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793 中にはまともな者もいる?

「すまんな、カーター。

 勝手に割り込みをかけてしまった」


「いや、こちらこそ済まない。

 途中でアレの発言を止めなかった私に非がある」


 カーターも既にバーコードはアレ呼ばわり。

 元王族として見る気にもなれないようだ。

 まあ、見た目だけなく中身まで品位の欠片もないことを自ら証明したからな。


「そもそもアレを交渉相手にしてしまったのが過ちだ」


 カーターの表情が曇る。

 王という肩書きだけで選んでしまったことを悔いているのだろう。


「しょうがないさ。

 あそこまで酷いとは誰も知らなかったからな。

 俺だってカーターの立場なら同じ選択をしたはずだ」


「しかしね」


 何かしら反論をしようとしていたカーターの唇が止まった。

 俺たちが向き合うように喋っている間に近づいてくる者が1人いたのだ。

 気付いてはいたが、相手にするのは俺ではないので無視していた。


 さすがにカーターはそういう訳にはいかない。

 故に近づいてきたオッサンの方へと向き直る。


「君は誰かな?

 見たところ相応の地位にはいるようだが」


 短く刈り込んだ髪と隙なく着こなした上物の服。

 謁見の間に集められた誰よりも上背がありガッシリした体格をしている。


「ネーラ・オルソ侯爵、この国の軍務大臣だ」


「宰相ではないんだね」


 カーターの問いかけにオルソ侯爵は振り返った。

 視線の先にはガタガタと震えている老人がいる。

 痩せてはいるが服装や装飾品の趣味はバーコードと変わらない。

 中身の方もそれだけで察することができてしまう。

 人は見かけによらぬものとは言うが、見かけ通りの輩も少なくはない。


「あそこにいるのが宰相だ」


 オルソ侯爵が指し示しても見えない聞こえないとばかりに震えるばかり。


「情けないことだがな」


 こちらに向き直ったオルソ侯爵が嘆息した。


「分かった。

 念のために聞くが、宰相以外にオルソ侯爵より地位の高い人間はいるかな」


「王族だけだ」


「じゃあ、いないね」


「本気で解体するのか」


 真剣な表情で問いかけている。

 抵抗するような素振りは見られない。


 淡々とした佇まいでいるし、なにより殺気がない。

 怒気すらも感じられない。

 あるのは諦観だけだろうか。

 それにしては目の奥に宿る光は失われていないが。


 何らかの目的を持って前に進み出てきたのは間違いない。


「おや、忠義を尽くして抗議でもするのかい?」


「いいや、忠誠心など欠片も残っていない」


 キッパリと言い切った。


『愛想が尽きたって感じだな』


 躊躇いを一切見せなかったのが何よりの証拠だ。

 そう思っているのはオルソ侯爵だけではないように見受けられた。


 まず、侯爵の発言を耳にして咎め立てる者がいない。

 それどころか同意すると言いたげな者たちの方が多数派である。

 わずかに眉をひそめるようにしているのは派手な服を着た連中ばかりだ。


『今まで旨い汁を吸ってきた上位貴族ってところか』


 今後の統治のために排除する必要がある。

 そういう輩の息がかかっている連中も含めてとなると大リストラになりそうだ。

 爵位の剥奪と呪いのコンボでまとめて処理することになるだろう。

 その前のリストラ判定で時間を食うからな。


 少しでも効率よく終わらせたいところである。

 全員まとめて処理できるなら楽なんだが、そうもいかない。

 このオルソ侯爵のような人物には残ってもらわないとな。

 でないと今後の統治で困ることになる。

 人手不足になるのは確実だし。


「そちらがどんな条件を出そうと受け入れるしかないのは承知しているつもりだ」


 オルソ侯爵の目に力がこもる。


「こちらの要望など通ることがないということもな」


 言っていることとは裏腹に鬼気迫る表情を見せるオルソ侯爵。

 何か要求したいことがあるのは誰の目にも明らかだ。


「そうでもないよ」


 あっさりと否定するカーター。

 が、オルソ侯爵の泣く子も黙らせそうな迫力ある雰囲気と顔にも動じた様子はなかった。


『聞こえていなかったかな』


「なっ!?」


 驚愕に目を見開くオルソ侯爵。

 そのまま固まってしまっている。

 どうやらワンテンポ遅れていただけのようだ。

 それだけ聞こえてきたことが衝撃的だったのだろう。


「王族の解体をなしにしろとか要求されても無理だけど」


 具体例を出したカーターの声を耳にしてオルソ侯爵は我に返った。


「そのような要求はしない。

 アレらには我らも手を焼かされた」


 バーコードの奴はとうとう自分の国の貴族にまでアレ呼ばわりされるようになったか。

 他の王族や宰相まで含まれているようだが、それは些細なことだろう。


「軍務大臣の職など無いも同然であったからな」


「つまりエーベネラント王国へ攻め込む命令を出したのは貴殿ではないと?」


「いや、それは私だ。

 命令を下す内容は王や宰相が子細まで決めていたがな」


「ああ、なるほど。

 逆らえない状況で定められた内容を指示するだけだった訳だ」


 オルソ侯爵は否定しなかった。


「だが、命令を下したのは私だ。

 責任がないとは言えない」


「ふんふん、それで?」


「撤退の命令は間違いなく出す。

 だから攻め込まないでいただきたい。

 できれば、ここにいる騎士や兵たちも助けてやってほしい」


『目的は助命嘆願だったか』


 ありがちだから可能性のひとつとして考えていた。

 こちらとしても受け入れやすい要求だ。


「いいよ」


 故にカーターも即答である。


「この要求が聞き入れてもらえるなら私の……」


 あまりにあっさりした返答にオルソ侯爵は何か条件を提示しようとしていたくらいだ。


「は?」


 聞き逃しはしなかったようだ。

 ただし、耳にした言葉が現実のものとは信じられなかったらしい。

 一瞬で大迫力な雰囲気が消し飛んでしまった。

 今は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「聞こえなかったのかな。

 いいって言ったんだよ」


「なんと……」


 呆然と立ち尽くすオルソ侯爵。

 やがて雑念を振り払うかのように頭を振ると話し始めた。


「我が国は帰国に宣戦布告した直後に開戦しようとしたのだ。

 それが実行されていれば一方的な結果になっていただろう」


「本気でそう思っているのかい?」


 カーターは問いで返す。

 それを受けてオルソ侯爵は視線を落とした。

 考え込むかと思ったが、すぐに項垂れる。


「そうであったな。

 これだけの精鋭をそろえられるのだ。

 敗走するのは我が国の方だろう」


 自嘲の笑みとともに前を向く。


「ますます代償が必要になるということか」


 オルソ侯爵の瞳は悟りを開いたかのように澄んでいた。


「私の首ひとつで償いきれるとも思わぬが……」


『おいおい』


 思わずツッコミを入れたくなった。

 物騒なことを言い始めましたよ、このオッサン。


「すまぬが他に差し出せるものがない。

 この無能な敗軍の将の命だけで勘弁ねがえぬか」


 オルソ侯爵が頭を下げようとしたところで何人かの騎士や兵が動こうとした。


 その気配を感じ取ったのだろう。

 オルソ侯爵は片手を横に突き出して彼らの動きを制した。

 後方に重さを感じさせる気を放ってさえいる。

 殺気ではないにも関わらず誰も動けなくなってしまった。


『なかなかやるなぁ』


 そうは思うのだが……


「誰かが責任を取らねばならぬのだ!」


 自分に酔っていないか、このオッサン。

 なんか力説しちゃっていますよ?

 カーターの方を見てみると肩をすくめて苦笑を返されてしまった。


「話の途中で悪いんだけどね」


 カーターがオルソ侯爵に声を掛ける。


「すまない、使者殿。

 なにとぞ了承していただきたい」


「いや、了承するしないの話じゃなくてね」


 話がずれていることを指摘しようとカーターが説明しようとするのだが。


「伏してお願いしたいっ」


 ガバッと頭を下げてしまった。


『あー、こりゃカーターの話を聞いてないな』


「この国は疲弊しきっているのだ」


「知ってるよ」


 カーターが短く応じてもオルソ侯爵の耳には届いていないようだ。


「恥ずかしい話だが、国全体が貧困に喘いでいる」


「だから戦争しようとしたんじゃないのかい?」


 今度は問いかけていた。

 それでもオルソ侯爵は返事をするのではなく己の話を続ける。


「金銭での解決は更なる負担を国民に強いることになってしまう」


「そんなこと求めてないよ」


 断言しているにもかかわらず、オルソ侯爵には届かない。

 騎士や兵たちの方が困惑しているくらいだ。

 互いに顔を見合わせたりアイコンタクトで意思の疎通をしたり。


 俺がそちらに目を向けているのに気付くと、何故か頭を下げられた。

 怯えているというよりは申し訳なさそうな雰囲気。

 上司の不始末を詫びているかのようだ。


「それだけは何としても避けたいのだ」


「言いたいことは分かったから人の話を聞いてくれないか」


 なかば諦めを感じさせる空気を漂わせつつカーターが言った。

 見れば「言うだけ無駄な気がするよ」と言いたげな目をしている。

 俺もそう思う。

 そしてそれは現実になる。


「この通りだっ」


 とうとうオルソ侯爵は土下座まで始めてしまった。


「どうしようか、ハルト殿」


 困り切った顔を見せるカーター。

 打開策が思いつかないようだ。

 それは俺も同じである。

 ここまで思い込み激しく自分の世界に没入されてしまうと、どうしようもない。


「オルソ侯爵だっけ?

 その処分を後回しにしたらどうだ。

 今のままじゃクールダウンはとてもじゃないが無理だ」


「待っている間に頭を冷やしてくれればいいんだけどね」


 果たしてどうなるやら……


読んでくれてありがとう。

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