786 正門前に降り立ったら誰得なことになった
どうにかカーターたちを誤魔化せたようだ。
落雷を立て続けに見て気が動転しているというのもあるかもしれない。
後で変だと思われる恐れはありそうだ。
まあ、その頃には俺たちの非常識ぶりに慣れているだろう。
ツッコミを入れてくるとは思えない。
「それじゃあ降りるとしようか」
「お待ちください」
爺さん公爵が待ったをかけてきた。
「何かあるのか?」
「この嵐の中を外に出るなど、危険極まりないではないですか」
真剣な表情で言ってくる。
どうやら道中の俺たちの会話は耳に入っていなかったようだ。
「心配はいらんよ」
「は?」
何を言っているのかと怪訝な表情を浮かべる爺さん公爵。
だが、俺は細かく説明はしない。
「ノエル」
「なに、ハル兄」
「結界を頼む。
範囲は輸送機の周りと王城の敷地内」
「分かった」
コクリと頷いて魔法を使う。
光の魔方陣の演出つきだが──
「こんなサービス、滅多にしないんだからね」
とは言わない。
それを言ったのはトモさんだ。
その間に王都の限定的な範囲だけが嵐の猛威から解放される。
「これは……」
言葉を失う爺さん公爵。
「いやぁ、さすがだねー」
「お1人でも、ここまでのことができるんですね」
叔父姪コンビは慣れてきたのか、さほど驚かない。
「じゃあ、降りるよ」
爺さん公爵がこれ以上ギャーギャー言わない間に終わらせることにした。
後部ハッチを開いて風魔法で皆を浮かせる。
で、サッと降下して終了。
結界のお陰で雨風の影響を受けずに正門前に降り立った。
「は?」
何が起こったのか理解できない様子でポカーン顔をさらしている爺さん公爵。
「叔父様、暗くて何も見えません」
「私もだ」
無理もない。
明るい場所から真っ暗な場所に来たのだ。
自分の目で対応できる俺たちと違うからな。
『これはマルチライトの出番だな』
そう思っている間に、周囲がほんのりと明るくなった。
数個に分散した弱い光を放つ光球が周囲に浮かんでいる。
『光量を絞った分、分割して補ったか』
間違いなくマルチライトだ。
誰かに先を越されてしまった。
「これで、どないや?」
「あ、見えます」
「すまない。
ありがとう」
「ええって、ええって」
アニスがマルチライトを使ったようだ。
そちらを見るとVサインつきでニカッと笑いかけてきた。
アイコンタクトで返しておく。
「そこは違うよ、アニス嬢」
問題があっただろうか。
トモさんがアニスに何かを指摘しようとしていた。
『この程度の光量なら、問題ないと思うんだけどな』
酷い嵐のせいで見張りなどは誰1人としていない。
門も窓も完全に閉ざしているため、誰かが目撃するとも思えないのだが。
台風クラスの嵐で窓を開けて外の様子を覗おうとか、バカのすることだと思う。
「なんや、明かりが多すぎたんか」
「そうではない」
「だったら何やねん」
「そこは「こんなサービス、滅多にせーへんねんで」だろう」
イントネーションのおかしな関西弁バージョンで先程の台詞を披露するトモさん。
「あー、はいはい」
アニスはジト目でトモさんを見たかと思うと軽く流していた。
「それで、ここからどうするのよ?」
レイナが門を親指で指し示している。
「入るに決まってるさ」
「いやいや、お待ちください」
慌てた様子で爺さん公爵が割って入ってきた。
「固く閉ざされた門を開けるにも、向こうを呼び出す必要がありましょう」
「えー、まさか嵐が過ぎ去るのを待つとか言うんじゃないよな?」
「それ以外に方法などないでしょう」
「あるよ」
「は?」
激しい思い込みがあったせいか、俺の返事に思考が追いつかないようだ。
「だから、この程度の門くらい開けるのは造作もないことなんだけど?」
「いやいやいやいや、おかしいでしょう」
喋るたびに「いや」が倍増していくのだろうか。
次で増やしてきたら魔法で眠ってもらおうかと思ったくらい、イラッとした。
何より、こちらの行動にいちいち干渉してきて面倒くさいったらありゃしない。
『やっぱり苦手だ、この爺さん』
誰か手綱を握っておいてほしいものだ。
そんな相手は1人しかいない。
どうにかならないかと、チラ見しようとした時である。
「おかしくないよ、カッツェ」
その相手であるカーターが間に入ってくれた。
以心伝心の少し上を行く感じで爽快感すら感じる。
「殿下……」
「ハルト殿ができると言ったんだ。
間違いなくできる。
それを遮るのは非礼というものだよ」
ハッと表情を変える。
やや顔色が悪い。
カーターに指摘されたからに他ならない。
「誠に申し訳ありませんでした」
こちらに向き直り深々と頭を下げてきた。
「気にしなくていい」
「いえ、ですが……」
あっさり終わらせたいのに引き下がる気配がない。
爺さん公爵からすると致命的な失態をしでかしたという認識のようだ。
「このような場合は抗議を受けても文句は言えません」
『そこまでかい』
他国の重鎮だから俺が直接どうこう言えないのは分かる。
だから、こういう時はカーターに抗議することになるのだということも。
「更には処罰を求められても拒むことはできないでしょう」
爺さん公爵の認識からすると、そのレベルの話のようだ。
思わずゲンナリさせられた。
『どうして、そう面倒くさい方へ持って行こうとするんだ』
小1時間は問い詰めたい気分である。
そんな時間はないがね。
「抗議はしないし、処罰も求めない」
面倒くさいからな。
「すべては使者としての役目を全うせんがためだろう?」
生真面目な爺さんには、こう言うのが最善手だろう。
これで自分を罰してくれとか言わなくなるはず。
俺はそう思っていたのだが……
顔を上げた爺さん公爵が唇を引き結び頬を強張らせていた。
何か我慢しているように見える。
『怒らせたのか?』
逆鱗に触れるようなことを言った覚えはないのだが。
でも、ブルブルと肩を振るわせているし。
ますます怒りを堪えているように見えてしまう。
宥めなければならないとか思うとゲンナリだ。
ただ、原因が分からないと宥めようがない。
俺の言ったことが原因なら、なあなあにしようとしたことに腹を立てたとか?
大事な仕事の上でのことだからこそ中途半端なことは許せないという考えだとしたら。
あるいは怒りを覚えるのも無理はないのかもしれない。
何処まで真面目なんだろうかと思ったところで、爺さん公爵が口を開いた。
「何と寛大な……」
『あるぇ?』
予想と違う反応だ。
「本当によろしいのですか?」
念を押すように確かめてくる爺さん公爵。
「いいに決まっている」
宥めなくていいなら楽ちんコースというものだ。
そう思った俺は甘かったと言わざるを得ない。
「まさしく王に二言なし……」
大袈裟なことを言いながら言葉を詰まらせる爺さん公爵である。
何か様子がおかしい。
「見事なお覚悟をお持ちで……」
言葉を続けながら震えているのだ。
「このカッツェ・ヒューゲル、感服いたしましたっ」
そこまで言い切ると顔を上げて目を閉じた。
両の目から涙が止めどなく溢れ出る。
感涙というやつだろうか。
なんにせよ懸命に泣くのを堪えていたが、ついに堪えきれなくなったようだ。
『堪えている間の姿が怒っているように見えたのか』
「……………」
予想外すぎて言葉がない。
あと、何処かで見たような光景だ。
カーターと再会した時もこんな感じじゃなかっただろうか。
ここが敵地じゃなかったら、嗚咽から号泣へのコンボが成立していたかもしれない。
『これがあるからなぁ……』
苦手なのに憎めない爺さんだ。
「あー、悪いけど呼ぶまで下がっててくれるか。
ヒューゲル卿の出番は最後の方にちゃんとあるから」
何か台無しにしている気がしなくもないが……
気にすると停滞している状況が進みそうにない。
故にスルーである。
爺さん公爵の方はフェーダ姫が引き受けてくれるようだ。
姫に支えられながら後ろの方に下がっていく。
「さて、それじゃあ中に入る訳だが」
俺はおもむろに門の前へと進み出る。
「まずはノックしておかないといけないよな?」
皆の方を振り返って問いかけた。
「あの、そんなに楽しそうなのはどうしてですか?」
リオンが聞いてきた。
「アレは楽しそうなんじゃないわね」
「せやせや、キレた時のハルトはんやで」
レイナとアニスがツッコミを入れている。
「そうなんですか!?」
驚いた表情で問い返すリオン。
だが、見ているのは姉であるレオーネの方だ。
頷きが返されると目を丸くしていた。
「どうなるんですか?」
今度は周りの妻組を見回している。
「城がひとつ消えるじゃろうな」
シヅカが呆れたような目を向けてくる。
「まさか、いきなりオープン・ザ・トレジャリーを使ったりはしないでしょう」
反論するのはクリスだ。
「それは最終的には使うと言っているようなものですよ」
冷静にツッコミを入れるエリス。
なんだか話が大きくなっているんだが。
「待て待て、ちょっと待て。
俺はノックしないといけないよなって言っただけだぞ」
言った瞬間、ミズホ組全員からジト目で見られた。
読んでくれてありがとう。




