805 呪われた指輪
『とりあえずアレを操っている奴に気付かれぬよう結界で囲っておくか』
ワンパターンな行動を繰り返す相手だから絞り込みは楽である。
サクッと完了。
目標を変えた時にカゴの鳥だと気付くことになるのだが。
果たして、どんな反応をするのやら。
まあ、その時になれば分かることだ。
「それでアレとは何かな?」
カーターがオルソ侯爵に再び問う。
今度は邪魔が入るタイミングではない。
オルソ侯爵も些か思い詰めた表情を見せてはいるものの躊躇う様子はなかった。
「いにしえより伝わる秘宝のひとつです」
「秘宝とはどんなものだい?」
「はい、建国より伝わる品で呪いの指輪と言われております」
「あれが指輪だって!?」
カーターが珍しく素っ頓狂な声を出して驚いていた。
直径が数メートルはありそうな輪っかは車輪にしてもゴツくてデカい。
動画で何度か見た採掘現場で使われる世界最大級のダンプカーのタイヤを思い出した。
そういうサイズだ。
そんなものを指輪と言うなら、はめる奴は超巨大な存在ということになる。
腕輪だったとして考えてもかなりなものだろう。
つまり──
「あの輪っかを操る指輪があるということだろ、カーター」
そういうことだと指摘した。
「御明察です」
オルソ侯爵によって俺の推測が正しいことが証明された。
「なるほどね……
それじゃあ呪いとはどういうことかな?」
「多くの生け贄を必要とすると伝わっているのです」
「「あー……」」
おもわずカーターとハモってしまった。
諦観を感じさせるような目を向けてきている。
俺も同じだろう。
死者を出さぬようにやって来た努力が水泡に帰したのだ。
「指輪が大勢の生け贄の血を浴びることで呪いの力が目覚めると」
そうまで言われれば間違いないだろう。
斬殺された何十人かが生け贄になったのだ。
ただ、カーターは現場で死んだ人間をまだ目撃はしていない。
それでも察したはずだ。
伝令で駆け込んできた騎士や今のオルソ侯爵の言葉から。
『もっと胸糞の悪くなる話があるかもな』
もしかすると事前に何人も殺されているかもしれないからだ。
貴族なら秘密裏に人を集めて密かに殺害することもできそうだし。
特に犯罪奴隷などは行方不明になっても怪しまれない。
護送する名目で人里離れた場所に連れて行き殺害と隠蔽を同時に行う。
根拠はないが、それに近いことをやっていると感じた。
「そんな物騒なものを、よく持ち出せたね」
「そこが我々としても謎なのです」
「謎でも何でもないな」
「どういうことかな?」
「謎だと思う根拠は管理が厳重だからだろ」
「はい、その通りです」
「宝物庫で保管して目録で管理してるってところか」
「はい、宝物庫には持ち出しの許可が無ければ入ることすらできません。
持ち出しの時も確認が行われ、いつ誰が何を持ち出したか記録が残されます」
オルソ侯爵はそれで持ち出しできるはずがないと思い込んでいるようだ。
「鍵がかかっているから入れないとか言うつもりなら甘いな」
「えっ!?」
「管理するのは人間なんだろ?」
魔道具で特定の血筋にしか反応しないというのであれば難しいところだ。
しかしながら記録を残す時点でそれはない。
「は、はい」
「だったら宝物庫に入るのは、さほど難しくない」
「「「「「ええっ!?」」」」」
旧スケーレトロ組が俺の言葉に驚いている。
「そんなに驚くことか?
管理する奴がクズなら欲を満たしてやれば協力するだろ。
そうでないなら弱みを突いて協力せざるを得ないようにするだけだ」
「なんと……」
「それは確かに」
オルソ侯爵や司令官が愕然としている。
クズが多数いたことを理解しているはずなのに、これはどうなのか。
「一番ありそうなのは偽の許可状で持ち出して偽物を戻すとかな」
「「「「「ああっ」」」」」
今度は他の面々もそんな方法があったのかと驚いている。
悪党からすると旧スケーレトロ組の真面目な連中を騙すのは造作もなかっただろう。
「その調子だと他にも持ち出されたものは多そうだな」
「かもしれません」
オルソ侯爵が渋い表情で答える。
「しかも、持ち出すとマズいものは多々あります」
そのあたりを考えたから俺も情報を得ようとしたのだ。
輪っか以外に持ち出されたものを使ってこられることを危惧したのだ。
場合によっては何かしら面倒なことになるかもしれない。
だが、オルソ侯爵の心当たりは山ほどありそうである。
これなら現場に直行してぶっつけ本番の方がマシだったかもしれん。
「カーター、行ってくるわ。
追加で得られる情報も限られているようだしな」
「大丈夫かい?」
「シノビマスターより楽だと言えば安心できるだろ」
「それは確かにね」
カーターが苦笑した。
旧スケーレトロ組は慌てふためいているが仕方あるまい。
シノビマスターを知らんからな。
何か言ってきていたがスルーした。
シュバッと飛び出してしまえば終わりだ。
止めることも追いつくことも叶わない。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「ゴオォンッ!」
壁に衝突する輪っか。
何度目かは数えていない。
衝突した後はそれなりの距離をバックして助走距離を稼ぐ。
「タイヤだなぁ」
思わず声に漏らしてしまうほど近くで見るとタイヤ感がある。
黒くて溝があって幅広で分厚い。
ダンプやバスなどのタイヤを拡大したかのような外観だ。
そのタイヤの内側に誰か立っている。
一瞬、ゴーレムかと思ったが間違いなく人だ。
ゴーレムと間違いそうになった理由は男の体格と独特のヘアスタイルによる。
筋肉ダルマで大きなタイヤの内側に立っても小さいとは思わせないほどの巨漢。
俺の背丈くらいでは、こうはいかない。
そして先の鋭い曲がった角を思わせるヘアスタイルは──
『闘牛の牛かよ』
と思わせるほど独創的だ。
あれが司令官の言うブーエ・ブーエだろう。
『それにしてもタイヤの中に人が立つってのはなぁ』
ついグランダム作品のひとつを思い出してしまった。
この場にトモさんがいたら同意したことだろう。
たぶん壁の上で盛り上がっているんじゃないかと思う。
だが、今はそんなことを気にすべき時ではない。
俺はタイヤを無視して斬殺された騎士や兵士たちの方へと向かった。
「酷えもんだ」
大半は背後から斬られている。
途中からへし折れた感じがするので斬ったという表現は適切ではないかもしれない。
力任せに大剣を振るったように思える。
あの巨漢がやったのは間違いなさそうだ。
『それにしても……』
この場に死者の気配を感じない。
死んで間もない状況だというのに。
成仏しているなら不思議なことではないが。
味方だと思っていた相手に訳も分からぬうちに斬殺されて成仏などできまい。
むしろ化けて出たくなるところだ。
そのため、ここへ先に来た。
土葬魔法ベリアルを使うために。
この様子では必要なさそうだ。
ならば遺族のために遺体を持ち帰った方がいいだろう。
倉庫の方へ格納していく。
それが終わる頃合いになって地響きが急速に近づく感じがした。
タイヤだ。
こちらに向かってまっしぐらに突っ込んでくる。
どうやら目敏く俺の姿を見つけて蹴散らしに来たのだろう。
巨漢は両手剣を片手に持って血走った目でこちらを睨みつけている。
「うおぉるぅああぁぁぁっ、死ねやあああぁぁぁぁぁっ!」
叫び吠える声からは正気であるとは思えない。
『バーサーカーかよ』
人の言葉を発している時点で違うだろとツッコミが入るかもしれないが。
見敵必殺の姿勢は、より近い同類の匂いを感じる。
少し気になって【天眼・鑑定】を使ってみた。
「マジか……」
巨漢は称号持ちだった。
それも[真の殺人鬼]である。
[称号[殺人鬼]を超える殺人鬼。
次の条件を満たす状態で百人以上殺害。
殺害相手が死ぬほどの罪を背負っていない。
一方的もしくはそれに近い状態で殺害を実行]
どうやら俺の推測は的外れではなかったようだ。
人の集め方に関しては犯罪奴隷ではなく借金奴隷を集めたのかもしれないが。
あるいは村を丸ごと廃村に追い込むような真似をしたか。
まるで、どこかで見たような話だ。
だとしたら人間のすることじゃない。
相手は腐れ外道ということになる。
遠慮する必要がないのはありがたいことだ。
向こうから飛び込んでこようとしているのは、おあつらえ向きの状況である。
ただ、相対する位置が俺の直接攻撃を阻む。
「ゴオォンッ!」
タイヤが俺のところに到達する前に止められた。
見えない壁にぶち当たったかのようだ。
だが、それも一瞬のこと。
タイヤが真反対の方向へ勢いよく吹っ飛ばされていく。
インパクトの瞬間に衝突の全エネルギーを溜め込んでいたかのようだ。
タイヤの突進を阻んだのは俺がさっき構築した結界である。
『遺体を踏み荒らさせる訳ないだろ』
言っても聞く耳を持たないだろうから内心でツッコミを入れた。
「うおおぉぉあああああぁぁぁぁぁぁおおぉあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それにしても吹っ飛ばされる時まで絶叫とは。
「あー、うるさい」
俺の愚痴も聞こえてはいないだろう。
それほどに耳障りな音量だ。
タイヤが撥ね飛ばされた勢いで横転していくが、その派手な音が気にならない。
飛ばされたことで叫んでいたのであれば誤算もいいところだ。
しっぺ返しになるかと思って突進の勢いを反転させる結界にしていたのだが。
「ズウゥン」
完全に横倒しになった状態でタイヤが止まった。
これで終われば拍子抜けもいいところだが、そんな訳はない。
『まだまだ、これからだ!』
読んでくれてありがとう。




