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923 それぞれの思惑とサプライズと

 頃合いを見て土産物屋を出た。

 最初のお祭りイベントの時間が近づいてきたからだ。


「あの扇子は、ぜひ買いましょう」


「色んな絵柄があるから迷いそうだね」


 フェーダ姫とカーターが談笑している。

 婚約者であるストームも扇子に強い興味を持っていたはずなのに放置されている。


『憐れな……』


 同情を禁じ得ない。

 が、本人は一向に気にした様子がない。

 それどころか、ほくそ笑んですらいる。


「何本買おうかな」


 などと呟いていた。

 実に楽しそうだ。

 まるでイタズラ小僧である。

 成人して6年になる歴とした大人ではあるけどね。


『……………』


 ツッコミの言葉が見つからない。

 男は幾つになっても少年の心を持っているという言葉を聞くことがあるけれど。

 影が薄いままにこんなのを見せられるとギャップが凄すぎて言葉がない。


『まあ、ツッコミを入れる必要もないか』


 誰も王太子には注目していない。

 この状況を本人が積極的に受け入れているようだし。


 でなきゃ人前でほくそ笑んだりはすまい。

 ストームは誰にも気付かれていないと思っているはずだからね。

 そちらを向いていない俺に見られているなど夢にも思っていないだろう。


 そう、俺は【天眼・遠見】を使って視野外領域で見ている。

 最初は覗き見るようで悪い気がしたが、これで良かったと思う。

 俺が見ていれば誰かが気付いたはずである。


『ほくそ笑んでいる瞬間を見られたら、ばつが悪いなんてもんじゃないだろ』


 俺にできることはスルーすることだけだ。


「団扇は実用性と絵柄のバランスが実に見事ですな」


 ダニエルが御機嫌で爺さん公爵に話し掛けている。


「確かに」


 爺さん公爵も楽しげに応じていた。

 ますます仲良しな2人である。


「ですが、絵柄がより見栄えするのは扇子の方でしょう」


「それは言えておりますな。

 どちらが優れているか優劣をつけがたいものです」


「無理に優劣をつける必要もないでしょう」


「ふぅむ、確かにその通りなのですがな」


 困ったように眉根を寄せるダニエル。

 それに気付いた爺さん公爵が──


「おや、何かお悩みですか?」


 問いかける。

 それを受けてダニエルが苦笑した。


「お恥ずかしながら些細なことです。

 実は団扇と扇子のどちらを買おうか迷っておるのですよ」


「おお、なるほど。

 それならば両方とも買われると良いのでは?

 見れば高いものでもありませんでしたし。

 時と場所を選んで使い分けするのはいかがですかな」


 爺さん公爵の提案にダニエルが大きく頷く。


「それは良いですな」


 宰相コンビが2人して笑った。


『楽しげに談笑するものだ』


 他の面々も買い物していないのに満足げである。

 時間調整だけのつもりだったのだが。

 俺は狙った以上の効果に収穫の大きさを感じていた。


 だが、何時までも浸っている訳にはいかない。


『そろそろ時間だ』


「ちょっとここで止まってくれるか」


 何もない道の真ん中で立ち止まる。


「またお店に入るんですか?」


 フェーダ姫には勘違いされてしまったようだ。

 言葉にはしないが何人かは同じことを考えているらしいことが見て取れた。


 特に女性騎士たちの瞳は獲物を狙うかのように輝きを増している。

 ショッピングに対する女性の意気込みを侮ってはならない。

 それは日本人であった頃からミズキやマイカとの付き合いで重々承知している。


「これからイベントが始まるんだ」


 俺は慌てて軌道修正を試みた。


『こういう時の女子ほど恐ろしいものはないからな』


「「「「「イベント?」」」」」


 ほとんどの者が首を傾げる。

 納得がいったように頷いたのはカーターだけだった。

 もちろん何も語らない。

 俺の方を見てフッと笑みを浮かべただけだ。


「そう、イベントだ。

 もうじき始まるから白線の外側へ下がってくれるか」


 俺の言葉に従って道の真ん中から端の方へと寄っていく一同。


「ヒガ陛下、これは一体……?」


 戸惑った様子で騎士隊長のダイアンが聞いてきた。

 何事かと思うのは道理というもの。

 完全に歩みを止めてしまったからな。


 だが、あえて答えない。

 俺は指を開いた状態で右手を挙げた。


「え?」


 返答の代わりに挙手があったことでダイアンは面食らったようだ。

 目を白黒させている。


「あと5秒」


 俺は特にフォローも入れずにカウントダウンを始めた。


「4」


 そして指を折りながらカウントする。


「3・2・1」


 ゼロのタイミングで手を振り下ろした。

 それを合図としたかのように賑やかな音色の音楽が聞こえてくる。


 ドンドンという複数の太鼓の音。

 ピーヒャラと笛の音がそれに合わさる。

 それは会場の何処にいても聞こえてくるように調整されていた。


「ふわっ!?」


「なっ、なにっ!?」


「ええっ!?」


「どういうことっ!?」


 護衛騎士たちが混乱しつつも腰を落として身構えていた。

 警戒態勢の1歩手前といったところか。

 他の面々もキョロキョロと落ち着きなく周囲を見渡している。


『唐突に聞こえてきたからなぁ』


 驚かせたのは間違いない。

 しかも音の発信源が見当たらないのも戸惑わせている。

 該当するような楽器がどこにもないのだ。


 当然だろう。

 この音は離れた場所の演奏を流しているのだから。


『まさか店舗の看板がスピーカーになっているとは思うまい』


 いや、それ以前にスピーカーを知らないか。

 そんな訳だから戸惑うのも無理はない。


『聞き慣れない楽器の聞き慣れないメロディーだしな』


 ぶっちゃけ祭り囃子である。


「これは……」


「民族音楽の類でしょうか」


 隊長のダイアンと副隊長のリンダはそれなりに落ち着いていた。


『聞き慣れなくても推測はできるようだな』


「そろそろ回ってくるぞ」


 俺の指差す道の先は奥まで見通せない。

 道が緩やかにS字を描いており施設の建物が視界を遮っているからだ。


「何が回ってくるのですか?」


 フェーダ姫が俺の方を見て聞いてきたその時である。


「あっ、人が大勢出てきたね」


 カーターが真っ先にその到来を告げた。


『やはり気付いていたな』


 建物の陰から国民たちが現れることは読まれていた。

 音楽が聞こえてきた時点ですぐに目星をつけていたからな。


 だが、こちらのサプライズを援護するように周囲を誘導してくれている。

 援護してくれているのは明らかだ。

 俺がとやかく言うことは何もない。


 カーターの言葉に皆が視線を現れた一団に向けていた。


「おお、出てきましたな」


 オルソ侯爵が続く。


「あれは……

 踊っているようですな。

 見慣れない踊りではありますが」


 ダニエルが補足するように語った。


「みんな法被を羽織ってますね」


 フェーダ姫が嬉しそうに報告してくる。

 土産物屋で先に見ていたものが使われているのが分かったからだろう。

 本当に祭りで使うことが実感できたことは感激に値するらしい。


『そこまでとはな』


 意外に感じたが、思わぬ効果は嬉しい誤算だ。

 祭りを盛り上げる雰囲気作りに一役買ってくれるなら実にありがたい。


「でも、頭のアレは何でしょう?」


 徐々に近づいてくる人々を見てフェーダ姫は首を傾げた。


「サークレットにしては太すぎるような……」


「あれは鉢巻きだ」


「鉢巻き……ですか。

 土産物屋さんでは置いていませんでしたよね?」


 法被はあったのに鉢巻きが無かったのは何故かと言いたいらしい。

 どうやら欲しいようだ。

 法被とワンセットになっていると感じたのだろう。


「いいや、見ているぞ」


 俺がそう返すと──


「ええっ?」


 目を見開いて驚きを露わにした。


「あれは手ぬぐいを絞るように丸めて頭に巻いているんだよ」


「ああっ」


 種明かしを受けて再び目を見開くフェーダ姫。


「そうだったんですかぁ」


 納得がいったらしく、しきりに頷いている。

 その時である。


「おっ!?」


 クラウドのオッサンが何かに気付いたような声を上げた。


「後ろから何か大きなものが出てきたぞ」


 見つけたことが嬉しかったのか楽しそうに笑っている。


「まるで建物が近づいてくるかのようだ」


 その表現は決して大袈裟ではない。

 3階建ての家ほどの高さがある建造物が、こちらに向かってくる。


 その光景に皆は呆気にとられていた。

 ある程度の予測をしていたカーターでさえ見入っている。


「あの大きなものは何ですかな?」


 皆の疑問を解消するべく爺さん公爵が代表するかのように聞いてきた。


「あれは山車と言ってパレードで使うものだな」


 この説明だけで通じるものかと思ったが、首を傾げる者はいなかった。

 似たようなものが西方でもあるからだろう。


「隊長、上で笛や太鼓を奏でていますよ」


「そのようだな」


「あれの音色がここでも鳴っていたようですが?」


「別に不思議でもないでしょ。

 ヒガ陛下は魔道具の達人なんだし」


「「「「「あー」」」」」


 護衛騎士たちだけでなく全員が納得していた。

 まあ、彼女らの話の通りである。


 そんな話をしている間に行列がここまで来た。

 生演奏の祭り囃子が加わってより大きく聞こえる。


 楽しげに踊る法被を着た国民たち。

 見ている側も音色に合わせて体を揺すっていた。

 今にも踊り出しそうな者までいる。

 皆、上機嫌なのは疑う余地もないだろう。


 自由行動になる前にこのイベントを持ってきたのは正解だったようだ。


読んでくれてありがとう。

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