807 黒巨人兵はひと味違う?
遅くなりました。
すみません。
先端の尖ったロケットパンチが勢いよく飛んで来る。
それなりに大きいものなので半身になって躱すなどはできない。
俺は横にスライドする歩法で姿勢を維持したまま回避した。
俺の脇を勢いよく飛んで行くロケットパンチ。
通り過ぎた瞬間、ぬめり気のある瘴気を含んだ風がブワリと巻き起こった。
が、遮断は完全なので気持ち悪い感触はない。
ただ視覚情報として伝わってくるだけだ。
それだけでも充分に不快ではあるが。
しかしながら、それを気にしている訳にもいかない。
すかさず次が飛んで来たからだ。
『時間差攻撃とはね』
猪突猛進な巨漢よりは考えた攻撃をするようである。
指輪に意思がある訳ではないだろうが。
もし現場の騎士たちがこの攻撃に晒されたなら……
初撃で大きな被害を出しただろう。
それだけの速さと重さがある。
そして躱されることを想定した追撃。
初撃から逃れることができた者たちもロケットパンチの餌食になったと思われる。
そう考えると容赦のない攻撃だと言える。
が、俺からすると温い。
故にこれも先程と同じ歩法で回避した。
残るは両手を飛ばして無防備となった黒巨人兵。
エアスマッシュでも撃ち込むかと思ったところで背後からロケットパンチが飛んできた。
「おっと」
体を捻りつつ軽くステップして回避。
ロケットパンチが目の前を通り過ぎていく。
次が来た。
斜め上の頭上から浅い角度で飛来。
いま通り過ぎていったロケットパンチが旋回している。
『なるほど……
そういうことか』
両腕の連係攻撃で本体の隙を減らそうということだろう。
巨人兵のロケットパンチより高性能なようだ。
もし直接対決すれば巨人兵が圧倒されるだろう。
『面白い。
少し付き合ってやるか』
降下しながら飛来したロケットパンチを歩法でスライドして躱す。
躱したロケットパンチが地面に突っ込む。
そう思ったのだが、地面スレスレでどうにか体勢を立て直した。
そのまま引き起こし気味に飛び去っていく。
割と繊細な判断をしているようだ。
おそらくは衝突時の衝撃や物理的な抵抗でスピードが落ちるのを防いだのだろう。
『そういうことなら試してみるか』
しばらくは好きに攻撃させて消耗させようかと思ったのだが、少し予定を変更する。
旋回したロケットパンチが俺の側面に回り込むようにして飛んできた。
曲がりながら突っ込んでくる。
そのせいで直線で飛ぶよりも幾分スピードが落ちていた。
だが、それでも躱しにくくはなっていると思う。
しかも一定の曲がり方をしていない。
よく見れば小刻みに角度を変えている。
明らかに誘導された動きだ。
今まで通りギリギリで躱そうとすれば当たってしまうだろう。
黒巨人兵も学習しているようだ。
外部からの操作でしか動けない巨人兵とは明らかに違う。
指輪を作った奴はなかなか優秀だったと見える。
マッドな性格をしているとは思うが。
いずれにせよ当たりに来るというなら──
「好都合なんだよっ」
タイミングを合わせて打ち下ろしの後ろ回し蹴りを放つ。
確認したいことがあるので破壊するような蹴りではない。
撫でるように当ててみた。
そうすることで強引にロケットパンチの軌道を変える。
蹴りきる勢いを少しだけ乗せて進行方向へ押し出すのも忘れない。
思わく通り角度が変わったことで地面に突っ込むロケットパンチ。
「ズガガガガガガガガッ!」
しばらくは固い地面を削りながら突き進んでいた。
俺から押し出しを受けたこともあって制御がままならなかったのだろう。
飛んで来た時の勢いの大半を失ったあたりで、ようやくフラフラと浮き上がった。
そのまま黒巨人兵の方へと戻っていく。
少しずつ加速はしているものの、手元に戻った時点でも発射時のような勢いはなかった。
『やはりな』
あのスピードは射出の時にしか出せない。
多少の加速はできるが、大幅に減速するとトップスピードへ乗せるのに時間がかかる。
それをするくらいなら再射出した方がマシって訳だ。
だからこそ上からの攻撃も浅い角度でしか行わなかった。
急降下で突っ込めば地面に激突は免れないだろうしな。
仮に上手く引き起こせたとしても大幅に減速するはずだ。
ロケットパンチが本体と合体し、元の腕に戻った。
急降下した方は先に戻っている。
「仕切り直しか?」
その問いに答えが返ってくることはない。
それは分かっているんだが、まあ気分の問題だ。
黒巨人兵が再びガッツポーズをした。
その後は声にならない咆哮。
「……………」
仕切り直すたびにアレをやるつもりだろうか。
巨漢の記憶に相当引きずられているようだ。
『他にも飲み込まれた人間は大勢いるだろうに……』
猪突猛進な巨漢の我の強さを垣間見た気がした。
「んん?」
黒巨人兵が腰を落とすような姿勢になった。
ジャンプをするには微妙な沈み込みだ。
もちろんロケットパンチの発射態勢ではない。
さて、どうするのかと思っていると──
「おおっ!?」
踵のあたりから土煙を巻き上げながら滑り出した。
一瞬ホバリングかとも思ったが、それならもっと派手に土煙が上がるはずだ。
だが、滑り出しの瞬間こそ土煙が出ていたものの今はそれがほとんどない。
出だしは車がホイルスピンしたかのような感じだった。
ギュンギュンという音も聞こえてくる。
『そういえば昔のアニメに小さい車輪を仕込んだ人型メカとかあったな』
主人公のメカが同じような方法で地上を走行したり変形して空を飛ぶ奴があった。
あるいはもっとコンパクトな量産型人型兵器で戦う奴。
こちらは肩を赤く塗ったりする部隊があった。
トモさんはこの作品を好んでいたと思うのだが。
たぶん黒巨人兵の疾走を見れば喜ぶと思う。
一応、映像ログからスマホに落とし込んでおこう。
壁の上から見物しているとは思うけどね。
別角度の黒巨人兵が迫ってくる映像も欲しがるだろうし。
ちなみに俺は派生OVAの主人公が兵器に乗り込まず戦う作品が好きだった。
「遅いな」
黒巨人兵が接近するまでにあれこれ考える余裕があるくらいだ。
第1形態と言うべきタイヤとは比べるべくもない。
それでも馬に近い速さはあるようだが。
だが、その速度で突っ込んでくるくらいならロケットパンチの方がよほどマシだと思う。
『せめて轢き逃げアタックで終わりなんて単純明快すぎるのは勘弁してくれよ』
黒巨人兵が近づいてきてグッと腰を落とした。
あれでは方向転換がしづらいはずだ。
そのまま突っ込んでくる意思表示かと思ってしまったのだが。
「ジャンプした!?」
意味不明である。
俺を踏み潰すべく跳ぶというなら、もっと手前でジャンプすべきだった。
どう見ても俺の頭上を軽々と跳び越えている。
しかもジャンプの頂点は俺のずっと後ろになるはず。
もっとも結界に阻まれて……
「そういうことかっ」
とっさに振り返って大きく飛び退いた。
次の瞬間、俺が先程まで立っていた場所に黒巨人兵の両爪先が突き刺さる。
「ドズウゥンッ!」
地響きがした。
黒巨人兵の足が地面にめり込んでいる。
「えげつないことをしやがるぜ」
俺の結界の反発力を利用して打ち下ろしのドロップキックを放ってきた。
ジャンプのタイミングはあれで良かったのだ。
そして走行速度も適切だったと思われる。
あまり速過ぎると結界の反発力を利用しきれず明後日の方向へ飛ばされたかもしれない。
黒巨人兵の脚部が膝近くまで突き刺さっていることを考えれば、あり得る話だ。
意表を突かれたことには正直驚かされたが、その後がいただけない。
「突き刺さったままじゃ満足に動けんだろうに」
先のことをシミュレートしている訳ではなさそうだ。
「完全に的だろうが」
そう指摘したのだが。
「ビュオッ!」
不意に風切り音がしたかと思うと──
「バゴオォォォッ!」
派手な破壊音と共に地面がえぐれ土煙が舞い上がった。
フワリと黒巨人兵の巨体も軽く浮き上がる。
「なにぃっ!?」
そして黒巨人兵はゆったりした動きで地に足をつけた。
脱出に成功した訳だ。
脚部は埋まっていた部分が細くなっている。
すぐに元の太さに戻ったが。
『あれなら普通に歩いても楽に出られるか』
だが、黒巨人兵は己の能力を誇示するように派手に脱出して見せた。
方法としては簡単だ。
西洋竜のごとき太い尻尾で地面を叩き付けた反動を利用した。
『いつの間に……』
尻尾を生やしたのかと言いたくなったが、ロケットパンチの攻撃の間である。
時間は充分にあった訳だ。
ダッシュ時に見えなかったのは背中にピッタリくっつけていたからだろう。
『手の内を見せない工夫もしているとはね』
突進しか能のない巨漢とは大違いだ。
今のところは大した相手とも思えないが、油断のならないところがある。
「どうした?
もう終わりかよ?」
そんなはずはない。
それは俺もよく分かっているのだ。
ただ、あまり小出しにされても困る訳で。
ついつい感情のない相手に【挑発】スキルを使ってしまう。
「それでフルパワーなのか?」
そういうことも無いだろう。
【挑発】の流れの中で出てきた言葉だ。
あれで出力全開と思ったりはしない。
相手は大勢の怨念の塊なのだから。
いずれにせよ、同じ攻撃はしてこないだろう。
それにしたって弱攻撃は必要ない。
これで燃費効率だかを優先するようなら終わらせるまでだ。
「ビタッビタッビタッ!」
黒巨人兵が一定のリズムで地面を打つ。
その度に尻尾が細くなり伸びていく。
最終的には西洋竜の尻尾だったものが消火用のホースくらいになった。
先端に結構な大きさの塊を残している。
それを持ち上げて付け根にくっつけた。
『フラフープ?』
そんな訳はないだろうが分からない。
切り離して飛ばしてくるくらいはしそうだが。
失速しても地面を疾走させることで加速させられるだろう。
果たして如何にする?
読んでくれてありがとう。




