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883 ウォークラリー始まる

「よく学び、よく遊べ!

 これが臨海学校の趣旨よ」


 生徒を整列させてマイカが喋っている。


「午後からは遊べの方だからね。

 でも、甘くはないわよ。

 午前がキツかったからと言って休憩気分で臨まないように」


 教師気分に浸っているからかノリノリだ。


「あーいうのは開校の挨拶の時に言うもんだろ」


 後半部分に関しては分からなくもないんだけど。


「午後のレクリエーションを始めようかって時に趣旨を言うのは遅いって」


 離れた場所で見物している俺はレスポンスが返ってこないであろうツッコミを入れる。

 まあ、単なる独り言だ。

 反応を期待した訳ではない。

 が、トモさんがそこに入ってきた。


「まあまあ、ノリだよノリ」


 マイカと揉めた訳でもないのに仲裁するような口振りだ。


「空気感って大事じゃないか」


 トモさんにそう言われると真っ向から否定ができなくなる。


「いいけどね」


 普段は引っかき回す方になりがちだが、ちゃんと周りは見ているんだよな。

 状況に応じて調整役になったりもするし。


「自分の奥さんだからツッコミ入れてるだけだよ」


「ほほう、惚気ですかな」


 ニヤリと笑うトモさんである。


「そうかもね。

 目一杯ダメ出ししてるけどさ」


「これがホントの夫婦漫才」


 なんちゃって感あふれる台詞回しで言ってきた。

 ボケる気満々である。


『ならば付き合おうじゃないか』


「なんでやねんっ」


 たった一言だが、これが意外と難しい。

 関西弁ってイントネーションがおかしくなりやすいからね。


 まあ、他の方言もそういう部分はあるんだろうけど。

 部外者が聞くと関西弁は特に目立つ。

 関西の人が標準語を喋るときと同じくらいじゃなかろうか。


 俺も関西弁は久々だったが大丈夫だった。

 実はその気になれば普通に話せるのだ。


「おおっ、見事な関西弁ツッコミ。

 どうしたんだ、ハルさん。

 イントネーションに違和感がないじゃないか」


 トモさんが驚いている。


「祖母が関西の出身だったのさ」


「そっかー」


 妙に感心しているトモさんであった。

 そのせいかボケ倒すことを忘れてしまったようだ。

 これで静かになるかと思ったが……


「ハルトさん」


 エリスがマリアとクリスを伴ってやって来た。


「どうしたんだ?」


 問題が発生したようには見えない。

 ウォークラリーの準備は滞りなく終わったと報告も受けているし。


「いえ、何かあった訳ではありませんよ」


 苦笑しながら先回りしてきた。


「提案と言いますか、お願いがあるのですが」


『お願いね』


 よく分からないけど、変なことではないだろう。


「いいよ」


「早っ」


 トモさんがツッコミを入れてきた。

 あれからすぐに復帰してきたようだ。


「奥さんたちのお願いだし」


「ここでも惚気が。

 このリア充めっ!」


「それはトモさんもだろう。

 話が進まないからボケるのはここまでね」


「分かった」


 頷いたトモさんが静かになった。


「ええっと、よろしいですか?」


 無表情になったトモさんの方を見て遠慮気味にマリアが声を掛けてくる。


「ああ、構わないよ」


 俺がそう言うと──


「では、こちらを」


 マリアがくの字型の黒い塊を差し出してきた。

 その流れで受け取ってみたが、ズシッとした重みがある。


 それは拳銃だった。

 ただし、銃口が存在しない。

 俺のガンセイバーみたいにしているなら銃口も関係ないけど。


 そういう術式は存在しない。

 簡単な火属性と風属性の術式が刻まれているだけだ。

 詳細を読み取って納得がいった。


「スターターピストルか」


 運動会なんかでお馴染みのやつだ。

 徒競走なんかでスタートの時に火薬を使って合図する道具である。


「はい」


 マリアが頷きも加えて肯定した。

 すぐにそれと気付かなかったのは見た目が拳銃だったからだ。

 ここでモデルガンとか映画なんかの小道具で使われるプロップガンにミスリードされた。

 銃口がないから最終的には却下されたけど。


 スターターピストルの造形が拳銃に寄りすぎているのはどうかと思う。

 まあ、こちらの世界に拳銃は存在しないから気にしすぎかもしれないが。


「最初のチームがスタートするときにこれで合図してほしいのです」


 そしてクリスが依頼内容を告げてくる。


『最初は景気よくってことか』


 悪くないアイデアだ。

 等間隔で出発するチームごとに使うとうるさくて仕方がないけどな。


「分かった。

 じゃあ、スタート地点に行こうか」


「本当にいいんですか?」


 意外そうにクリスが聞いてくる。


「ん? 断る理由は何もないけど?」


「えっ、でも……お休みなんですよね」


 クリスだけでなくマリアも目を丸くして驚いている。


「あれ? そんなこと言ったっけ?」


 記憶している限りでは、覚えはないのだが。

 場合によっては音声ログを確認しなきゃダメかもしれない。


「いいえ、ハルトさんは休みとは言ってませんよ」


 エリスが答えてくれた。


「今回は前に出て仕事をしないとは聞きましたが」


 そこまで言ってくれたことで何と言ったのか思い出した。


「あー、確かにそう言ったね。

 オブザーバー的な立場だって言いたかったんだけど」


「そうだったのですか!?」


 しっかり者のマリアに誤解されていた。


「私達が勝手に休みだと思い込んでいたのですね」


 クリスも同様である。

 この調子だと他の奥さんたちも同じ誤解をしているっぽい。

 エリスのような例外が果たして何人いるやら。


『意思疎通って難しいな』



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 臨時講師たちが作った出発ゲートの脇に立つ。

 反対側にはドラム缶サイズの砂時計が設置されていた。


 魔道具化されており、スターターピストルと連動して動作するようだ。

 引き金を引くと同時に透明な部分が中心を軸に回転する。

 後はセットした時間が来ると自動で回転するようになっている。

 砂の落ちる速さはセットした時間ごとに変わるので、最後まで落ちきるんだけど。


『これ、砂時計の意味あるのか?』


 デジタルのカウントダウンタイマーの方が分かり易いと思うんだが。

 それを言ってしまうと風情がないとか言われるんだろうけどね。


 さて、スタートラインに立つのは女子組のチームだ。

 レベルが低い者たちから順にスタートするので、この後も女子組が続く。

 女子組の最後に風と踊るの面々がいた。

 その後ろは婆孫コンビの2人である。


 チーム構成は生徒たちの自主性に任せているので人数はバラバラである。

 2人だけってのはベルとナタリーのコンビだけだがね。

 ソロはいない。

 うちの国民にぼっちはいないのだよ。


「時間じゃぞ」


 俺に開始を促してきたのはシヅカだ。

 午前中はウォークラリーのセッティングに回っていたらしく姿を見なかった。


「位置について」


 いきなりスターターピストルを使って号砲を鳴らす訳にはいかない。

 心構えもできていない状況で大きな音を出すとビックリするからな。


 俺の声を境にしてざわめきが消えた。

 弛緩した空気も一気に緊張したものへと変化する。

 その瞬間を待って引き金にかけた人差し指を引き絞った。


「パァ───ンッ!!」


 乾いた爆発音が周囲に轟く。

 砂時計が回転し、砂が落ち始めた。

 同時に先頭のチームがスタートする。


 スタートダッシュで飛び出していった。

 スターターピストルがそうさせているように錯覚してしまいそうだ。

 もちろん、そんな指示は出していない。


 動画もろくに見ていない女子組がスターターピストルなど知る由もないし。

 大きな音がしたらスタートするように説明しただけだ。


『ペース配分とか分かってんのかね』


 時間が3分にセットされているせいで焦っているのかもしれない。

 日本で行われているウォークラリーには厳格なルールがないので待ち時間は適当だ。

 3分間は先行する側には短く感じるのだろう。


 だが、待つ側にとっては長いらしい。

 次のチームからは焦りが色濃く感じられた。

 そのせいかレクリエーションとは思えないような緊張の面持ちをしている。


「遊びなんだから、そんなにガチガチにならなくてもいいんだぞ」


 スタート地点にそのまま残った俺は次のチームに声を掛けた。


「「「「「……………」」」」」


 声を掛けても返事がない。

 それどころか砂時計を食い入るように見つめたままだ。


「凄い集中力だね」


 いつの間にかスタート地点に来ていたトモさんが声を掛けてきた。


「まったくだ。

 このままスタートするのも忘れそうなくらい周りが見えてないよ」


「ハハハ、さすがにそれは無いんじゃないかい?

 あれだけ砂時計を凝視しているんだからさ」


「だと、いいんだけど」


 そんなことを話していると、じきに3分は過ぎた。

 砂時計の透明な部分が中心を軸にしてクルリと回転した。


「次のチーム、スタートだ」


 シヅカが指示すると待ちかねたようにダッシュで次のチームが出発した。

 それだけの分別はあるらしい。


「大丈夫そうだね」


 トモさんはそう言うが……


「スタートダッシュする時点でどうかと思うよ」


 臨時講師たちが目を光らせているのでコースアウトの心配はないと思うのだが。

 全体の距離を考えると新人である女子組が最後まで全力疾走するのは無理だ。


「ハハハ、確かに途中でヘロヘロになってそうだね」


「その程度で済めばいいんだけど」


 無理をして怪我をしないかだけが心配である。


読んでくれてありがとう。

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