903 真相の話とキャンプファイヤーの始まりと
「真相が分かったって、どういうこと?」
目を丸くして真っ先に聞いてきたのはリーシャである。
「少し話を聞いただけで分かってしまうとはニャー」
「これが名探偵の実力なの?」
「さすがは医者を助手にした名探偵」
ミーニャとルーシーとシェリーが悪のりで便乗してくる。
『どの作品から得た情報だ?』
あの名探偵は実写からアニメまで色々と映像化されているからな。
犬顔のアニメのやつとかは喜びそうだけど。
「そんな訳ないに決まってるだろ。
勝手に推理したことが、たまたま想定通りだっただけだ」
「「なんだか嘘くさいのです」」
ハッピーとチーが疑いの眼差しを送ってくる。
「そんなこと言われてもなぁ。
トモさんが、らしくないことをしたと思ったから事故じゃないかと思っただけだし」
「「「「「事故ぉ!?」」」」」
その場にいた全員が素っ頓狂な声を出していた。
もちろん俺とトモさんは除く。
「事故とはどういうことなのでしょうか?」
マリアが聞いてきた。
「トモさんが香辛料を間違えたってだけだよ」
「なるほどの」
ツバキが頷きながら苦笑していた。
「本来ならばもっと辛みの少ないものを使うつもりだったのだな」
「そういうことですか。
容器も中身の色もそっくりだから間違えて使ってしまったと」
アンネが補足する。
「となると、使う予定だったのはは数十倍レベルのものでしょうか」
顎に手を当ててベリーが推理する。
「鍋に投入して混ぜてしまえば辛口より少し辛い程度になると思われます」
「まあ、そういうことだろうな。
気付いたのは誰かが食べてからじゃないかな?」
トモさんに疑問を投げかけてみた。
「否定はしない」
短く返事があった。
あれこれ言わないのは言い訳になると考えているのだろう。
「どうして言わなかったんですか!?」
非難めいた口調でフェルトが問う。
「トモさんにとっては事故でも、皆には被害事件だからな」
この差は大きい。
「何を言っても言い訳になると考えたんだろう」
「じゃあ気付いた時点で止めれば良かったじゃないですか?」
「本人も混乱してたんだと思うよ」
自分でも超辛いカレーを食べきってたし。
『罰ゲームを自分に科しているかのようだったもんな』
実際、本人はそのつもりだったのだろう。
悶絶しながら食べるのを見てパニクってるんだというのは分かったさ。
綿本さんの物真似をしたのも混乱しているが故だったのだろう。
現実逃避とも言う。
本来なら何の解決にもならないことだ。
が、アレで少しは落ち着けたみたい。
事態の収拾にかける時間が短縮されたのは間違いない。
「そうだとしてもっ……」
もどかしげに表情を歪めながらもフェルトが言葉に詰まった。
普通のイタズラをしたつもりが惨事になった状況を把握できたのだろう。
トモさんの混乱ぶりも含めてね。
「まあ、イタズラだからこそ無責任に適当なことをしちゃいけないってことだ」
トモさんが神妙な面持ちで頷いた。
それを確認して皆の方へ振り返る。
「どういう罰を与えるかは、これを踏まえた上で相談して決めてくれる?」
皆に提案する形で問いかけた。
「えー、陛下が決めるんじゃないのニャ?」
ミーニャが不思議そうに聞いてきた。
「俺だと公平な処分ができないと思うぞ」
人によっては甘すぎると言われるだろう。
「それに被害を受けた皆から頼まれている訳でもないしなぁ」
俺に決めてくれと言ってくるなら話は変わってくるけどね。
「正座では終わらぬな。
結果的に食べ物を粗末に扱ったと考えられるしの」
ツバキが言った。
「でも、陛下が香辛料の成分を抜き出す方法を教えてくれたの」
「だから無駄にならなかったよぉ?」
ルーシーとシェリーが反論する。
「む? そうか……」
唸りながら考え込むツバキ。
「でも、被害が出ているしなぁ」
表情を渋くするリーシャ。
「「リーシャは被害者じゃないよ?」」
ハッピーとチーが指摘する。
確かにリーシャは超激辛カレーを食べる前に騒ぎを聞きつけたからな。
俺の真似をして辛みを抽出してから食べていた。
「あれ?」
「「あれ? じゃないよー」」
首を傾げたリーシャを見てハッピーとチーが笑う。
どうやらリーシャも混乱していたようだ。
「では、実際に被害を受けた皆さんに聞いて回って決めるのはどうですか」
マリアが提案する。
しばし待ったが、これに異議を唱える者はいなかった。
最終的にトモさんへの罰は帰ってからの奉仕活動になるのだが、それはまた別の話だ。
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「大っきいねー!」
女子組の誰かが言った。
キャンプファイヤーの炎を見ての感想である。
魔法で火をつけているので、まだ薪の炎は安定していないのだが。
実際に薪だけで燃えるようになったらということを想定した大きさにしてはいる。
「そりゃあ普通の焚き火とは意味合いが違うからね」
近くにいたパピシーの1人が苦笑しながら答えた。
「親睦を深めるためのシンボルなんだっけ?」
「よく知ってたね。
もしかして初めてじゃないとか?」
パピシーが目を丸くしながら疑問を口にした。
「違うよー」
女子冒険者の1人が苦笑する。
「さっき知ったばかりだよね」
そう言ったのは別の女子冒険者だ。
「ケットシーのお姉さんに教えてもらったの」
最終的にその隣にいた女子冒険者が答えていた。
「なるほど、そういうことか」
カラカラとパピシーが笑う。
それに釣られて周りの皆も笑っていた。
『仲良きことは良きことかな』
キャンプファイヤーが始まろうとしている最中での出来事。
俺は気付かぬうちに笑みを浮かべていた。
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「そろそろ炎も安定してきたようね」
マイカがそう言ってリオンの背中をポンと押した。
「うあっ」
奇妙な声を発してヨロヨロと前に進み出るリオン。
「えっと……」
司会を任されたようだが、どうにも挙動不審な感じである。
「リオンです。
よろしくお願いしますっ」
とりあえず自己紹介してペコリと頭を下げた。
「それでですね……
キャンプファイヤーを、その……始めたいと思うのですが」
アタフタしていて初々しい感じが全開である。
「最初に趣旨というか……
キャンプファイヤーの意義を、説明しますね……」
どうにも喋りがたどたどしくてもどかしい。
『大丈夫かなぁ』
どうにもハラハラする危なっかしさを感じてしまう。
「心配性ですね」
いつの間にか俺の隣に来ていたレオーネがクスクスと笑う。
「ううっ」
ばつが悪いというか何というか。
不安そうな表情を浮かべていたのを見られてしまったのは気恥ずかしい。
お陰で居心地が微妙なのは間違いないのだが。
だからといって逃げる訳にもいかない。
対するレオーネは余裕の表情だし。
「大丈夫ですよ」
言われてリオンの方を見るが──
「でふゅからキャンプファイヤーを友好にょシンボルとひて」
『あ、噛んだ』
というか噛みまくってる。
肝心な単語の部分では噛んでないけどさ。
つっかえずに喋ろうとしてこれなら変に意識しない方がマシかもしれない。
『綱渡りを見ている心境だな、これは』
「とても大丈夫には見えないんだが」
「あれくらいなら問題ありません」
「そうかぁ?」
「そうですよ」
どうにも認識に差があるように思えてならない。
「せめてレオーネが近くにいれば、もう少しマシになると思うんだが?」
ちょっとだけ非難めいた目を向けつつ問うた。
俺のそばにいる場合じゃないだろうと。
が、レオーネは平然と視線を受け流す。
「それではリオンのためになりません」
その一言でレオーネの意図は読み取れた。
「スパルタなことですな」
要するに姉に頼り切りにならぬよう鍛えようってことだ。
姉離れは2人とも俺の奥さんであるからして難しいけどな。
まあ、現場レベルでどうにか鍛えようってことだろうよ。
「そんなことありませんよ」
『嘘つけぇ』
そうは思ったが口にはしなかった。
言っても不毛な平行線の会話が続くだけである。
過保護な俺と妹を成長させようとする姉だからな。
どう考えても妥協点があるとは思えない。
「ふーん」
適当な返事で誤魔化しておいた。
曖昧にして終わらせるのは日本人の得意技である。
まあ、無理やり白黒つけようとしてもしょうがないしな。
自分の奥さんを不機嫌にしても損をするだけである。
「とにかくリオンなら大丈夫です」
レオーネは妙に自信たっぷりだ。
「そうであってほしいよ」
とてつもなく不安を感じるのでね。
俺としては誰よりも妹をよく知る姉の言葉を信じるほかない。
他に出来ることがあるとすれば、心の中で祈ることのみだ。
変に声を掛けたりしたら、どうなることやら。
たとえそれが応援や励ましの言葉でもリオンがテンパらない保証はない。
そんな訳で、つっかえるか噛むかしながら話し続けるリオンを見守り続けた。
その間じゅう俺の精神がガリガリと削られたのは言うまでもない。
「それでは皆で仲良く楽しみましょう!」
最後だけは噛まずに言えたようだ。
俺はホッと安堵した。
読んでくれてありがとう。