899 みんなで飯ごう炊さん・飯炊き編
どうすればアスカミを本当の意味で納得させられるか。
『それが問題だ』
とりあえず直球勝負するしかないだろう。
ダメなら、その時は別の手を考えよう。
「アスカミもウィスも飯ごうは初めてだろ」
2人分の頷きが返ってくる。
「だから手順を見てもらおうと思ってな。
それに皆で火を囲むのって、いいもんだぞ」
「それって効率が悪い気がするのですが……」
アスカミが困惑しながら問うてきた。
「効率じゃないニャ。
いいものだからいいんだニャ」
「自分もそう思います」
ミーニャやハリーが同意してくれた。
アスカミは戸惑っていたけどな。
「忘れるなよ」
「え?」
「これは訓練じゃないってことはルーリアも俺も言ったぞ」
「あ……」
アスカミが少し赤面した。
聞いたはずのことを指摘されたからな。
認識の甘さを恥じているのだろう。
とはいえ真面目な人間だからこそ甘くなったのだ。
「臨海学校が学びの場という考えは間違いじゃない」
この考えが根強いが故にな。
「だが、必要以上に四角四面に考えすぎてるな。
学びってのは遊びや日常生活の中でも常にあることなんだ」
真面目な表情で頷きを返すアスカミ。
『どれだけ、それを理解できているかな?』
そこが問題なんだが……
「真剣に取り組むのは大事だ。
が、楽しんでもいいんだぞ?」
俺がそう言うと、アスカミの表情が驚愕に彩られた。
『そんなに驚くことでもないんだがなぁ……』
思わず苦笑が漏れる。
まあ、本人にしてみれば俺が考えるより遥かにショックだったのだろう。
真面目な者であるほど陥りやすい罠だからな。
「まあ、他の班より食べるのが少し遅くなるだろうけど」
そう言って笑いかけると、アスカミもはにかむように笑みを浮かべた。
少しは理解してもらえたようだ。
そしてこれは思わぬ副次的効果もあった。
ウィスの反応である。
笑みこそ見られなかったが、身に纏った硬質な空気が少し和らいだ気がするのだ。
これを利用しない手はないだろう。
「それじゃあ飯炊きなんだが」
言いながらウィスを見た。
皆もウィスに視線を向けたがビクッと反応していた。
やはり慣れていない相手から注目を浴びると緊張するようだ。
『俺が見た瞬間は何ともなかったから良かったけど』
でなけりゃ凹んじゃうよ?
せっかく慣れてくれたのに逆戻りなんてさ。
「やり方は指示するから、やってみせてくれ」
無言無表情でウィスは頷いた。
「では、まずは米に水分を含ませる。
これを魔法でやってもらおう」
ウィスの目がわずかに見開かれた。
『驚いてる、驚いている』
内心でニンマリほくそ笑む俺。
まだまだ魔法に不慣れだと本人は思っているだろうからな。
その状態で魔法を使う仕事を割り振られるとは思っていなかっただろうし。
「心配しなくても俺たちがフォローする」
ウィスの顔が強張っていた。
知らない人間なら違いに気付けない無表情ぶりだが。
あれは相当ビビっている。
荒療治にしたつもりはないのだが……
『まだ、そこまで緊張するか』
俺も認識が甘かったようだ。
班員のフォローがあることを意識したからなのは言うまでもあるまい。
極度に人見知りなウィスにとってハードルは壁のように高いようだ。
『少しは馴染んでほしいんだがな』
とはいえ逆効果になっては意味がない。
軌道修正は必要だ。
「不慣れで心配なのは分かるが俺がいる」
俺、の部分を強調して言った。
ガラじゃないとは思うんだがね。
鳥肌ものである。
が、効果はあったようだ。
ウィスの表情から強張りが薄れていった。
少しは落ち着いたようだ。
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ウィスが桶の中で水につけられている米に魔法をかけている。
これで米に水を吸わせる時間を短縮する訳だ。
1班の班員が見守っているが動揺は見られない。
手元に意識が集中しているお陰だろう。
「そろそろいいぞ」
俺が声を掛けると、ようやくウィスの顔が上がった。
とたんに凍り付いてしまうウィス。
今頃になって班員たちから注目を浴びていたことに気付いたようだ。
ビタッとウィスの動きが止まってしまった。
わずかに表情が強張っている。
そのままで沈黙の間が続く。
『あー、こりゃいかん』
俺がフォローしようとしたところで──
「次は米を水から引き上げて飯ごうに入れるニャ」
ミーニャが先に声を掛けていた。
親切のつもりで言ったのは間違いないのだが。
ウィスがどう感じるかは微妙なところ。
「っ!」
小さくビクッと反応したウィスが動き始めた。
飯ごうに米を入れていく。
丁寧ではあるが動きがやや硬い。
どう見ても普段通りに動けているとは思えない。
それでも無表情だから傍目にはテンパっているとは感じないかもしれないが。
まあ、ミーニャやハリーは既に気付いているようだ。
『人選ミスったか?』
ウィスに実践させるよりは見学させた方が良かったかもしれん。
が、今更の方針変更は良くないだろう。
班長のぶれた言動は班員の動揺を呼び込む元である。
このまま続行してフォローするしかない。
『本当にダメなときは皆も納得してくれるさ』
ウィスのギブアップ宣言か班員の中止要請が鍵となるはず。
前者はまずないと思っていい。
ウィスは初志貫徹型の性格をしているからな。
3人娘に言わせると、かなりの頑固者らしい。
それで人見知りも激しいなどと普通は思わないだろう。
人は見かけによらないパターンだな。
典型例と見るか極端すぎると思うかは人によって異なるだろうが。
なんにせよウィスが音を上げることだけはないと俺は確信している。
後者なら待ちの体勢になるから楽だろう。
そんな風に思ってはいけない。
もう3人の班員たちもウィスの気難しい部分は把握していた。
これは問題があると感じてもハッキリと進言してきたりはしないはずだ。
もし、知らせてくるなら空気を読んでアイコンタクトしてくるだろう。
「始める……」
ウィスが喋った。
『自己紹介をして以来じゃないか?』
言うほど時間が経過している訳ではないが、物凄く久しぶりに思えてしまう。
まあ、そんなことで驚いている場合ではない。
ここからはウィスのフォローに全力投球だからな。
もちろん、そんな素振りは見せずにやるのが基本だ。
ウィスがおもむろに飯ごうに手を添える。
手付きがぎこちなくてハラハラする中で目を閉じた。
見守っている班員の姿が見えると集中できないからだろう。
ゆっくりと息を吐き出しながら魔力を流し始めた。
『うん、ゆっくりでいい』
慌てなくても魔力さえ流せば飯ごうが勝手に反応してくれるようにしてある。
そう、この飯ごうは魔道具なのだ。
米を入れて魔力を流すと水が湧き出してくる。
普通に注ぎ込んでもいいんだけどね。
ただ、こっちの水の方がミネラルの調整がされているので、美味しく炊けるのだ。
ウィスは目を閉じているが心配無用。
魔力を過剰に流しても米の体積と比して水は2割増しでピタリと止まってくれる。
魔力の無駄遣いに気を付けないといけないがね。
『お、ピッタリで止まったな』
ウィスが魔力の流れが変わったことに気付いて魔力の供給を止めたのだ。
魔力を流す前はどうなるかと些か心配ではあったけど。
今は落ち着いているように見える。
「じゃあ、次は竈に乗せて火をつけよう」
コクリとウィスが頷いた。
それを見て内心で少し安堵する。
竈に飯ごうを乗せるときの動作から、ぎこちなさが消えていたのだ。
手慣れた様子で薪をセットしていくウィス。
野営の経験は豊富なようだ。
『問題は火加減だけどな』
飯ごうで飯炊きをするとき、火加減は特に気を遣う必要がある。
これを間違えると酷いことになるからだ。
「まずは強めの中火だ」
ウィスが頷いた。
火魔法で点火して一気に中強火にする。
飯ごうをいきなり強火にさらすのは良くない。
水の蒸発が速過ぎて芯のある御飯が炊けてしまうのだ。
「しばらく、その火加減を維持だ」
返事も頷きもないが、火魔法は維持されている。
『ちゃんと聞こえているな』
薪の燃え具合を確認する。
まだ燃え始めたばかりで火力は安定していない。
ここが魔法の修行ポイントになる。
薪の燃え方を注視しつつ火魔法を調整して中強火を維持させれば制御力を鍛えられる。
火魔法の威力をずっと一定にすると薪の火と合わさって強火になってしまうからな。
まだ、そのタイミングではない。
ウィスは火加減を維持する支持を守るために火魔法を調節していた。
やや反応が遅れるものの許容範囲内である。
そうこうするうちに薪の燃え具合が安定してきた。
ウィスも火魔法はほとんど使っていない。
「火魔法はもういいぞ」
そう言うとウィスは火魔法をカットした。
本当はずっと火魔法を使う方が制御の練習になるのだが、今のウィスには無理だ。
米に水を吸わせる時から、ほぼ休憩なしで魔力を消費し続けていたのが大きい。
魔法を使い続ければ途中で魔力がスッカラカンになるだろう。
故に火加減は薪のくべ方で調整する。
『今から炊きあがりが楽しみだ』
読んでくれてありがとう。