756 シノビマスターと茶番劇のはずが……
臭いが気にならなくなったところで場所を変えることになった。
俺が用意している建物ではなく離宮の方へ招待される形である。
まあ、見知らぬ場所で見知らぬ建物に案内されるのは精神的な負担もあるだろう。
フェーダ姫の護衛たちは特に不安そうにしていたし。
彼らはシノビマスターを見ていないからね。
『あ、出すのを忘れてた』
思った以上に臭いの騒動が大変だったということか。
名も無き悪魔より手間がかかったかもしれない。
ともかくシノビマスターの人形をどのタイミングで出すかだが。
全員がそろっている今が最適だろう。
「それでは皆さん、御案内いたします」
フェーダ姫が離宮へと誘おうとした、その時である。
「何者だっ!?」
カーターの護衛騎士隊長が上を見上げて誰何した。
剣の柄に手をかけて腰を落としている様を見て彼の部下たちも同様の体勢を取った。
遅れてフェーダ姫の護衛たちも続く。
対してゲールウエザー組は上を見上げた瞬間に警戒を解いていた。
うちは言わずもがなである。
「カーター様、お下がりください!」
「フェーダ様も!」
エーベネラント組は離宮組も含めて慌ただしい。
彼らが見上げる離宮の屋根の上に1人の人影があった。
「現れたか」
ダニエルの声が重苦しい。
まあ、シノビマスターには散々引っかき回されたという思いがあるのだろう。
特に宰相補佐官の企みを潰した時は王城内へ容易く侵入されているし。
ジョージ・ギブソンの悪事を告発した時も同様にメモと証拠の日記を置いてきたし。
極めつけは、忍法影縛りの術で拘束したことだろうか。
正しくは闇属性の魔法なんだけど。
『ああ、王城の庭でひと暴れもしたな』
禿げ脳筋を手玉に取ったこともインパクトが強いかもしれない。
いずれにせよ、トラウマに近い状態なのかもな。
「あの方がシノビマスター様なのですね」
「はい、総長」
総長がナターシャに確認を取っていた。
『そう言えば、シノビマスターの話をしたことはあっても見たことはなかったんだっけ』
そのせいか妙にワクワクした目で見上げている。
相変わらず中身が若い。
などと感心している場合ではない。
エーベネラント組の緊張感が高まりきってしまっている。
その彼らの間を縫って俺は前に出た。
「こうして面と向かって会うのは久しぶりだな、シノビマスター」
人形に呼びかけるとエーベネラント組の面々がざわついた。
茶番の始まりだが芝居はキッチリとこなさねばならない。
【多重思考】でもう1人の俺を呼び出して人形を制御する。
まずは屋根から飛び降りることから始めよう。
「「「「「─────っ!?」」」」」
3階の屋根から飛び降りるとは思っていなかったのだろう。
エーベネラント組は声も出せないくらい呆気にとられている。
一方でゲールウエザー組の反応は違った。
最初は驚いたりもしたが、すぐに落ち着きを見せる。
『シノビマスターが飛ぶところを見せたことがあるからな』
故に音もなくふわりと爪先から着地したのを見ても然もありなんといった様子だった。
逆にエーベネラント組は──
「なっ!?」
「バカなっ」
「あの高さで……」
「音もなく降り立っただと!?」
「あり得ないっ」
などなどの反応を見せて混乱していた。
カーターも言葉を失う有様である。
唯一、フェーダ姫だけが納得がいったかのように軽く頷いていた。
姫に会いに行った時に誰にも気付かれなかった謎が解けたといったところだろうか。
「マタ会ッタナ、遥カ東ノ果テニ浮カブ島国ノ王ヨ」
俺の正面に立ったシノビマスターの言葉にエーベネラント組が動揺する。
「何がどうなってる?」
「知り合いみたいだぞ」
「あんな黒ずくめな奴とか?」
「だが、シノビマスターと言ってなかったか?」
「それってフェーダ様の仰っていた……」
「全身、黒の装束で顔も分からない謎の男だったか」
「見事に合致するが……」
「あんなのが神の使いだと言うのか?」
「「「「「……………」」」」」
さすがにフェーダ姫の証言を信じられないとは言えないようだ。
「どうするんだ?」
「どうもこうもあるか」
「何がなにやらサッパリ分からんのだぞ」
「とにかく我々はカーター様とフェーダ様をお守りするだけだ」
シノビマスターが突如現れたことで変化した状況が掴めずにいるようだ。
そのお陰で受け身の体勢に入っている。
想定していた反応の中では穏やかな方だ。
故にやりやすいと感じる。
彼らが受け身でいる間に茶番を進めて話を聞かせるだけでいいからな。
『状況が悪化しないうちに、さっさと進めるとしよう』
「で、用があるから来たんだろ」
俺の方から話を始める。
「イカニモ」
シノビマスターが頷いて答えた。
「コノ一件、黒幕ハ始末シタ。
ガ、マダ終ワッテオラヌ」
「あー、暗殺部隊が残ってるのか」
俺の言葉にカーターの護衛騎士たちに緊張が走る。
「ソレニ関シテハ心配無用。
かっつぇ・ひゅーげるナル公爵ガ討伐部隊ヲ出ス」
爺さん公爵の名が出るとカーターやフェーダ姫たちの間にどよめきが起きた。
俺はそちらを見てから向き直り──
「この国の人間が動くようだな?」
確認を取るように聞く。
「ソウダ」
「なら俺らが動くまでもないか。
ということは方がつくまで、ここで動くなってことか?」
「ソノ通リダ。
貴殿ラガ動クト向コウニ気取ラレル恐レガアル」
このやりとりを聞かせることでエーベネラント組を抑える根拠にする。
隠れ里から出せとか言い出すのが出てくるだろうし。
それなりの理由があればカーターも協力してくれるだろう。
「討伐が終わるまでとなると時間がかかりそうだが?」
「我ガ手ヲ貸ス。
討伐部隊ハ捕ラエルダケノ簡単ナ仕事ヲスルダケデ万事解決ダ」
「あー、アンタなら楽勝か。
とはいえ、公爵だけに任せるのを良しとするのかね」
言いながらカーターたちの方を見た。
「大丈夫だよ。
彼なら信用できる」
「叔父様の言う通りですね。
実直で筋を通される方です」
王族2人の太鼓判。
大丈夫だろうとは思っていたが、実際に返答をもらうまでは少しドキドキしていた。
『これなら上手くいく』
暴走する奴も出てこないだろう。
内心でホッと一息つく。
その後は互いに情報の擦り合わせとなった。
あれやこれやを話し合う。
最後の方になるとエーベネラント組の面々も落ち着きを取り戻していた。
「それじゃあ移動のタイミングはアンタが教えてくれるんだな」
「ソウダ」
「それにしても飛行機を使うのか」
離宮組を連れて行かなければならなくなった以上はしょうがない。
トレーラーやバスだと何台も必要になる。
輸送機で飛んでいくのと目立ち具合は変わらないだろう。
高度を保てば道中は騒がれないようにできるだけ輸送機の方がマシかもね。
いずれにせよゲールウエザー王国を出発した時には考えていなかった。
予定は未定とはいえ、想定外もいいところだ。
そういう空気を出しつつ、やり取りを継続させる。
「不満カ?」
「いいや、不満よりも心配がある」
「ホウ、ソレハ何カナ?」
「ヒューゲル公爵だっけ?」
カーターたちの方を見て確認を取る。
頷いて肯定された。
「いい年した爺さんなんだろ?」
再び首肯される。
「いきなり飛行機なんかで行ったら心臓麻痺とか起こさないか?」
「ソレニツイテハ我ガ責任ヲモッテ説明シテオコウ」
これで向こうの受け入れ体勢も整えられるだろう。
面倒なのでスリープメモライズを使うつもりだ。
『時間的な余裕はあるからな』
問題はシノビマスター側ではなく俺の方にある。
隠れ里での待ち時間だ。
皆が退屈するのは目に見えている。
『体を動かすのが仕事の面子が多いからなぁ』
ハマーの時のように将棋にハマってくれれば助かるけど。
これだけ人数がいれば、そうもいくまい。
それについては後で考えることにする。
「そういうことなら承知した」
互いに頷き合う。
これで予定していた茶番劇は終了だ。
シノビマスターにはドロンと消えてもらうつもりだった。
だが、番外編を行うことを決定。
それは何故かといえば、離宮組への牽制だろう。
彼らとは会ったばかりで俺のことは何も知らない訳だし。
今の茶番だけでは何かが足りないと感じたというのもある。
「ソウ言エバ、ヒトツ忘レテイタコトガアル」
「ん? この件で他に何かあるか?」
「ソウデハナイ。
前ニ約束シタダロウ」
「約束だって?」
我ながら白々しいが、これも後々のためと思って芝居を続ける。
「機会ガアレバ手合ワセ願オウト言ッタダロウ」
禿げ脳筋の時の話だ。
そんなに前の話でもないので少し考え込む振りをしてから答える。
「あー、思い出した。
なんだよ、ここでやろうってのか?」
俺がそう言うと、ゲールウエザー組が慌てだした。
「ちょっ、ヒガ陛下!
無茶を言わないでください!」
真っ先に抗議してきたのは護衛騎士隊長のダイアンだった。
彼女の部下たちも凄い勢いで首を縦に振って同意している。
「そうですぞっ」
ダニエルも必死な表情だ。
「2人が本気を出すには狭すぎでしょう」
悪いけど端っから本気を出すつもりはない。
それを言う訳にはいかないが。
「人的被害が出てしまうではないですかっ」
酷い言われようである。
そのままやれば、確かにその通りなんだけど。
読んでくれてありがとう。