796 山を納得させる方法
一度、土下座から頭を上げてしまうと楽だった。
エリスが早々にカーターに後を譲ったのも、それを見越してのことのようだ。
「オルソ侯爵、より多くを助けたくば生きよ」
カーターも念押ししている。
気持ちは痛いほど分かるというものだ。
再度、土下座なんてされたら堪ったもんじゃないからな。
「本当にそれでよろしいか」
ここにも面倒くさい人がいますよ。
「かなりの権限を委譲されているようですが」
『ん?』
「私には、どうしても信じ難い」
「疑り深いねえ」
疲れ切った感じで溜め息を漏らすカーター。
本当に疲れているのだろう。
主に精神的な部分で。
そのせいでオルソ侯爵が勘違いしていることに気付かなかったようだ。
「カーター」
「何かな、ハルト殿?」
「カーターが誰かが分かればいいんだよ。
そうすれば大人しく言うことを聞くと思うぞ」
「……………おおっ」
しばし考え込んでいたカーターが目を見開いた。
大いに納得がいったという顔でポンと手を打つ。
オルソ侯爵は俺たちの言葉が理解できずに怪訝な表情をしている。
「変だとは思わないかい?」
カーターは、いきなり名乗ったりはしなかった。
それは正解だと思う。
おそらくオルソ侯爵も信じないだろうし。
「変とは?」
「制圧しながら宣戦布告なんて普通の使者にやらせると思うかい?」
「普通でなくてもやらせませんな。
本来ならできる訳がないのですから」
オルソ侯爵が肩を落として嘆息した。
どこか呆れと諦観を感じさせる仕草である。
まあ、本当に制圧して見せたからな。
それも殺さずにとなれば難易度は数段上がることも理解しているだろう。
あと、派手に城のあちこちを破壊したのも影響しているか。
「城門が壁に突き刺さっているのを見た時は……」
途中で言葉が尻すぼみになっていた。
そして頭を振っている。
「アレを見て抵抗は無意味だと悟りましたよ。
その頃には、ほぼ終わっていたようですが」
オルソ侯爵が力なく「ハハッ」と笑った。
それを見た皆の視線が俺に集まる。
何となく生暖かさを感じるのは気のせいではないはず。
レイナやアニスなんかは完全にジト目だし。
「あー、はいはい。
俺がやりました」
なかば自棄クソで言ったらオルソ侯爵が驚愕の目を向けてきた。
「まさか……」
それ以上の言葉が言えずに呆然としている。
「まさか、何だよ?」
「たった1人で?」
『ああ、そういうことか』
「そうだが、何か?」
「どんな大魔法を使ったというのだ」
「「「「「大魔法?」」」」」
聞き返したのは俺ではなくミズホ組の面々だった。
「おいおい、それ俺の台詞だろ」
ツッコミを入れるが、聞いているのかいないのか。
俺に向けられた視線は今度も生暖かさを感じさせた。
「あー、やり過ぎましたよー。
イライラしてたからノック代わりに蹴り飛ばしましたー」
「なっ!?」
オルソ侯爵が落ち着きなくうちの面子を見ていく。
目が合うたびに頷かれる。
「そんなバカな。
魔法だとしても信じ難いというのに……」
まあ、信じられないというのは当然だ。
レベル3桁に到達していない人間の常識では不可能なことである。
「さて、どうするかな?」
めずらしくルーリアがツッコミを入れてきた。
「ハル兄は有言実行」
ノエルは煽ってくるし。
「しょうがないなぁ」
言いながら俺は背後の壁を振り返った。
おあつらえ向きに石の壁だ。
しかも向こう側に部屋はない。
「玉座が邪魔だな」
床と一体化した石造りの玉座が壁を蹴るベストポジションを取れなくしている。
「ついでにやってしまえば良いのでは?」
リーシャが聞きようによってはリクエストのようにも聞こえそうなことを言ってきた。
「ここの壁を全面やるなら最初に筋をつけておかないとねー」
メリーなど細かいことを言ってくる。
「玉座は上で壁は前かなー」
リリーも注文が細かい。
「分かった、分かった。
注文通りにやればいいんだろ」
リーシャたち3姉妹だけでなく皆がうんうんと頷いた。
いや、全員ではない。
ベルとナタリーがギョッとしているのは、まあ分かる。
まだ破壊するのかと言いたいに違いない。
そして同じように思っているらしい面子が他にも何人か。
元日本人組やフェルト、それとリオン。
比較的、新規の国民である。
「ちょっと、ハル。
いくら何でもやり過ぎになるんじゃないの」
「そうだよハルくん」
マイカやミズキが渋い表情で言ってきた。
「さすがに玉座の破壊はどうかと思うのですが」
更に苦言を呈してきたのはベルだ。
さすがのベルも、今から俺がやろうとすることは問題ありと思ったか。
そしてブンブンと激しく首を縦に振って同意の意思を示すナタリー。
「そうですよ、陛下。
無茶が過ぎると反感を買いかねません」
フェルトなどは何か勘違いしているようなことを言ってくるし。
リオンはモジモジしているだけで何も言ってこない。
ただ、良くない事態になるのではないかと心配はしているようだ。
「心配はいらんよ。
どのみち、跡形なく潰すつもりだし」
その言葉で「やっぱり」という顔をする面子とギョッと驚く面子に割れた。
前者が古参組なのは言うまでもない。
バーグラーの再現をするつもりだと薄々感付いていたようだ。
「ちょ、ちょっと待とうか、ハルト殿」
慌てた様子でカーターが待ったをかけてくる。
「跡形なくって、どういうことだい?」
そういや誰にも説明していなかった。
「こんな非効率な城を残すのは許し難いから更地にして作り直す」
「なんだってーっ!?」
カーターが叫びながら驚いている。
ちょっとレアなものを見てしまった気分だ。
「つ、作り直すって期間はどのくらいだい?」
「今夜中だよ」
「さすがに冗談だよね」
そう言うカーターの頬が引きつっていた。
「いいや」
肩をすくめて、どうということはないと意思表示する。
「マジで?」
「マジだ」
カーターが肩を落として力なく笑っていた。
ますますレアなものを見た気分である。
「オルソ侯爵、今の話は聞いていたよな?」
振り返りながら声を掛けた。
「冗談ではないのですか?」
どういう表情をするか決めあぐねているような引きつった顔で聞き返してくる。
「心配しなくても、いままでよりまともな城にするさ。
だから、その前にデモンストレーションをやる」
何がどう「だから」なのかは追及してはいけない。
こんなものは勢いだ。
故にこのまま返事など待たずに押し通す。
「城門を蹴り飛ばしたのが信じられないと言うからな、見せてやろう」
言うが早いか向き直り──
「まずは水面蹴りっ!」
スパッと総石造りの玉座を一蹴りで切り離す。
これだけでは何が起こったのかオルソ侯爵には分かるまい。
だから次の手ならぬ次の脚で魅せよう。
「続いて引っ掛けてからの──」
軽く後ろ回し蹴りで玉座の上下が反転するように蹴る。
「蹴り上げっと」
更にヒョイと軽く蹴り上げる。
後ろ回し蹴りと蹴り上げのどちらも玉座を粉々にしないように注意した。
リリーの注文だからな。
粉砕してはリクエストに応えたことにはならない。
まあ、結局は天井を突き抜ける時にバラバラになってしまうのだけど。
「ドガッゴゴゴゴゴッ!」
玉座が破砕しながら謁見の間の天井を突き破っていく。
本来なら瓦礫などが落ちてくるところだが、それはない。
落下物を対象にして分解の魔法を使ったからだ。
ここで一息入れることにした。
流れるような手順で一気に終わらせた方が美しいとは思うがね。
しかしながら、見る相手に合わせる必要がある。
オルソ侯爵にとっては初見となるであろう破壊活動だ。
ひとつひとつ丁寧に見せた方が良いと判断した。
「なっ……」
そう言ったきり絶句しているから中断は正解だろう。
「こんなのは序の口だぞ」
「なっ……」
『な、しか言えんのか』
内心でツッコミを入れつつも安堵する。
一応は反応したからな。
耳が大丈夫なら目も問題ないだろう。
「行くぞっ」
まずは壁の左端を蹴り上げだ。
同時に軸足の爪先でジャンプ。
軽く数メートル上までフワッと浮き上がる。
ジャンプの頂点で体を捻ると理力魔法で作った足場を蹴る。
「せいっ」
右端へと飛びながら水平蹴り。
壁の右端で再び作った足場で止まる。
ここから踵落とし。
「もう一丁」
着地からの下段回し蹴りは軸足を壁と平行にスライドさせながらだ。
「ラスト!」
最後に先程まで玉座があった場所を陣取り後ろ回し蹴りでフィニッシュ!
「ボゴォッ!」
切り抜かれた壁が城壁に向けて飛んで行った。
読んでくれてありがとう。




