801 カーターとの語らいでフェーダ姫が落ち込む?
新しい城を構築した後は運び出した荷物を戻す作業が待っている。
それを実行するのはもちろん旧スケーレトロ組だ。
城の内部を把握させる必要もあるからな。
まあ、建築様式は変えたが平面図で見れば変更点は無いに等しい。
部屋の広さや廊下の幅の違いだ。
やや拡張されていることに旧スケーレトロ組の面々は気付けないだろう。
その程度の差でしかない。
念のために運び込みを行っている現場の兵士の様子を確認する。
使うのはもちろん【天眼・遠見】と【遠聴】のコンボだ。
「なんか不思議だな」
「何がだよ」
「見た目が全然変わってるのに前と同じように感じるのがさ」
「間取りが同じだからだろう」
「それが凄いよな」
「そうそう、外があんなだから中も別物だと思っていたのにな。
荷物を戻す作業をしろと言われた時はどうすんだよと思ったけど」
「そうそう。
そしたら入ってビックリ、見てびっくりだ」
「見た目が違うのに道順が同じとか悪い夢でも見てるのかと思ったぜ」
「部屋も外国風なのに位置とか広さとか変わんねえし」
「少し真似ただけじゃなかったしな」
「あそこもここも見覚えないのに知ってるとか途中で怖くなったぞ」
「俺も」
「俺もだ」
次々に賛同していく兵士たち。
似たようなやり取りは城内のあちこちで行われていた。
間取りを同じにしたお陰で運び込みは大きな混乱もなく終わらせることができた。
疲労軽減のために密かにバフをかけていたのは内緒である。
まあ、ミズホ組にはバレバレだったのだが。
「ハルト殿には呆れるばかりだね」
今更ながらにカーターが言った。
「そうかい?」
「城を破壊したと思ったら、そっくりうちの様式の城に置き換えているんだから」
仕上げた直後は平然と見ていたカーターだが、内心では違ったらしい。
旧スケーレトロ組が荷物の運び込みでいなくなったら苦笑するやら嘆息するやらである。
「これくらい見せつけておいた方が後々のためだ」
「反乱を起こすようなのは排除したんじゃないのかい」
「後で飴も与えなきゃならんからな。
舐められないように締めるところは締めておくんだよ」
「どういうことかな?」
「オルソ侯爵の口振りからすると食料が不足しているらしいのは分かるだろ」
「飢える国民が出てくると?」
「そういうことだ」
「なるほど、それで飴か。
具体的にはどうするつもりだい?」
「食糧支援は確定だな」
「予算を組むのが大変そうだね」
天を見上げて溜め息をつくカーター。
「お察しの通り国全体の規模だからな。
無利子の貸しにしておくから返済の方は気長にやってくれ」
「そこまで甘える訳にはと言えないのが恥ずかしいね」
カーターが渋い表情で頭を振った。
「でも、遠慮なく甘えさせてもらうよ。
ここで目先の損に踊らされると大変なことになりそうだ」
現状で放置もしくは焼け石に水程度の対策だと大量の餓死者を出すことになるだろう。
それを的確に判断できているカーターなら支援後は自力でどうにかできるはずだ。
俺もいつまでも手助けし続けるつもりはないし。
もちろん緊急事態となれば話は別だ。
そういう時に手を貸すのは吝かではない。
「だけど、食糧支援だけでは先が続かないね」
さすがはカーター。
目先のことだけではなく先が見えている。
「救荒作物の植え付けなどの農業支援もするさ」
「救荒……
そういうものがあるんだね」
「知らなかったか?」
「ああ、勉強不足で恥ずかしいよ」
「知らないのは恥ではないよ。
必要なことを知ろうとしないのが恥だ」
「それは確かにそうだね」
苦笑するカーター。
「それで救荒作物というのは、どんなものがあるんだい?」
「粟、ヒエ、キビ、ソバあたりが穀類かそれに近いものだな」
「どれも聞いたことがないものばかりだ」
西方で穀類と言えば大麦とライ麦、それから小麦である。
なんにせよ俺が挙げたものは農業に携わる者や商人でさえ知る者はほとんどいないはず。
【諸法の理】で確認済みの情報だ。
「長期の保存が可能だから備蓄することで不意の食糧不足に備えることができる」
「それはありがたいね」
「他にもサツマイモやジャガイモなんかの芋がある」
「芋というのは?」
どうやらカーターは作物関連の知識が乏しいようだ。
「土の中に植わっている根菜類は分かるか?」
「人参なんかがそうだったかな」
まったく知らない訳ではなさそうだ。
「ということはそれの類だと?」
「そういうことだ」
「土の中に植わっているということは食害は減らせそうだね」
変に知識の偏りがある。
独学だったのかもしれない。
適切に教師をつけてもらえなかったとか。
以前のカーターの立場ならありそうだ。
俺が思っていた以上に王弟という立場は窮屈なものだったようだ。
「鳥なんかはそうだろうな。
雑食性の獣は掘り起こす恐れがあるが」
「そうかぁ……
難しいものだね」
「ジャガイモはそれを防ぐ効果はあるけどね」
「そうなのかい?」
「ジャガイモは全体的に毒がある。
だから動物は忌避して食べようとしない」
「……それは食べ物としては不適切ではないかい」
「芋の部分は食べられる。
新芽と青い部分を取り除く必要はあるがね」
「うーん、話を聞くだけだと採用したくない代物だね」
カーターが難しい顔をして唸る。
が、すぐに表情を戻してきた。
「食害にあいにくい以外のメリットもあるんだろう?」
「まず、冷害に強い」
「それは大きいね」
「春と秋に収穫できるというのも強みだ」
「そんなことが可能なのかい!?」
カーターは目を丸くしていた。
「ああ」
俺が頷きながら返事をすると腕組みをして唸り始めた。
「扱いは難しいから大々的には広められないな。
だけど、正しい知識を徹底させながら徐々に広めていければ……」
などと呟いている。
本人としては聞こえないようにしているつもりなのだろう。
だが、フェーダ姫が苦笑いをしていた。
「丸聞こえですよ、叔父様」
「ふぁっ!?」
仰け反るように驚いている。
その反動で腕組みも解けていた。
「カーターの言う通りだ。
ジャガイモは長期的な計画で広めていくべきだろう」
「あっ、ああ……」
まだ動揺がわずかに残っている様子がうかがえる。
が、そのまま話を続けることにした。
カーターならすぐに立て直すだろう。
「芋のメインはサツマイモだ」
「なるほど、二段構えで考えているのか」
「まあ、そういうことだな。
それからサツマイモは今回の支援全体で見てもメインにするつもりだ」
「そんなに良いものなのかい?」
「痩せた土地でも育つからな」
「なるほどね、土地の状態も考慮する必要があるか。
国が疲弊しているとオルソ侯爵は言っていたし……
畑が荒れていることも充分に考えられるね」
「それとサツマイモは食べ応えがあって腹もふくれる作物だ」
「ハハッ、言うこと無しだね」
笑いながら驚いている。
「だけど、それは今から植え付けできるのかい?」
なかなか鋭いところを突いてくる。
「そのあたりは俺たちが魔法で何とかするつもりだ」
「「えっ!?」」
予想外の返答だったのだろう。
カーターだけでなくフェーダ姫までもが驚きの声を上げていた。
「そんなことが可能なのですか?」
思わずといった感じで聞いてくる程だとは俺も予想外であったが。
「植生魔法というものがある」
フェーダ姫が首を傾げた。
「御存じですか、叔父様?」
「いや、知らないな」
そう答える割にはフェーダ姫のように困惑はしていない。
「初耳ではあるが、そういう魔法があるのだろう。
なにしろハルト殿の言うことだからな」
「それもそうですね」
カーターの言葉でフェーダ姫もあっさりと納得した。
『なんだかなぁ……』
そういう納得の仕方でいいのかと問いたくなったのは言うまでもない。
「その植生魔法とかを使うとサツマイモが植えられるんだね?」
カーターが念を押すような形で聞いてきた。
「ああ、間違いない」
「それは重畳だね」
しみじみした様子でカーターが頷く。
一方でフェーダ姫は何か思案顔である。
やがて意を決したらしく真剣な面持ちで俺に問いかけてきた。
「あの、もしかして他の作物も植生魔法でどうにかできるとかじゃないですよね?」
「どうにかとは?」
「枯れている麦を復活させたりとか」
発想が極端なお姫様だ。
「完全に枯死したものは無理だぞ」
『植生魔法ではな』
光魔法とかを駆使すれば蘇らせることも不可能ではないのだ。
だが、その事実を明かすつもりはない。
死者の蘇生と同じであるからね。
そこまで来ると西方では神の奇跡扱いされるだろう。
そうでなくても魔力コストが尋常ではないのだ。
種を用意して植生魔法で増やした方がいいに決まっている。
「枯れかけなら大丈夫なんですか?」
「不可能ではないが消費魔力を考えれば現実的ではないな。
それなら種から植生魔法を使った方が収量が増えるぞ」
「そうなんですか……」
何故かションボリするフェーダ姫であった。
『なんなんだ?』
読んでくれてありがとう。
 




