870 人としての尊厳を捨てるということ
倒れ伏していくチンピラども。
「あーらら、斬っちゃったかー」
全員が深手を負っている。
今すぐ止血をしても助かるかどうかは微妙なライン。
金ピカの実力は本物だ。
フィズでは手に負えなかったチンピラどもに回避動作すらさせなかったのだから。
ちなみにチンピラの救命措置などするつもりはない。
これが地元冒険者であったなら治癒魔法を使ったがね。
この連中はそれをする価値のない重犯罪者だからな。
仲間に斬り殺されても何とも思わない。
いや、血飛沫が汚いなとは思った。
密かに理力魔法で血が飛び散る方向を変えたのは言うまでもない。
金ピカがゆっくりとこちらを見た。
血走った目が完全に別世界に行っちゃってる感じだ。
剣からしたたり落ちる血が金ピカの狂気を更に演出する。
誰の目にも殺人鬼として映ったことだろう。
「ヒャ──────ヒャヒャヒャッ!」
己の狂気を誇示するかのように金ピカが叫んだ。
一般人なら腰を抜かしたとしてもおかしくないほど狂気に彩られていた。
「「「「「うわああぁぁぁっ!」」」」」
途端に冒険者たちが壁際まで退避した。
とっさに動けるあたりは冒険者をやっているだけはある。
だが、ちょっと退避しただけというのはどうだろうか。
金ピカを甘く見すぎである。
コイツはこう見えてギリギリ3桁レベルなのだ。
その上、仲間だったチンピラどもより強いことも目の前で証明したばかりだというのに。
『見極めが甘すぎるぞ』
それとも俺との対決を見たがっているのか。
無いとは言えない。
が、相手の実力を満足に見極められないのにそれとは呆れてしまうばかりだ。
もしも俺が金ピカより弱かったらどうするつもりなんだ。
結果を見届けてから逃げる?
それでは明らかに遅い。
奴はチンピラたちを瞬く間に斬り伏せた。
冒険者たちは金ピカが一瞬で距離を詰められることを完全に失念している。
それを承知で残るということは俺が信頼されているということか。
風と踊るの面々なら、まだ分かる。
ダンジョンに閉じ込められたときに俺たちの実力を見ているからな。
が、地元の冒険者たちにはそこまでのものを見せていない。
ルーリアと訓練場でやり合ったときに片鱗は見せたという程度だ。
『それを過信しているのか?』
あの勝負から俺の実力を推測できるような奴はいなかった。
ゴードンは桁が違うことを見抜いたとは思うが。
あの爺さんはそれをベラベラと喋るようなタイプではない。
だいたい、今ここにいないしな。
中間管理職的なオッサンもいない。
たしかハンスとか言ったか。
まあ、あのオッサンがいても意味はなかっただろう。
金ピカ相手ではゴードンでも抑えきれないだろうからな。
冒険者たちがそれを認識できているとは思えない。
おそらく逃げるように言ったとしても動かないだろう。
怖いもの見たさが勝っているような雰囲気を感じる。
それと金ピカの末路を見届けたいという願望も。
さすがに賭け事を始めたりする気配はないが。
いずれにしても危機感がなさ過ぎである。
思わず説教したくなってしまった。
まあ、それを許してくれる金ピカではないだろう。
奴はフーフーと息を荒げている。
興奮して我を忘れるほど怒気を露わにしていた。
髪の毛が逆立っている様は喧嘩状態の猫のようだ。
あの狂気に満ちた絶叫は、そんな生易しいものではなかったがね。
「よう、仲間を殺した気分はどうだ?」
この発言に意味はない。
単に奴の注意を引くためにしたことだ。
金ピカが獲物を求めるかのように首を巡らせ始めたのでな。
せっかく挑発して俺をタゲらせたというのにキャンセルされたのがショックだ。
『コイツの頭の出来は動物並みか?』
どう考えても俺の存在が頭から抜け落ちていたからな。
プッツンしただけで、そうなるものなのだろうか。
いや、それはあるまい。
金ピカが普通でなくなっているのだ。
現に──
「キシャーッ!」
もはや魔物としか思えない声を発して斬り掛かってきた。
まずは袈裟切り。
踏み込んで半身で躱す。
返しで斜め上に薙ぎ払い。
斜め後方に下がりながら上体を反らした。
剣の切っ先が鼻先をかすめるように通り過ぎていく。
ここまでの攻撃が、ほんの一瞬で行われている。
チンピラどもを斬り伏せたときよりも速い。
ギルド内にいる面々で太刀筋を見切れている者はいないだろう。
この次の攻防に入った段階で攻撃が始まったことに気付けるかどうか。
一般的な冒険者たちからすると、それだけ素早く隙のない攻撃なのだ。
そして回避で伸びきった上体を狙って突きが来る。
だが、この程度で動けなくなるほど余裕のない回避をした覚えはない。
『それに単発じゃあな……』
金ピカの踏み込んだ脚の膝を爪先で内側から外へとちょいと軽く払う。
これだけで奴の軸がぶれた。
転倒するほど強くはしていない。
それでも奴の突きは回避するまでもなく俺の脇を抜けていく。
次に俺は金ピカの膝に乗せたままの足で軽く飛び退る。
奴も押し退けられ、数歩ばかり後ずさる格好となった。
「ウキーッ!」
癇癪を起こして剣をブンブンと振る金ピカ。
間合いから離れているために躱すまでもない。
『チンパンジーかよっ』
独特の鳴き声に、つい内心でツッコミを入れてしまった。
同時に──
「「「「「うおぉっ!」」」」」
金ピカと睨み合いになったことで外野が盛り上がる。
「今の何だったんだ?」
「速過ぎて分かんねえよっ」
「最後の突きだって引いたから、それと分かったようなもんだ」
「賢者様が流れるように動いていたぞ。
アレって回避してたってことだよな」
「それ以外に何があるってんだ」
「見えない攻撃を見切ってたのか!?」
別に見えてない訳じゃないんだが。
むしろ俺からすると遅いくらいである。
「お前と一緒にすんなっての」
「そうそう、賢者様はひと味違うぜ」
「賢者様には見えてるんだよ」
「マジかぁ……」
「やっぱ違えよな、銀髪の賢者様は」
「まったくだ」
「やれー、銀髪の賢者様ぁ」
「負けるなー、銀髪の賢者様ぁ」
その二つ名はここにまで広まっているようだ。
いや、発信源はこっちだと思った方がいい。
もしくはゲールウエザーの王都の方か。
なんにせよ俺を応援する声が外野陣から集まるようになった。
ありがたいことなんだが、できれば恥ずかしい二つ名で呼ぶのは勘弁してほしい。
そして俺とは逆に憎々しげな表情を浮かべているのが金ピカ。
ゼハーゼハーと怒りのままに息を荒げて肩を上下させている。
コイツは人間らしさを失ってなお、自分が1番でないと気が済まないようだ。
「キ────────ッ!」
無茶苦茶に剣が振るわれ始めた。
型もセオリーもお構いなしだ。
が、それでも破綻はしない。
「「「「「おおーっ!」」」」」
金ピカの攻撃が凄みを増したことに冒険者たちが驚きを露わにしていた。
「剣が幾つもっ!?」
「どうなってんだよっ」
「分かるかよっ!」
「無茶苦茶だ!」
「腕が増えたのかっ!?」
「そんなバカなっ!」
大騒ぎである。
『腕は増えたりしていないさ。
残像によってそう見えるだけだ』
躱しながらツッコミを入れてみた。
内心でだけど。
彼らに説明しているとタゲが外れてしまう恐れがあるからな。
とにかく最小限の動きで回避を続ける。
向こうの攻撃は突きが主体になっていた。
そのため手で払い除けることが多くなっている。
ほとんど立ち位置を変えなくて済むからな。
金ピカが本能のままに動いているお陰で読みやすい単調な攻撃になっていた。
「どんなに武器の力で速さを上乗せしてもな。
人間でなくなってしまった貴様には勝ち目などあるはずがない」
金ピカが俺の言葉に苛立った様子を見せた。
「ギィ─────ッ!」
鳴き声を上げながら突きの速さを上げてきた。
「返事くらい人間の言葉でしろよ」
「シャーッ!」
うるさいと言いたいらしい。
本当にそうなのかは知らん。
更に鋭い突きが眉間目掛けて飛んで来たから、たぶんそうだ。
前に踏み込んで躱しながら反撃。
剣を握った手の甲を横から殴りつける。
グシャッという手応えをハッキリと感じた。
「ギョワ─────ッ!」
剣を取り落とし飛び退る金ピカ。
「ギィギィーッ!」
腰を落とし背を丸め歯をむき出して威嚇してくる。
床に落ちた剣の方は粉々に砕け散った。
払い除ける間に解呪を進めていた結果だ。
そう、コイツの装備品は何から何まで呪いのアイテムだ。
外野陣もざわつき始めている。
「おい、アイツ変じゃねえか?」
「だよなー。
皺が出てきた」
「つーか、一気にオッサンになったぞ」
冒険者たちの言うように、若者だったはずの金ピカが一気に中年の姿になっていた。
「やべえ……
あの剣、呪われてたんじゃねえかよ」
「マジかっ!?」
「案外、そうかもな。
剣が粉々になったのと関係あるんじゃないか?」
「うおー、シャレになってねー」
正気を失った時点でシャレじゃなくなってるがね。
もはや、コイツは人の皮を被った魔物も同然だ。
読んでくれてありがとう。




