846 居場所を失ったらしい
ビルのオッサン顔の話が有耶無耶になってしまっているので軌道修正することにした。
「それより、これで自分の面を確かめろ」
懐から出す振りをしながら、たったいま倉で仕上げた手鏡を渡した。
「ん? 確かめるだって?」
怪訝な表情で手鏡を受け取ったビル。
手にしたものが何であるかを認識するまで数秒を要した。
そしてビキリと固まる。
「んんっ!?」
目尻が避けるんじゃないかというくらいの勢いで目が見開かれていた。
「あー、そっか……」
『そういやガラスも碌なのが存在しないんだっけ』
この手鏡はガラスを使っていないんだが。
落として割れたりなんてのは面倒なのでな。
魔物樹脂を使っているので軽くて丈夫だ。
細かな傷がつきやすいが、そこは自動再生の術式を刻み込んである。
もちろん術式を読み取られることがないようにしているのは言うまでもない。
「おーい、しっかりしろー」
ビルの目の前で手を振ってみた。
これでダメなら少しばかり手荒な方法を使うことも視野に入れなければならない。
幸いにしてビルはすぐにハッと気付いた。
「おいおい、こんなスゲーもん何処で手に入れたんだよ」
やや興奮気味に聞いてくる。
ただしボリュームは上がっていない。
まだまだ周囲に注目されているからな。
『目配りが習慣化しているのか』
年齢的には若いがベテラン並みの経験を積んでいる証拠だろう。
もしかすると思わぬ収穫になるかもしれない。
まあ、節操なしにスカウトするのもどうかとは思うがな。
少なくともビルの周辺や事情を確認してからの方がいいだろう。
「手に入れたというか、自分で作ったんだが」
「マジかー!?」
声は大きくないのだが、動きは大きい。
何故かガッツポーズをしている。
驚きを体全体で表現しているつもりだろうか。
「賢者ってのは何でもできるんだなー」
変な感心のされ方をしてしまった。
表情がコロコロ変わる。
ボディランゲージの方もな。
正直、そばにいる俺が恥ずかしくなるくらい忙しない。
「それはどうでもいいから」
肩に手を置いて強制的に止めた。
まあ、力を込めるまでもなく止まってくれたので助かった。
「どうでもいいのかよ」
「ちゃんと鏡を確認しろよな」
「へいへい」
適当な返事をしながら手鏡に自分の顔を映し始めるビル。
「ふーむ」
顔を横に向けたり正面から睨みつけるようにして見たり。
「うーん」
腕を伸ばしたり縮めたりもしていた。
「うむむむむむ」
挙げ句の果ては1人睨めっこを始める始末。
「もう少し静かに見られないのか?」
俺の指摘にビルが我に返った。
「あれっ? 何か言ってたか、俺?」
『無意識だったのかよ』
独り言の多いタイプとみた。
買い物の付き添いを頼まれても一緒には行きたくないタイプだ。
「あれこれと唸り声を上げてたぞ」
「うえっ!?」
妙に驚いている。
「何だよ、自分の癖くらいは把握してるだろ?」
「してなかったんだよ、つい最近までな」
ショボーンと肩を落とすビル。
何か訳ありって感じの雰囲気だ。
「そのせいで王都のギルドではパーティが組めなくなったんだ」
「何だ、ハブられたのか」
決してからかうつもりはなかったのだが……
「そうだよ」
ビルがいじけてしまった。
「もともと俺は特定のパーティに属さずやって来たんだ」
「助っ人専門か」
「ああ、そうだ。
野良パーティを組むこともあったが、そっちがメインだな」
『若いのにベテランくさい訳だ』
人を見る目を養っていないと、酷い目にあうからな。
報酬の分配で揉めるくらいならマシな方である。
ダンジョンで成果を上げた帰りに背後からブスリとやられるケースだってあるのだ。
そうそうあることじゃないが、故に見極めが難しいとも言える。
あるいは助っ人を頼まれるだけの力量も必要だ。
自分から売り込んでも実力不足では断られるのだし。
実力はあっても相手の求めることができなくては意味がない。
ビルは魔法が使えないだろうから、戦士系のオールラウンダーなのだろう。
盾職は体格からすると厳しいものがあるかもしれないが。
それでもある程度はこなせるのだろう。
少し小さめのカイトシールドを背負っている。
で、得意なのは遊撃だと思われる。
比較的、軽装で機動力を重視しているのがうかがえるからな。
回避優先で考えれば切り込み役もこなせるだろう。
その実力はかなりのはず。
ゲールウエザーの王都近くの巨大ダンジョンで活躍してきたのだろうし。
初めて会った時の慣れた感じからしても長く王都のギルドを拠点にしていたと思われる。
『それでハブられるとなると、相当だな』
「ところが、最後に組んだ連中が最悪でな」
見極めに失敗したようだな。
「俺の独り言を指摘しただけなら良かったんだが……」
ビルが思い切り嫌そうな顔をして言い淀んだ。
口にするのも嫌ってことらしい。
「無理に言う必要はないんだぞ」
「いや、俺自身の戒めにしたいからな」
そう言うと意を決した表情になった。
「とにかくキモいと周囲に言い触らされたんだ」
「あー、根回しするような感じになったのか」
なかなか狡猾な連中がいるようだ。
「そうだ」
苦々しく歯を食いしばるようにしてビルは肯定した。
「独り言を言う癖がなければ、ああはならなかったはずなんだ」
「それはどうだろうな」
「なにっ?」
「詳しい状況が分からんから絶対とは言わんが、たぶん独り言は関係ない」
「どういうことだっ!?」
「ビル、お前さんは世話焼きだからな。
それで感謝している奴は多かっただろうが、逆恨みしている奴もいるはずだ」
「……いるだろうな」
「そういう連中が裏で糸を引いているんだと思うぞ」
「まさか、そこまでするか……」
ビルが呆然としている。
「王都のギルドは長かったんだろ?」
「あ、ああ……」
「助っ人専門でやるようになってからも年単位じゃないのか?」
「10年にはならんがな」
「長いほど顔が売れる。
感謝する奴もいるだろう。
逆に恨みを募らせる連中もいる訳だ」
「……………」
ビルは何も語らなかった。
愕然を顔に張り付けている。
「くれぐれも言っておくが憶測の話であって絶対じゃないんだぞ」
「分かってるさ。
だがな……」
重苦しい雰囲気を纏ったビルが暗い顔で溜め息をついた。
「今にして思えば心当たりが有り過ぎるんだ」
「ほう」
「俺が新人の面倒をよく見ていたことで難癖をつけてくる奴らがいたんだ」
「新人をカモにしてセコく稼ぐ連中がいたのか」
「いや、もっと酷い。
何も知らない新人を親切に指導する振りをして借金を背負わせるんだ」
詐欺も同然だが犯罪にならないギリギリのラインでやっているのだろう。
とにかく借金を背負わせてしまえば、その連中の勝ちなのだ。
「あー、それで奴隷も同然の状態にするのか」
借金を踏み倒して逃げれば犯罪者だからな。
金額次第では死刑もあり得る。
「だから色々と手を回して妨害した」
「そりゃあ恨まれるな」
「連中からの報復には気を付けていたんだがな」
「芝居の上手い奴隷を使って罠にはめられたんだな」
「そのようだ……
新人の猿芝居も見抜けないなんてな」
ビルが吐き捨てるように言った。
自分に腹を立てているのだろう。
が、ビルの目を欺くとなれば猿芝居では無理だと思う。
「こりゃあ本職を使われたんだろうな」
「本職ぅ?」
ビルが素っ頓狂な声を出した。
何のことかサッパリ分からないようだ。
「役者だよ」
あっさりとネタバレをする。
「王都なら演劇の文化も発達しているだろうさ。
それだけに役者のレベルも高いし数も揃っているはずだ」
「そこまでするのかよ」
「相手組織の規模がデカかったってことだろ。
ビルが思っていたよりも、ずっとな。
エキストラもかなり動員したんだろうよ」
「マジか……」
もはやビルは呆れ顔である。
「もしも組織が潰されてビルの名誉が回復されるなら戻る気はあるか?」
俺の唐突な質問にビルは目を丸くさせた。
が、すぐに頭を振る。
「無理だろう。
あの連中だけをあしらうのでも目一杯だったんだ。
もっと敵がいるような状態じゃ、こっちが潰される」
常識的な判断をするなら正しい認識だ。
しかしながら、やりようはある。
言っておくが今回はシノビマスターで密かに動いたりはしないぞ。
そんなことしなくても宰相のダニエル宛でファックスを送れば済む話だ。
[王都に犯罪まがいの詐欺行為で新人冒険者から搾取する組織が暗躍している]
こんな感じの文面で本文を書き出して話を少し盛っておくだけの簡単なお仕事です。
これでダニエルが調査に乗り出すかは微妙なところだがね。
ただ、動けば組織は終わるだろう。
長らくグレーゾーンで犯罪すれすれのことをしてきたのだ。
緩みは絶対にある。
少人数で動いているならともかく組織が肥大化しているなら尚更だ。
「できたとしても、その気はないな。
一度、壊れた人間関係は元には戻らない」
寂しそうにビルが笑った。
読んでくれてありがとう。




