761 想定内と想定外
すみません。
遅刻です。
「「「「「消えたぁ─────っ!?」」」」」
エーベネラント組の面々が叫んでいた。
『ハモってるなぁ……』
それだけではない。
離宮組の半数以上はへたり込んでいる。
その原因はシノビマスターだ。
ただし、その姿はここにはない。
エーベネラント組が叫んでいたように忽然と姿を消していたのだ。
彼らは水煙が晴れていく中で目を凝らしていた。
「ついさっきみたいに一瞬で何処かに移動したのか?」
「居ないぞっ」
「こっちもだ」
「隠れているのか?」
「何処にだよ?
もう人が隠れられるような煙はないぞ」
上を下への大騒ぎ……
それは言い過ぎかもしれない。
が、彼らの慌てぶりが普通でなかったことだけは確かだ。
どうやら俺たちが演じた最後の芝居は見逃されたか。
聞き逃されたという方が、より正しいのかもしれない。
結界内の広い範囲が水煙に覆われてしまったからな。
とにかく俺やシノビマスターをいち早く見つけようと躍起になっていたようだし。
目を凝らしたぶん、他への集中がカットされてしまった訳だ。
『もっと大きな声で別れの挨拶をしておいた方が良かったか』
さすがに大声なら聞き逃すことはなかっただろう。
それはそれで不自然ではあるが。
ならば魔法で音が皆に伝わるようにしておけば良かった。
だが、後悔先に立たず。
既にシノビマスターを演じた人形は俺の倉庫の中だ。
今更になって引っ張り出しては不自然だ。
挨拶を聞いた者もいるはずだしな。
「シノビマスターは何処に行った!?」
「分からんっ」
「そもそも、どうやって消えたんだ?」
「それも分からん」
「もしかして影の中にいるとか」
なかなか鋭いことを言うのがいる。
最後は倉庫に引っ込めたが、俺の背後に来た時はその手を使った。
忍法、影渡りの術。
影の中に潜って別の影から出てくる忍法である。
影の面より下が亜空間でつながっているのだ。
たとえて言うなら、氷で覆われた湖のようなイメージだろうか。
凍った湖面に開けた穴が影に相当する。
湖水の部分が亜空間という訳だ。
この亜空間は闇属性の影響を受けているので通常の亜空間より癖がある。
中に入ると水の中にいるかのような抵抗がある。
湖に例えたのも、そういう一面があるからだ。
ただ、呼吸は普通にできる。
今回のシノビマスターは人形なので関係ないけどな。
とにかく泳ぐように移動して背後に回った訳だ。
転送魔法のように一瞬で移動できないのは難点である。
影が見えている範囲しかつながらないことも、そうなるだろうか。
魔力コストを考えると転送魔法とさほど差はない。
故に、お得感はない。
人前で転送魔法を使う訳にはいかないので、カモフラージュには丁度いいのだけれど。
『まあ、闇魔法だと気付かれないんじゃ意味ないか』
「そんなバカなことがあるか」
「人間が薄っぺらくなれる訳がないだろう」
「そうじゃなくて魔法で影の中に入るんだよ。
そういう魔法があるって聞いたことがあるんだ」
魔法を感知したとかではなかったようだ。
知識として知っていたとは些か意外だった。
これが総長やナターシャであれば、そうでもなかったのだが。
まあ、知っていた相手が意外というだけだ。
結果だけを見れば、むしろ普通である。
『うちの面子以外に感知されたんなら異常事態だよ』
知っていたといっても、うろ覚えのようだし。
さして大きな影響はないだろう。
「いやいや、無理だって」
「どうしてそう言い切れるんだ」
「ヒガ陛下の部下たちが周囲を結界で覆ってるのを忘れたのか?」
「それは分かっているさ。
けどな、まさかヒガ陛下たちと同等の魔法が使える訳じゃないだろ。
だったら結界を突破して隠れ潜むくらいはできてもおかしくないと思うぞ」
「知らないからそんなことが言えるんだ」
嘆息しながら、そんな風に言ったのはカーターの使用人の1人だった。
『なるほどね。
色々と見せたからな』
それもインパクトのあるものばかり。
彼の常識は大きく覆ったのではないだろうか。
「なんだよ……」
使用人の言葉に離宮組の男は戸惑った様子を見せた。
「信じられないだろうけど、彼女らも凄いんだ」
「はあっ!? 冗談キツいぜ。
子供ばっかりじゃないか」
離宮組の男はそう言って笑い飛ばそうとしたが、できなかった。
使用人が真剣な目で見返していたからだ。
「見た目はそうだが中身はまるで違うんだよ」
溜め息をつきながら使用人が諭すように言った。
「そんなに……か?」
顔を引きつらせながら問う離宮組の男。
「ウソだと思うなら殿下の護衛をしている方たちに聞いてみるといいさ」
そう言われた離宮組の男は言葉を失うしかなかった。
その後はシノビマスターが去って行ったことが徐々に伝わり、騒ぎも沈静化していった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
手合わせのお陰で離宮組にも実力は示せたと思う。
そこまでは予想通りであった。
「やり過ぎた……」
今の俺が置かれている状況に対する理由である。
離宮組からは一定の距離を取られるようになってしまった。
フェーダ姫と話をする時は、何とか近寄ってくるものの……
誰が見ても分かるくらい震えていた。
『ドウシテコウナッタ?』
1人や2人ではない。
離宮組ほぼ全員である。
その中で強い数名はかろうじて震えずにいることができたが。
それでも顔色が悪いので怯えさせてしまっているのは間違いなかった。
「ハハハ、魔法をバンバン使うからだよ」
トモさんには笑いながら指摘される始末である。
「火魔法を連発している時に自制していれば、あるいは……」
などと追い打ちをかけてくるフェルト。
「それだと手合わせを見せた意味が無くなるだろ」
「しょうがないですよ。
トレードオフだと思いましょう」
「そうだよ、ハルさん。
下手にセーブしても似たような結果になってた気がするし」
「君ら夫婦は俺を落ち込ませたいのか励ましたいのか、どっちだね?」
「アハハ、申し訳ありません」
フェルトは素直に謝ってくれたのだが。
「両方?」
しれっと、そんなことを言い出すトモさん。
「なんでやねん!」
思わず関西弁でビシッとツッコミを入れてしまった。
ここまでがトモさんの計算である。
まあ、俺が慣れない関西弁を使ってくるのは予想外だったとは思うが。
とにかくトモさんは自らツッコミを入れられるように仕向けたのだ。
落ち込んでいる俺に空元気を出させるためにね。
無理やりでもテンションを上げれば切り替えられると踏んでのことだろう。
事実、そうだったから文句も言えやしない。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
俺がテンションを下げたり上げたりしている間はゲールウエザー組は遠慮してくれた。
その間に隠れ里の確認をしたりしているので無駄に時間を費やしたりはしていない。
そして、どうにか落ち着いた頃になってダニエルや総長たちの方から俺の元に来た。
「初めて見る者たちには刺激が強すぎましたな」
冗談めかして言ってくるダニエルは随分と慣れたように感じる。
お陰で指摘してほしくないことを言ってくれるようになった。
収穫ではあるが誤算でもある。
「慣れてもらわないとな」
何時までもふて腐れてはいられないので不機嫌に見えないように応じておく。
「お見事でございました」
「まさか、あそこまでの相手とは思いませんでした」
続いて声を掛けてきたのは総長とナターシャである。
「見事って程じゃないさ」
事前の細かな打ち合わせをせずに即興で自分と対戦だからな。
これが演武であるなら色々と穴はある。
逆に、だからこそ作り物めいた白々しさがなかったとは言える。
「シノビマスターはまだまだ本気じゃなかったし」
「それはヒガ陛下もでしょう」
クスクスと笑う総長。
「まあな」
もう少し本腰を入れておくべきだったか。
「やはり楽しみですね」
「何がだ?」
これから何日かは退屈な引きこもり生活なんだが。
「もちろん引退後のことですよ」
『忘れてなかったか……』
総長がうちに来るのは良いとしよう。
問題はナターシャである。
本当の血縁ではないがお婆ちゃん子な彼女は一緒に来ると主張。
逆に総長は自分の後継者としてゲールウエザー王国に残したいと考えている。
命令してまで残れと言っていたが、ナターシャは反発していた。
『先送りにしていたのになぁ……』
いや、隠れ里で話し合え的なことは言いましたよ。
それでも来て早々に蒸し返すと思わないだろ?
お陰で護衛騎士の面々などは、そろっと退避して行ってしまった。
これから派手にやり合うと気付いたからだろう。
総長はニコニコしているけれど……
ナターシャは表情が硬い。
第2ラウンド開始を意識していないのは総長だけのようだ。
「あー、ゴホンゴホン」
ここでダニエルが、わざとらしい咳をして己に注意を引き付ける。
「そのことだがな」
『火ぶたを切るのはアンタかよっ』
「ナターシャ・ホルストよ、好きにしていいぞ」
「「はあっ!?」」
素っ頓狂という言葉がこれほど似合う声はないと思う驚きっぷり。
俺とナターシャの2人分だ。
「どういうことだよ!?」
思わず当人ではない俺が聞いてしまったさ。
訳が分からん。
読んでくれてありがとう。




