893 賞がある
ウォークラリーの成績発表が行われようとしていた。
開始前とはまるで雰囲気が違う。
ひとことで言うなら緊張感がない感じ。
適当にばらけて座り込んでいるし。
雑談も聞こえてくる。
一応は疲労回復ポーションを配布しておいたから疲れ切った感じではない。
まあ、遊び終わった後までシャキッとしろとは言わないさ。
「総合順位は最後に発表だからねっ!」
相変わらずマイカが仕切っている。
「まずは特別賞から発表するわよ」
『へえ、そんなのあるんだ』
詳細については俺もタッチしていないので初耳である。
なんにせよ色々と工夫しているようだ。
ウォークラリー中の課題に限った話ではないことがうかがえる。
「まずは、面倒見が良かったで賞」
マイカが言った途端に──
「ぶほっ」
トモさんが吹き出した。
「何だい、そりゃ?」
何故か俺に聞いてくる。
「俺に聞かれてもなぁ。
今回はオブザーバーだから深入りしなかったし」
「見ていれば分かるんじゃないですか」
フェルトの提案により俺たちの視線は司会のマイカの方へと戻された。
その時に周囲の様子が視界に入ってきたが……
「皆、困惑気味だな」
ザワザワと言葉を交わし合っている。
「はいはーい、静かに!
ちゃんと説明するから静かにしてー」
その呼びかけがあって、ようやく静まっていった。
「これは急遽、用意した賞よ」
『だろうなぁ』
ネーミングセンスからして即席感が否めない訳で。
ぶっちゃけ、ダサいと言わざるを得ない。
え? お前が言うな?
いや、ごもっとも。
俺の内心が伝わったのか、マイカがこちらをチラ見してきた。
表情は変えていなかったが──
[なによ、文句ある?]
顔にはそう書いているように見えたさ。
文句はない。
俺は、ね。
問題は賞を受ける面子がどう思うかだ。
「この賞は困窮している他のチームのフォローをしてくれたチームに送られます」
「「「「「おおーっ!」」」」」
マイカの説明を受けて皆が感心したように歓声を上げた。
「最初はスタートダッシュで疲労困憊だったチームに手を差し伸べ」
マイカが詳細を説明していく。
それを聞いただけで、どのチームか分かってしまった。
俺だけでなくトモさんやフェルトが微笑ましいものを見る目で視線を向けている。
生憎と、当人たちは気付いていなかったが。
自分たちには関係ないとばかりにリラックスしてマイカの言葉を聞いている。
「次に喉が渇いたことで嘔吐いていた他チームのメンバーにお茶を飲ませて介抱し」
『そんなこともしてたのか』
スクリーンで観戦していたけど気付かなかった。
おそらくは俺たちが他のチームの課題挑戦に注目している最中のことなんだろう。
自動人形の映像ログを解析すれば判明するはずなので、ここで調べたりはしない。
なんにせよ、らしいと言えばらしい行いだ。
賞が贈られることにも納得である。
「そして道に迷いそうになっていたチームを助けました」
『あー、それは見た見た』
中サイズのスクリーンに映っていたのを横目で見た程度だけど。
コマ図の見る順番を途中で間違えていたチームがいたのだ。
結果としてコース図を見ても訳の分からない状態になってしまっていた。
そこへ偶然に通りがかって見間違いを指摘し事なきを得た訳だ。
何故か講師陣が現場に急行するよりも先に接触していたのが凄い。
2例目は不明だけど、そうでなければ介抱などできないだろう。
講師陣に先へ行くことを促されるはずだからな。
「そんな心優しい彼女たちに拍手を!」
マイカがそう呼びかけると拍手が湧き起こった。
最初はそう激しいものでもなかったが、徐々にボルテージが上がっていく。
俺たちも拍手していた。
そして当人たちも。
ほとんど他人事である。
『暖気というか何というか……
天然ボケもいいところだよ』
思わず苦笑が漏れた。
まあ、微笑ましくはある。
「どうして本人たちが拍手してるんでしょう?」
フェルトが首を傾げた。
こちらも天然ボケである。
天然ボケって連鎖するのだろうか。
単なる偶然だとは思うけどね。
「そりゃあ自分たちだと気付いていないからじゃないかな」
トモさんが疑問に答える。
「ええーっ!?」
驚きのあまり大きな声を出してしまうフェルト。
まさか、それは無いと思っていたようだ。
幸いにして拍手にかき消されているので、俺たち3人以外には気付かれていない。
この状況で皆の視線を集めたらフェルトは逃げ出してしまうだろう。
「さあ、前に来てもらうわよ。
カモーン! 妖精の羽の諸君!!」
呼ばれても反応がなかった。
そりゃ、そうだ。
当人たちは自分たちのことだとは思っていないんだから。
ちなみに、妖精の羽とは子供組が冒険者パーティとして活動するときのパーティ名だ。
ここにリーダーとしてカーラが加わるんだけどな。
今回、カーラは臨時講師なのでメンバーではない。
故に厳密には妖精の羽マイナス1と言うべきチームである。
登録する時に面倒だから普段使っているパーティ名をチーム名にしただけだろう。
やがて拍手が小さくなっていき、皆の視線が子供組に集まる。
「えー?」
シェリーが首を捻るようにして傾げている。
「妖精の羽って言ったかニャ?」
ミーニャが耳をしきりに動かしながらルーシーに聞いている。
「聞き間違いじゃなかったの」
頷きながらルーシーが答える。
「「嘘じゃないんだー」」
ハッピーとチーが他人事のようなノンビリした様子で、そんなことを言っていた。
でも、立たない。
まだ呼ばれていることを実感していないのだろう。
暖気なものである。
「何でもいいから、こっちに来なさいって」
苦笑しながら子供組に呼びかけるマイカ。
「「「「「マイカちゃーん、何するのぉ?」」」」」
そんなことを聞きながらも素直に前へと出てくる子供組。
妖精モードなので幼女っぽい感じはやや薄い。
それでも無邪気さが感じられるからか、皆が笑顔になっていく。
『いいねー……
癒やしの時間だわー』
ホッコリした空気が周囲を支配していた。
「はいっ、面倒見が良かったで賞のトロフィーよ」
マイカが自前の倉庫からトロフィーを人数分だけ取りだした。
チームでひとつにしなかったのは子供組への配慮だろうか。
即席で作ったにしては出来は悪くない。
デザイン的には大人しめだろうか。
シャンパングラスの形を模したようなシンプルなものだ。
ただし、細長いカップの表面に凹凸で花が彫刻されている。
それを順番に渡していく。
最初に受け取ったのはミーニャであった。
「フニャーッ、凄いのニャー!」
貰うなり飛び跳ねて喜んでいる。
「花がいっぱいなのー」
次に受け取ったルーシーがクルクル回って嬉しさを表現していた。
後に続く面々も同じようなものだ。
シェリーもハッピーもチーもピョンピョン飛び跳ねて喜んでいた。
こういうのを見ると、子供だなぁと思ってしまう。
「はい、もう一度拍手ぅー」
マイカの号令の元、再び拍手が巻き起こった。
「ありがとニャー」
「ありがとなのー」
「「「ありがとー」」」
子供組の一同が頭上にトロフィーを掲げつつペコリとお辞儀した。
これ以上ないくらい可愛い仕草だ。
これを狙ってやっているなら実にあざといと思う。
が、彼女たちに限ってそれはない。
だからこそ、場全体がフワッとした空気に包まれたような感じになるのだ。
『癒やされるぅー』
拍手が終わっても、ホンワカした雰囲気は残っていた。
「はい、ありがとう。
次の発表をするから戻ってね」
ミズキが促さなかったら、しばらくそのままだっただろう。
「ねー、これ何のお花なのぉ?」
ルーシーが最後に残って聞いていた。
「ベゴニアよ」
「ありがとなの」
ペコリとお辞儀してルーシーも戻っていった。
「ベゴニアだってさ。
変わった花を彫刻したんだね」
トモさんが少し首を傾げている。
そこに意味を見出せなかったのだろう。
「たぶん花言葉で選ばれたんだと思いますよ」
フェルトは知っていたようだ。
「へー、こっちの世界にも花言葉ってあるんだ」
トモさんの反応にフェルトが苦笑する。
「いえ、西方の文化はあまり知らないですから。
私には向こうに花言葉があるかどうかすら分かりません」
「そうだったね」
「ですから私の思う花言葉はセールマールの世界のものですよ」
学校の授業でやったこともあるから、そこで習ったことを覚えていたようだ。
「これは早とちりだったかな。
で、どういう花言葉なんだい?」
「ベゴニアの花言葉は、親切だそうですよ」
他にも[片思い・愛の告白・幸せな日々]があるようだ。
フェルトがそれを言わなかったのは、賞との関連性が薄いと思ったからだろう。
が、目くじらを立てて指摘するものでもあるまい。
遊びの中でやっていることだしな。
「なるほどねー。
分かれば納得のチョイスだった訳だ」
トモさんは頷いていたが、花言葉に詳しい者ならそうではなかったかもしれない。
思いやり、という花言葉が選択されていればチューリップが使われていただろう。
選ばれなかった理由があるのかないのか不明である。
まあ、子供組は気にしていないようなので追及するのは無意味か。
読んでくれてありがとう。