804 治癒のち輪っか
司令官たちが呆然としていた。
延々と続く壁、壁、壁。
「これは……」
司令官がそびえ立つ壁を目の当たりにして呻いた。
「よもや地の果てまでつながっているのではあるまいな」
そんな呟きを漏らしている。
さすがにそんなことはないがね。
どこかの長城のように千キロ単位ってのはやり過ぎだろうし。
こちらはせいぜい百キロ単位。
長さのスケールが違う。
その代わり高さは百メートル以上あるけどね。
「いやいや、それよりも高さでしょう」
側近が呟きに反応していたが返事はない。
そんなことを気にする余裕が司令官にはないのだろう。
いや、他の旧スケーレトロ組にもないように見受けられる。
「また派手にやりましたな。
まさか、これ程とは……」
オルソ侯爵が呆れ気味に語った。
思ったより順応性が高いか。
少なくとも護衛の騎士たちよりは落ち着いているようだ。
「凄いもんだねー」
などと感想を漏らしているカーター。
そんなことを言っている割に笑顔を見せる余裕がある。
「もちろん頑丈なんだよね?」
そんな風に確認までしてくるぐらいだ。
完全に慣れてしまったのだろう。
感覚が麻痺しているだけかもしれないが。
「バーグラーの巨人兵にも対抗できるよ」
「それは凄いね!」
何故だかカーターのテンションが上がっている。
他の男どもは青ざめた顔をしてるけど。
どうやら巨人兵という言葉に反応したようだが。
旧スケーレトロ組はバーグラーと隣国だったからな。
何度も交戦し煮え湯を飲まされているはずだ。
噂でしか知らないカーターとでは認識に差が出たようだ。
まあ、あれは防衛戦専用で使われていたようだから攻め込む方が悪いがね。
「対抗できると仰いますが……」
司令官は恐る恐るといった具合に尋ねてきた。
オルソ侯爵も固唾をのんで俺の方を見ている。
旧スケーレトロ組には、まさかという思いがあるのだろう。
「バーグラーなんて国はもう存在しないと言えば分かるか」
「「「「「────────っ!?」」」」」
旧スケーレトロ組の一同が息をのむ。
驚愕の表情で硬直していた。
俺の言った言葉に隠された意味を瞬時に理解できたようだ。
その時である。
「ゴオォンッ!」
遠くの方から響く轟音。
それは重く硬いもの同士がぶつかったような重厚な音だった。
「「「「「────────っ!?」」」」」
旧スケーレトロ組が飛び上がらんばかりに驚いている。
心臓直撃級の衝撃が連続するとは運がない。
『旧スケーレトロ組は寿命が縮まったかもな』
そこに血塗れの騎士が駆け込んできた。
「ブーエ卿、乱心っ!」
言うなり倒れ込んだ。
地面に血が流れていく。
それを目の当たりにした瞬間、騎士たちが駆け寄る。
轟音の主がどうなったかなど完全に飛んでしまっていた。
「酷い怪我だっ」
「誰かっ、ポーションを持ってこいっ!」
騎士たちが慌てた様子で手当を始めようとするが──
「あー、邪魔だよ」
彼らを押し退けて倒れ込んだ騎士の前に出た。
「なっ、何をっ!?」
抗議しようとする騎士に軽く殺気を叩き込んで黙らせる。
「黙って見てろ」
手のひらに淡く光る光球を発生させて倒れている騎士に撃ち込んだ。
光球は騎士の体に触れると吸い込まれるように消えていく。
そして今度は騎士の体が光り始めた。
すぐに出血が止まる。
「「「「「おおっ!?」」」」」
旧スケーレトロ組から驚きの声が上がった。
「一瞬で傷口を塞いだのか」
「凄い……」
「これなら助かるぞ」
「いや、顔色が良くない。
どうなるか分からん」
「血を失いすぎているのか」
「とにかくポーションを用意するんだっ」
「おおっ」
騎士の1人が駆け出していく。
ポーションなど不要だが、止めるのも面倒なのでスルーした。
その間も治癒魔法は効果を発揮し続けている。
「な、なんか、顔色が良くなっていないか?」
「本当だ」
「もしかして、まだ魔法の効果が続いているのか?」
騎士たちが動揺している。
「当たり前だ」
俺の言葉に全員の視線が集まった。
『わざと光らせているのに気付かんのか』
せっかく治療中であることを分かり易くしているのに意味がない。
こんなことなら早々に治癒を終わらせてしまう方がマシだったか。
あまりに早いと気味悪がられると思ってセーブ気味に治癒させているというのに。
ままならないものである。
「さすがだね、ハルト殿」
「そんなに大したことじゃない。
手足の欠損よりは魔力を食わないし」
「そんな怪我まで治せるのかい!?」
カーターが目を丸くしている。
「言っとくが失血も欠損だぞ」
「……言われてみれば」
「ほら、治癒完了。
御覧の通り、治ったぞ」
セーブしているのがバカバカしくなったので、治癒魔法を繰り上げて終わらせた。
当然、光は消えている。
2人の騎士がそれぞれ伝令に来た騎士の具合を確認し始めた。
「本当だ、呼吸が落ち着いている」
「脈もしっかりしているぞ」
「やった……、やったぞ!」
「助かったんだ!」
騎士たちが仲間が助かったことで歓喜する。
「治って良かったよ」
カーターも伝令騎士のことを気にしていた。
だが、ここで何もかもがハッピーエンドとはいかない。
「ゴオォンッ!」
再びの轟音。
音のした方を見る。
何か大きな輪っかが皆の構築した壁から離れようとしているのが見えた。
「ブーエ・ブーエの奴めっ!!」
司令官の怒声だ。
そちらを見ると司令官が怒りを露わにしていた。
威嚇する獣のように歯をむき出しにしている。
「アレを持ち出していたのかっ!」
激情を露わに司令官が吠えた。
「待て、どういうことだ?」
オルソ侯爵が司令官に問いかけるが、他の面子は困惑の表情を見せるばかり。
「アレの持ち出しの報告など受けていないぞ」
どうやら上層部しか知り得ないブツらしい。
「とにかく止めなくてはっ」
事情を知らない司令官の側近の方が冷静な判断ができていそうだ。
「無理だっ」
司令官が呻くように声を絞り出した。
「動き出してしまえば魔力がつきるまで誰にも止められん」
「では、退避命令を」
「無駄だ。
目をつけられたが最後。
何処にも逃げられん。
馬が駆けるよりも速く転がると伝えられておるのだぞ」
「そんな……」
1人がそう言ったきり、周囲が絶望に満ちた空気に包まれる。
カーターはアッケラカンとしていたが。
「ハルト殿はアレをどう見る?」
「基本性能だけなら巨人兵と同等かな。
大きさと質量は巨人兵が勝るけど。
その分、瞬発力で補えるだろうし。
あとは強度がどれくらいあるかで違いが出ると思う」
仮に装甲や耐久性が同程度なら巨人兵が有利だろう。
ロケットパンチがあるからな。
本体で受け止めて抑え込みつつロケットパンチで破壊という必勝パターンがある。
シナリオ通りに勝負を進められるかで決着に差が出るだろう。
「止められるかい?」
「もちろん」
気負うことなく即答した。
旧スケーレトロ組が呆気にとられている。
本来なら俺が現場に向かうべきなのだろう。
被害者も多数出ているし。
ただし輪っかによる直接の被害は出ていない。
何人もの人間が斬殺されているのだ。
輪っかの起動を阻止しようとして斬り殺されたと見るべきだろう。
他の人間はとりあえず輪っかの進路上から退避できている。
とにかく一晩のうちにできた壁を目の敵にしているようである。
が、確たることは言えない。
今のところは助走距離を稼いで壁に向かってまっしぐらというパターンの繰り返しだが。
いつかはパターンも崩れるだろうが、その時を逃さず対処すればいい。
壁の上にはミズホ組もいる。
俺が放置しても皆が対応してくれるであろうことも俺が動かない理由だ。
それよりも壁の頑丈さにブーエとかいう奴の心が折れるのを見たい。
見ないと気がすまないと言った方がいいかもしれないが。
『せっかく人死にが出ないようにやっていたってのに』
いよいよラストかという頃合いになって、この有様だ。
その罪、万死に値する。
断じて許せるものではない。
「だそうだよ、オルソ侯爵。
アレというのが何なのか教えてくれるかい?」
穏やかな口調のカーター。
しかしながら同時に有無を言わせぬ雰囲気を感じさせてもいる。
『さすがだね』
俺は感心するばかりだが、質問された方は押し潰されそうな重圧を感じているだろう。
「ゴオォンッ!」
オルソ侯爵が答える前にまたも助走をつけ突進した輪っかの衝突音が響く。
旧スケーレトロ組は気が気ではないようだ。
「心配はいらんよ。
あの程度でどうにかなるなら巨人兵に対抗できるとは言わない」
そう言うと、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
とはいえ輪っかは未だに健在である。
ビクビクした様子を見せてしまうのは無理からぬところだろう。
いつ目標を変更するか分からないからな。
読んでくれてありがとう。




