900 みんなで飯ごう炊さん・仕上げ編
「徐々に強火にしていくんだ」
火の方を見たままウィスが頷いた。
薪をくべて少しずつ火力を上げていく。
強火になったところで次の指示を出す。
「飯ごうから吹きこぼれてきても、そのままだ」
ウィスが初めて振り返った。
いいのかと問いたげな目をしている。
「吹きこぼれの勢いが収まり始めるのを待って弱火に落とすのがコツだ」
ウィスの目が少し見開かれた。
驚きつつも、コツと言われて納得がいったみたいだ。
「タイミングは俺が指示を出す」
コクコクと頷いてウィスは火の番に戻った。
やがて吹きこぼれが始まるがウィスは動かない。
俺の指示をちゃんと守っていた。
頃合いを見計らって──
「いいぞ、弱火にしよう」
指示を出すと初めてウィスは一塊にしていた薪を広げ始めた。
「後は音に集中だ。
煮沸音がしなくなったら火を消して蒸らしに入る」
蒸らしの間に飯ごうについた煤を落とすのもコツである。
だが、うちの飯ごうは魔道具だ。
そこは気にしなくていいようになっている。
煤も汚れも付着しないクリーン仕様で作られているのだよ。
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そして、あれやこれやの工程を経て米は炊きあがった。
『仕上がりはまあまあかな』
蓋は開けていないが、匂いで分かる。
少しの焦げを感じるものの黒く炭化するほどのものではない。
指示ありとは言えど、初めてとは思えない出来である。
だが、しかし肝心のカレーは仕上がっていない。
皆でウィスを見守る形になっていたから当然だ。
俺が指示を出し忘れていたとも言う。
本来なら飯炊きの途中でミーニャかハリーに作ってもらうつもりだったのだ。
この2人にも仕事をしてもらおうと思っていたからね。
え? どっちかがあぶれる?
それは配膳係になってもらえばいいだけの話だ。
「じゃあ続いてカレーだな」
このままカレーの調理に入る訳だが。
「飯ごうをそのままにするのですか?」
アスカミが聞いてきた。
このままでは、せっかく炊いた御飯が冷めてしまうと言いたいのだろう。
回避するには誰かが倉庫へ回収するしかない訳で。
それを誰に指示するかを決めようとしたら──
「飯ごうはミーニャが管理するニャ」
ガシッと両手で飯ごうを持って名乗りを上げた。
「あぶないっ」
普通なら絶対に火傷するであろう持ち方にウィスが思わず声を上げていた。
「心配いらないニャー」
ニパッと笑うミーニャさん。
ウィスが感じている危機的な状況に似合わない可愛らしい笑みだ。
「この程度なら魔法で熱を遮断するまでもないニャ」
余裕を持って自前の倉庫に飯ごうを回収してから両手を見せた。
「それはミーニャさんだからです」
アスカミが呆れたように嘆息しながら言った。
「普通はまだまだ火傷する熱さなんですよ」
「ニャハハハ~、忘れてたニャ」
頭をかきながらテヘペロするミーニャ。
それを見てガックリと肩を落とすアスカミ。
ウィスは呆然とした顔でそれを眺めていた。
無理からぬことだ。
ミーニャは火傷どころか熱がる様子も見せなかったからな。
アスカミにしたって、それを当然のように受け止めつつも注意するだけだし。
こういう状況を普通に受け止められるようになるにはもう少しかかりそうだ。
その頃にはウィスも同じことができるようになっていることだろう。
『そういや、ハリーが静かだな』
もともと寡黙なタイプではあるけどね。
それにしたって気配が希薄だ。
気になってハリーの方を見ると、ボーッとした様子で突っ立っている。
「ハリー?」
俺が声掛けすると、そこで目を覚ましたかのようにハッとした様子でこちらを見た。
「すみません。
何かありましたか?」
「いや、何もないから気になった。
単に突っ立っていた訳ではないんだろ」
いつものハリーなら、俺の前でここまで気の抜けた状態にはならないからな。
ならば何かしら理由があるということだ。
「はい……」
ハリーは照れくさそうに頭をかきながら返事をした。
見抜かれたことが恥ずかしかったらしい。
が、次の瞬間には神妙な表情になっていた。
「カレーを作っていました」
「……………」
言葉が出なかった。
そこまで気を遣っているとは思わなかったからだ。
『気が利くというか、本当に頭が下がるね』
普通は訳が分からないという目で見てしまう返答なのだが。
カレーを作っている鍋が見当たらないからな。
カレーの匂いもしてこないし。
それにハリーは気の抜けた様子で立っていただけだ。
だが、俺は少しも疑ってはいなかった。
ハリーは有言実行の男だからな。
「申し訳ありません。
許可なく勝手なことをしてしまいました」
「なに言ってんだ。
カレーの調理はハリーかミーニャに任せようと思っていたから丁度良かったんだ」
誰が悪いのかとなったら、指示を出し忘れていた俺しかいない。
「気にすることない」
俺は気にしなければいかんがな。
「むしろグッジョブだぞ」
もしくは、ナイスアシストだ。
「恐縮です」
言いながら縮こまるハリー。
まあ、尻尾はユラユラしているが。
反省しつつも褒められて嬉しい気持ちもあるといったところか。
『ハリーは反省しなくていいんだ』
しなきゃならんのは俺の方である。
「あの……」
戸惑い気味にアスカミが声を掛けてきた。
「どうした?」
そう言いながら【千両役者】を使って表情は変えずにいたが──
『まだ何かミスってたか!?』
内心では戦々恐々の状態であった。
「何処にもカレーが見当たりませんが?」
不思議そうにするのも無理はない。
人魚組のアスカミも国民になって日が浅いからな。
「心配はいらない。
ハリーは倉で作業していたんだ」
俺の言葉を受けてハリーは頷く。
古参組は亜空間倉庫を使いこなしているからな。
これくらいはできて当たり前なのだ。
ただし、倉での作業に集中すると傍目にはボンヤリしているようにしか見えない。
【並列思考】スキルを持っていると、そのあたりも解消できるのだが。
「倉というのは亜空間倉庫の、ですか?」
「そうだよ」
ハリーに目配せをすると湯気を上げる鍋が出てきた。
途端にスパイシーな香りがあたりに拡がっていく。
「さすがハリーだニャー」
諸手を挙げて喜びながらハリーを褒め称えるミーニャ。
ハリーの尻尾がブンブンと1往復した。
何も言わないし表情も変えないが、その心の内はバレバレである。
まるで子供のように思えて微笑ましくも和んでしまった。
「空間魔法は奥が深いのですね……」
やや呆気にとられながらも、そんなことを呟くアスカミ。
「興味があるなら帰ってから空間魔法の授業を受けてくれるか」
俺はそう声を掛けた。
臨海学校のカリキュラムには組み込まなかったからだ。
亜空間のイメージを掴むのは個人差が出やすいのでね。
皆まとめて底上げすることを目標とする今回の臨海学校にはそぐわない。
「はっ、はいっ、是非!」
アスカミは何故か直立して返答した。
それだけ感銘を受けたってことか。
やる気があるのは結構なことだと思う。
と、そこへ隣の班から抜け出してきたトモさんが顔を覗かせた。
こちらの仕上がり具合を偵察に来たみたい。
あちこちで完成しているように見受けられるし、気になるのだろう。
「やあ、ハルさんのところは仕上がったみたいだね」
「そっちも仕上がったかい?」
「もちろんだよ」
意味ありげに不敵な笑みを浮かべるトモさん。
「お?」
何事かと思ったら──
「良かったら、シェアしないかい?」
そんな提案をしてきた。
『半分こするってことか』
悪くないのではないだろうか。
ただし、これは俺個人の考えでしかない。
「俺は構わないけど……」
返事をしながら皆の方を振り返った。
「賛成ニャ!」
バンザイしながら同意するミーニャ。
全身で大歓迎と言いたげな気を発散していた。
「色んな味を楽しめるニャ」
そう言うと思ったさ。
「皆にも言ってくるニャー」
とか言い出してシュバッといなくなったのは予想外だったけど。
要するに子供組とか黒猫3兄弟あたりに声を掛けてこようというのだろう。
そうなると、うちと合わせて9班でシェアすることになりそうだ。
おそらく断られないだろうから減ったりはしないだろうし。
『そんなに分けられるか?』
1皿分だと9等分になってしまって味が分からなくなりそうだ。
それなりに味わうには、せめて4等分したくらいの分量は食べたい。
そうなると2皿から3皿分を食べることになりそうだ。
おかわり前提で作っているから足りなくなることは無さそうだけど。
これ以上、シェアする相手が増えるのは考え物である。
現状ならアスカミやウィスも食べきれるとは思うが、その先はどうなるやら。
久々に胃薬魔法ディジェストの出番もあるかもしれん。
「自分はどちらでも」
流され系な返事をするハリー。
空腹を満たせればいいという考えだな。
「えっと、御迷惑でなければ」
言いながらペコリと頭を下げるアスカミ。
そこにウィスが無言で便乗してきた。
一緒に頭を下げれば注目を浴びづらいと判断したっぽいな。
『ちゃっかりしてるよ』
読んでくれてありがとう。




