784 嵐の中でも揺れません
「あが……」
爺さん公爵が大口を開けて固まってしまった。
「これは凄いねぇ」
「そうですねー」
カーターやフェーダ姫は慣れてきたお陰か目を見張る程度で済んでいるが。
特に凄いものを見せた訳ではない。
壁面モニターの映像をリアルタイムで加工しているだけだ。
「これって明るくするような魔法は使っていないよね?」
カーターが確認するかのように聞いてきた。
「ああ、そういう魔法は一切使っていない」
隠密行動するため夜に出発したのだ。
自分で明るくしては意味がないだろう。
「「おおー!」」
叔父姪コンビが互いに顔を見合わせて頷き合っていた。
楽しそうだ。
爺さん公爵には変化がない。
思考停止かそれに近いくらいの状態なんだろう。
「魔道具でそう見えるようにしている」
「そうなんだ」
「すごいですね」
どういう原理かなどの説明は省略した。
それでも突っ込んだ質問は来ない。
そこまで知りたいというほどの興味はないようだ。
魔道具だから、で納得してくれるのは実にありがたい。
取り込んだ外の視覚情報を云々とか説明するのは、できれば回避したいからね。
面倒だし。
そもそも西方の常識からは掛け離れている。
必要な知識の下地もないと言っていいだろう。
そんな状態では理解できるはずもない。
だからといって部外者相手にメモライズ系の魔法を使う気もない。
下手をすると、そちらに興味を持たれかねない。
「外は雨なんだね」
「嵐と言った方が良いのではありませんか、叔父様」
横方向の映像を見ていたフェーダ姫が言った。
「本当だ、森の木があんなに揺れている」
そこでカーターが何かに気付いたような顔をした。
「変じゃないか?」
「何がです?」
「あんなに木々が揺れているのに、この輸送機という乗り物はまるで揺れない」
訳が分からないと言いたげに困惑しているカーター。
「あっ、そうですね」
フェーダ姫は指摘を受けても単に驚いただけだった。
『もしかしてカーターよりも大物?』
そんなことを考えたりもした。
が、経験の差もあるだろう。
比較的自由があったらしいカーターは実体験もそれなりにあるはずだ。
少なくともフェーダ姫よりは多いだろう。
些か厄介な気はする。
先程は魔道具だからで誤魔化せたが、これは通じない恐れが出てきた。
「そのあたりは魔道具で調整している。
専門的な知識が必要になるから説明すると夜が明けても終わらんぞ」
面倒なことにならぬよう先手を打っておいた。
ウソも方便と思いかけたが、ウソではない。
魔道具で調整も説明で夜が明けるのも事実だ。
カーターたちには魔道具の知識が基礎の部分からないからな。
「そうなんだ」
「そうだったんですね」
2人が頷いている。
カーターは何か考え込む様子を見せながらではあるが。
「ここまでしなければならないのかい?」
そして疑問を口にした。
「過剰品質だって言いたいのかな?」
俺の問い返しにカーターは少し考え込んでしまった。
耳慣れない言葉だったのだろう。
だが、すぐに頷く。
「そういうことだね。
過剰だと思うよ」
どうもカーターと認識に差があるようだ。
「これだけの物を飛行させるだけでも並大抵ではないだろうに」
その口振りからすると──
「揺れを抑制する必要はない?」
と言いたいのかもしれない。
返答しだいでカーターが誤解しているかが分かるだろう。
「まるで必要ないとは言わないさ」
『ああ、やはり勘違いしているな』
それが確認できた俺は苦笑しそうになったが、我慢する。
「そうじゃないんだな」
「どういうことかな?」
何に対する言葉かが分からず戸惑った目を向けてくるカーター。
「魔道具に対する認識が根本から間違えているんだよ」
「え?」
「例えば普通の馬車なら揺れを抑えるために構造で工夫するんだが」
ここで一旦、止める。
カーターが頷いた。
「図面を見たことがある」
つまり、理解できるということだ。
なんとなく想像できれば充分だと思っていたのだが。
分かるなら都合がいい。
『知識の幅が広そうだな』
馬車の構造を詳しく知っているなど、西方中の王族を見てもカーターだけだろう。
「この輸送機はそういう構造の工夫もしている。
が、揺れは減らしているんじゃなく無くしているんだよ」
「え?」
「ここから先の話は魔道具の知識が必要だ。
が、魔道具っていうのは一般常識では考えられないことばかりなんだ。
揺れを減らそうとするより無くす方が効率的だったりするからね」
魔力コストとか術式の記述容量なんかがそうだ。
「そうなのか……」
カーターは再び考え込む仕草を見せた。
が、すぐに何か思い出したように俺の方を見てくる。
「いずれにしても、これだけの代物だと安い買い物ではないだろう?」
別の意味でもカーターは誤解していたようだ。
「これは誰かに作らせたんじゃなくて俺が作ったんだが」
「は?」
「自作で材料も自前で用意したからな。
ほとんど金はかかってないぞ」
「……………」
カーターは言葉を失っていた。
フェーダ姫の方を見るが、小首を傾げられてしまった。
「お金がかからないのはいいことですよね?」
「ああ」
「では、叔父様はどうして難しい顔をして考え込んでしまっているのでしょうか?」
「そこは人それぞれってことさ」
「はあ……」
「立場や経験によって見えてくるものが違うと言った方が分かり易いか」
「そういうものなんですね」
今度はフェーダ姫が考え込んでしまった。
「確かにハルト殿の言う通りかもしれない」
フェーダ姫との短いやり取りの間にカーターが復帰していたのだろう。
「私には経験……
いや、知識が足りないのだと思う」
「魔道具関連については必要ないぞ。
俺は趣味だから詳しいだけだし」
「趣味で、こんな凄いものを作ってしまうのかい?」
半ば呆れ気味に聞いてくる。
「実益もかねてはいるがね。
飛ばすだけなら趣味で良かったんだが。
大きくしたのも揺らさないようにしたのも実益の方だから」
「大きくするのは分かるよ。
輸送手段として有効だからね。
でも、揺らさないのはどうだろう。
そこまで重要だったのかい?」
なかなか、こだわる男である。
「輸送機はデリケートなものを運ぶことがあるからな」
カーターの表情に納得が見えない。
具体例が必要だろうか。
「見たはずだぞ。
馬を運んだだろう。
ああいう臆病な動物移送中の振動は厳禁だ」
「そう言えば、大人しく降りていた気がするな」
言われて初めて気が付くこともある。
「あとは壊れやすい食器類なんかも揺れない方がいい」
ダメ押しをしておいた。
「おお、そうだね」
ようやく合点がいったようで、カーターはしきりに頷いていた。
「だけど……」
「まだ何か疑問が?」
「ああ、いや……
向こうに着いた時のことだよ」
「着陸場所のことなら気にしなくていいぞ。
上空から飛んで降りるから心配いらない」
「それは逆に大変じゃないのかい?」
「もしかして外の荒れ模様のことを言っているのかな?」
「そうだよ」
「それについては心配いらない」
「もしかしてスケーレトロの王都は晴れているとか?」
盛大に勘違いしてくれるカーターである。
『カーターも天然の嫌いがあるよな』
どちらかというとフェーダ姫が担当な気がするのだが。
「そういうことじゃないよ。
荒れていても俺たちのいる場所だけ結界で覆えばいいって話」
「あー、そう言えばシノビマスターとの手合わせで……」
カーターも隠れ里にいた時のことを思い出したようだ。
「この程度なら、あそこまで強力なのは必要ないよ」
「どれだけ強力な結界を張っていたんだい!?」
カーターが目を丸くしている。
『しまった、やぶ蛇だ』
比較対象となる情報を与えてしまったのはミスだ。
喋りすぎると碌なことがない。
沈黙は金とは、よく言ったものである。
「あの時は相手の実力が未知数だったからな。
皆に怪我をさせる訳にも行かないし。
保険をかける意味合いもあって、かなり余裕を見ていたんだよ」
「……ああ、なるほど。
分かる気がするよ。
凄い戦いだったのにシノビマスターには余裕があったよね」
しみじみした様子で頷くカーター。
『アウフってところかな?』
ギリギリセーフとも言う。
なのに心安まる気がしない。
まあ、皆からの無言の圧力があるからだが。
余計なことを言うんじゃないの空気が凄い。
『反省させていただきます』
念話を使ったつもりはないがプレッシャーが和らいだ気がした。
到着する前からドッと疲れた気分である。
読んでくれてありがとう。




