかと思うのは道理です」


 騎士隊長のダイアンが言った。


「山車が軽くなるように作ってあるからだな」


「人が何人も乗っていたじゃないですか」


「我々ではあの人数が乗った荷馬車を数人で引いてもビクともしませんよ」


 ダイアンのツッコミに副隊長のリンダが援護を入れてくる。


「まあ、そういうものだと思ってもらおうか。

 山車は普通の荷馬車とは色々と違うのでね」


 それ以外に言い様がない。


『ドウシテコウナッタ』


 狙い通りではあるのだよ。

 迫力の演出をすれば驚いてくれるだろうと思ってやってみただけなんだ。


 思った通りに皆が驚いてくれた。

 踊り出さんばかりにノリノリにもなってくれた。

 そこまでは文句のつけようがない。


 それなのにパレードの内容で話をしてもらえていない。


「とにかく圧巻だった」


 までは狙い通りの感想である。


 では、何がと問い返すと──


「山車が大きくて」


「山車の上に何人も人がいて」


「山車が連なっているのが」


 などという答えが返ってくるのだ。

 下で踊る面子もバランスを考えて相応の人数を配置したはずなのに。


 俺としては──


「行列が長くて」


「演奏が力強くて」


「踊りが綺麗にそろっていて」


 などの感想を期待していたのだが。

 すべて山車に持って行かれてしまった。


『やり過ぎた』


 読み違えたのは明白。


 やり過ぎて敗北感を味わうことになるとは思わなかったさ。

 皆が楽しんでくれているようなので納得するしかないだろう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 迎賓館まで戻ってきてカラーコインの両替手続きを行う。


 ようやくといった感じで待ちきれないと言いたげな面々が並んでいた。

 案内の前に両替しておけば催促されかねない状況にはならなかったのだろうが。


 それでも両替を先にする訳にはいかなかったのだ。

 両替を先にしてしまうと自由行動の前に衝動買い食いをしそうな御仁がいるからな。


 そんな訳でクラウドの両替はラストになるよう並ばせた。

 王族かどうかはここでは関係ない。

 俺がルールだ。


 1人ずつ裏門から出てくる。

 最初に出てきたのはフェーダ姫だった。

 順番的には他の面子が先だったはずなのだが。


『また庭を見ているのか』


 飽きないものである。

 この調子だと、彼らの王城にミズホ風の庭園が造られそうだ。


 ダメだとは言わないが不安にもなる。

 外国人が作ったなんちゃって日本庭園のような酷いことになりそうだもんな。


『いっそのこと注文を取って、うちのスタッフで造園するか?』


 それも良いかもしれない。


 そんなことを考えているとフェーダ姫が目の前に来た。

 思い詰めたような物憂げな表情をしている。

 会場内を案内していた時とは大違いだ。


『あんなに御機嫌だったのに……』


「どうした?」


 拡張現実の表示をオンにしてみた。

 が、状態異常は見られない。

 体調を崩したとかではなさそうだ。


「本当にこんな額になるのですか?」


「そのことか……」


 トップバッターの両替を見た時も同じことを聞いていたな。

 今と同じように物凄く不安そうな顔をしていた。


『ずっとこの感じだったのか?』


 裏門で待つ都合もあって俺は先に出てきたので、そのあたりは分からない。


「大丈夫だ、問題ない」


 そう答えるしかできなかった。

 不安げな面持ちは変わらないままだ。


 何故こんなことになっているか。

 端的に言うとカラーコインの枚数の多さにフェーダ姫が驚いているだけだ。


 まずは金貨を大銀貨に両替した。

 そこから大銀貨1枚とカラーコインを両替したら、こうなった。


 どう考えてもカラーコインが大銅貨や銅貨に相当するという認識に至っていない。

 教養があるはずのフェーダ姫にしては珍しいことだ。


 それとも、勿体ないという意識が強く働き過ぎて感覚的に不安になっているのだろうか。

 そんな風にも考えてみたが、どうにもしっくりこない。


 むしろ銅の貨幣を失念しているような感じだ。


『硬貨の一番下が銀貨だと思っていたりしてな』


 ふと、そんな考えが脳裏をかすめた。

 銅貨を知らないお姫様?

 言葉にすると無いと言い切れないのが怖い。


『さっきから不安そうにしているのは、それが原因か?』


 同じことの繰り返しで埒が明かない訳である。


「そんな風に不安を感じるってことは貨幣の理解が足りないな」


 思い切って指摘してみた。


「あの環境じゃ仕方なかったとは思うが勉強不足だぞ」


「申し訳ありません」


 ションボリとしてしまうフェーダ姫。

 そういう顔をされると俺が悪者になったかのようで居心地が悪くなる。


 まあ、当りが強い言い方をしてしまったかもしれない。

 反省しなければ。


「すまんな。

 言い過ぎたか」


「いえ、事実ですから。

 帰ったら勉強します」


 フェーダ姫の瞳が決意に燃えていた。


「それがいい。

 きっとフェーダ姫のためになる」



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 全員が両替を終えて裏門前に集合した。


「夕刻の鐘の音がなったら、この裏門の所まで帰ってくること」


 見渡すように全員の様子を確認する。

 特に問題はなさそうだ。


「何か質問や聞きそびれたことはあるか?」


 念のために聞いてみたが反応はなかった。


「それじゃあ以後は自由行動だ」


 そう言った途端にダッシュした者がいた。


『まだ解散の宣言をしてないんだが?』


 あまりにも気が早い。

 誰かは言うまでもないだろう。


「あっ、小僧め!

 逃げおったなぁっ!!」


 一瞬で顔を真っ赤にしたダニエルが後を追うべく走り去る。

 爺さんとは思えぬパワフルな疾走ぶりだ。

 怒り成分を抜けばハッスルという言葉がよく似合いそうである。


「まだ解散を言ってないんだが?」


 この場にいなくなった相手にツッコミを入れる。

 ドッと笑いが起きた。

 苦笑交じりではあったがね。


「なんだかなぁ」


「仕方ありません」


 とはダイアンの言葉である。


「もしかして普段から、あんな感じなのか?」


「いつもではありませんが」


 諦観の感じられる嘆息と共にダイアンが答えた。


「私の父の話によると、陛下が幼い頃は日常だったそうですが」


「つまり童心に返っている訳だ」


「そうかもしれません」


 やれやれと言った感じでダイアンが肩を落とした。

 他の護衛騎士の面々は苦笑している。

 エーベネラント組は生暖かい視線を送っていた。


「まあ、いつまでもこうしてたって仕方ないな」


 ふぅと一息ついた。


「では解散だ。

 存分に楽しんできてほしい」


 その言葉と共に少しずつ集まった面々がばらけていく。


「ダファルよ、今日は自由に過ごすが良い」


 爺さん公爵がイケメン騎士の兄ちゃんに声を掛けた。


「よろしいのですか!?」


 イケメン騎士の兄ちゃんが面食らっている。

 よほど意外な言葉だったのだろう。


「もちろんだ」


「ですが……」


 兄ちゃんは食い下がる。


「聞けばゲールウエザー王国の騎士たちも休暇だとか。

 うちがお前に休暇を与えねば色々とまずいだろう」


 面子とかの話だろうか?

 友好国とはいえ、相手に対して見栄を張らねばならないこともあるだろう。

 そんな風に思っていたのだが。


「何よりヒガ陛下のことを信頼していないと思われかねん」


『そっちかよっ』


 思わず心の中でツッコミを入れていたさ。

 まるで想定していなかった答えだったからね。


「な、なるほど……」


 イケメン騎士の兄ちゃんは即座に納得していた。

 何故か青い顔をしているのは、俺にビビっているからか?

 まるで俺が怒ると思っているかのような反応だ。


『そんな訳ねーっての』


 その言葉は、せっかくできた兄ちゃんの休暇を潰さないために飲み込んだ。


「叔父様、一緒に参りましょう」


「そうだね」


 仲の良い叔父と姪である。

 ただ、姪の方は婚約者がいるはずなのだが……


『相手が走り去った後じゃあ、どうしようもないよなぁ』


 実はダニエルがクラウドを追っていった時に反対方向へ走っていたのだ。

 そんなに扇子が気に入ったのかと言いたくなるくらいの勢いがあった。

 クラウドの食い意地に匹敵するものがあったさ。


『食い意地の方で似なくて良かったな』


 血は争えないという言葉はこういう時に使うものなのだろう。


 そんな訳だからゲストサイドで気付いた者は誰もいない。

 俺が解散を告げるまではね。


 以後はフェーダ姫もその姿を探したみたいなんだけど。

 いないことを理解すると軽く首を傾げただけだった。

 悩まずカーターを誘ったくらいだから心配はしていないだろう。


 だが、それはお互い様というものである。


『どちらかと言えば、ストームの方が薄情だとは思うがな』


 少しもフェーダ姫のことを気にかけることなく行ってしまった訳だし。

 いずれにせよ、あの2人の先行きに不安を感じてしまうのだが。

 それとも互いにドライな方が上手くいくのだろうか?


読んでくれてありがとう。

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