779 カーター、思い新たに
「要するに戦争にならなきゃいいんだろ」
「何か良い策があるのかい?」
カーターが聞いてきた。
が、これは策と呼べるものではない。
「ちょっとズルい手だな」
「「「ズルい!?」」」
向こうの王族トリオが素っ頓狂な声を上げた。
拒絶反応があるのだろう。
人としては必要な感覚だと思う。
が、立場によっては目を瞑らねばならない時もある。
「カーター」
俺は呼びかけた。
あえて呼び捨てにして。
そこに複数の意味を込めたつもりだ。
既に俺たちは王という対等の立ち位置にいるのだと知らせるために。
王族としては充分でも王として足りないものがあると忠告するために。
王の自覚に不足はないかという問いかけをしたいがために。
「友人として忠告しておく」
威圧するようにカーターの目を見据える。
一瞬、気圧されそうになっていた。
それでも怯むのを堪えてカーターも見返してきた。
「なんだい?」
「君がこの国の王になるのはもはや必然だろう。
だが、今のままでは王の看板を背負い続けることはできないぞ」
この言葉に爺さん公爵が反応しかけた。
その瞬間、爺さん公爵だけに殺気を叩き込んで黙らせる。
反論を許すと脱線が長くなりそうだったのでね。
加減はしているので失神するほどじゃないはずだ。
『悪いが話は終わりじゃないんだよ』
「民を守れる王になりたいのなら敵には非情になれ。
スケーレトロ王国は国境近くに兵を集結させているぞ」
斥候型自動人形から入ってきた情報なので間違いない。
「宣戦布告と同時に進軍開始するつもりだろう。
それでも戦争回避のために粘り強く交渉をするつもりか?」
もはや話し合いで解決できる段階ではない。
現状で向こうに断念させるには力ずくで黙らせるしかないだろう。
「交渉は無理そうだね」
カーターが嘆息した。
爺さん公爵は苦り切った表情である。
戦争が避けられないことを理解したが故だろう。
「このまま戦争になれば被害は計り知れないが……
グズグズしていれば致命的なことになりかねない。
それこそ、エーベネラントの滅亡もあり得る訳だ」
決して大袈裟ではない。
俺たちが介入しなければ、違う未来があったはずだ。
骸骨野郎による王家断絶の道か。
あるいは潜入していた工作員たちが暗躍することで始まる侵略の道か。
いずれにせよ──
「俺がそんなことはさせない」
と断言した以上はエーベネラント王国の滅亡などあり得ない。
そのために自動人形たちを色々な場所に送り込んでいる。
敵国であるスケーレトロ王国だけでなく、この国の中にも。
【多重思考】でもう1人の俺を無数に呼び出して直接制御中である。
『スケーレトロの工作員を発見し処理した』
『了解、引き続き捜索を続行せよ』
『オーケー、任務を続行する』
先程からこれに似たような会話が何度も繰り返されていた。
既に数十人近くの工作員を発見しているからな。
この様子だと最終的には3桁以上のネズミを捕獲することになりそうである。
スケーレトロ側の本気度がうかがえるというものだ。
ちなみに処理の手順はそれなりにある。
まず周囲から見られないように光学迷彩と音声遮断。
次に眠らせて転送魔法で拉致。
場所は王城の地下牢である。
現状は利用されていないので、すぐに発見されることもないだろう。
さすがに目を覚ませば連中も動き出すとは思うが。
工作員たちは訓練を受けているだろうから最初は密かに脱出しようとするだろう。
が、王城の地下牢は何の道具もなしに脱出できるほど柔にはできていない。
万策尽きれば黙ってはいまい。
餓死はしたくないだろうしな。
大声で騒ぎ出すだろう。
故に、いずれは発見されることになる。
誰も気付かないようなら、奴らが餓死する前に気付かせるようにしておこう。
せっかくの証人だしな。
普通なら正直に喋りはしないだろう。
だが、連中は喋る。
転送後にウソがつけなくなり隠し事ができなくなる呪いをかけているからな。
後は他者に害意を持つと動かした体の部位に力が入らなくなり激痛が走るようにもした。
ただ、本気で悔い改めるなら呪いは解除するつもりだ。
中には人質を取られて無理やり工作員に仕立てられた者もいるかもしれないしな。
まあ、この一件が終わってからである。
このように俺が動き回っていることをカーターは知らない。
それでも俺の言葉を受けて笑みを浮かべた。
「ありがとう。
助かるよ。
でも、それに頼り切りじゃダメだね」
カーターが唇を引き結ぶ。
「私は決断しなければならない。
王になることを決めたつもりだったが違ったようだ」
そう言って上を仰ぎ見た。
「状況をただ受け入れただけだったんだな」
大きく息を吐き出した。
肩を落として再び前を見る。
「決意したつもりが流されていただけとは恥ずかしいよ」
自嘲の笑みを浮かべるカーター。
だが、その瞳の奥にスッキリしたものが感じられた。
思いを新たに決意し直したのだろう。
「叔父様……」
「大丈夫だよ」
案ずるフェーダ姫にカーターは頷きを見せた。
「ハルト殿」
初めてカーターが俺を名前で呼んだ。
今し方、俺がカーターを呼び捨てにした意味を理解してくれたようだ。
対等という意味では、殿は不要なのだが。
そこはカーターの人柄だろう。
俺のように、ぶっきらぼうな人間ではないからな。
「私は王になる」
静かに語る。
だが、責任の重さをその一言に乗せたかのような響きがあった。
「冷酷になれるかい?」
カーターの決意が本物であることを知らしめるために、あえて聞く。
爺さん公爵やフェーダ姫に聞かせるために。
「なろう」
即答だった。
爺さん公爵が息をのむ。
カーターのことをよく知るが故に。
その変化に驚きを禁じ得ないのだろう。
「今はならざるを得ない。
この戦争で犠牲は出るだろうが……
逃げることも目を背けることもしてはいけない」
フェーダ姫は黙って聞いていた。
その表情からは動揺も怒りも悲しみも感じられない。
だからこそ俺は彼女を強いと思った。
『カーターが決意するなら自分もってことか』
このお姫様がゲールウエザー王国に嫁いできたら大変だ。
王太子は尻に敷かれそうである。
まあ、そのあたりは俺の口出しすべき所ではない。
今の話題ともずれているしな。
「そこまで思い詰めると、疲れるだけだぞ。
場合によっては病気になりかねんからな」
「言ってることが無茶苦茶だよ、ハルト殿」
カーターがツッコミを入れながら苦笑していた。
「王なんて、そういうものさ」
うそぶいてみせる。
「誰よりも重い責任を背負って判断し決断する。
そんなことを繰り返して平然としていられるなら超人だよ」
この言葉に反論はなかった。
肯定はしづらいだろうが、理解できてしまうが故に否定もできないのだろう。
「長生きしたいなら責任なんて背負っちゃダメだ。
そこにあるものとして見るくらいが丁度いい」
暴論である。
だが、俺の中では真理でもある。
伝わりづらいようで皆の中では意味不明らしい。
更なる説明を求める視線が俺に集まっていた。
「こんなことを言うと、受け入れづらいかもしれんが」
そう前置きして俺は話し始めた。
「責任という情報を分析して最適な判断をするに留めろってことさ。
そこに感情を介在させてはいけない。
介在させると背負い込むことになってしまうからな。
それは責任感が強すぎる人間が陥りやすいミスだ。
程々で止められるなら多少は構わないが、それも量が重なるとダメだろう」
意外なことに爺さん公爵が頷いていた。
「責任感が強すぎると、思い詰めて変な判断をしかねませんからな」
過去の実例を知っているようで、しみじみと語る。
本人の体験なのか否かまでは不明であったが。
「まあ、先達の言葉だと思って頭の片隅にでも残しておいてくれればいいさ」
いますぐ受け入れられなくても、それは構わない。
カーターは王としては0歳児。
ハイハイしかできないような状態だ。
ならば見えぬことも分からぬこともある。
「分かった。
覚えておこう」
カーターはあっさり頷いた。
しかしながら納得した訳ではないだろう。
どうするかは先送りするつもりらしい。
「それよりも気になることがあるんだ」
「何かな」
「ハルト殿が言っていた戦争にならないズルい手のことだよ」
どうやら聞く気にはなったようだ。
「それに応える前に、いくつか確認しておきたいんだが」
「いいとも。
何だい?」
「スケーレトロについてだ」
一瞬だが、目をそらされた。
気のせいではない。
カーターの表情が気不味げだからな。
『まあ、予想できたことだ』
使者として送り出されるまで重要な仕事を任されたことがないと聞いていたし。
とはいえ、この場にいるのはカーターだけではない。
故に情報が得られないということはないだろう。
結果としてカーターが落ち込む恐れはあるが……
『仕方ないよな』
それよりも確認した結果次第ではカーターは決断を求められることになる。
俺が先程「冷酷になれるか?」と問うたのは、それもあってのことだ。
読んでくれてありがとう。




