755 匂い消しをしようと思ったら授業になった
少しずつ様子を見ながら離宮組からニンニクの臭気を抜いていく。
そうすることで臭いが許容できる状態にした。
「あの、これで本当に……?」
フェーダ姫が聞いてきた。
周囲の者たちが首を傾げているので不安になったのだろう。
強烈な臭気はなくなったが、まだまだ臭いは強く残っている。
「まだ終わりじゃない。
人はそれで良くても周囲に染みついた臭いが残っているからな」
「ああ、そうなのですね」
俺の返事を受けて落胆するフェーダ姫。
そのガックリぶりは予想外だった。
いや、体調不良を起こしうることを考えれば普通なのかもしれないが。
今の状態はそういうものではない。
「どうした?」
故に疑問が口をついて出る。
「どうお詫びすればいいものかと……
染みついた臭いが抜けるまで皆さんに迷惑をかけるなんて耐えられません」
『あー、そう考えちゃうかー』
最初に否定的な話を聞かせたのが良くなかったようだ。
その前に何人もの犠牲者が出ていたことも尾を引いていると思われる。
「ヒガ陛下、どうにかできないものでしょうか」
そんなフェーダ姫の様子を痛ましく感じたのだろう。
総長が懇願してきた。
「慌てるな。
何事も順番だ。
俺は不可能だとは言ってないぞ」
「ああ、そうでした」
それだけで楽観したのか、総長の表情から重苦しいものが抜けていく。
「ジョイス殿?」
あまりの切り替わりぶりにカーターが目を白黒させている。
「カーター殿下、御心配なく」
またしてもドヤ顔の総長である。
「ヒガ陛下は我々など及びもつかない魔法の大家です。
精通しているのは戦いや治癒で用いられる魔法だけではありませんよ」
何だか、こそばゆい。
ヨイショしてゴマをすろうという意図が感じられないが故に居心地の悪さを感じるのだ。
それを助長するのがコクコクコクコクとしきりに頷くナターシャである。
素直に感動しているカーターとフェーダ姫も気恥ずかしさを増幅してくれる訳で。
『勘弁してくれ~』
そう言いたいところだが、言うに言えない。
余計に持ち上げられそうな気がするからだ。
ここはスルーで通すに限ると判断し、話を進めることにした。
「総長」
「はい、なんでしょうか?」
指名した上で話題を変えれば、無視して話を続けようとはすまい。
「総長なら衣類に染み付いた臭いをどう落とす」
「簡単なものなら生活魔法の洗浄でしょうか。
ただ、今回の場合だとそれでは効果も薄いでしょう。
臭いのない服に着替えるのが良いのではないでしょうか」
総長の返答にフェーダ姫が再び落胆する。
「姫が置かれていた状況では難しいな。
すべての着るものに臭いが染みついてしまっているだろう」
ションボリしているのが何よりの証拠だ。
「それは……
そうでしたね」
指摘を受けて、すぐにハッとした表情を見せる総長。
「浅はかでした」
やや苦しげな様子で溜め息をつく。
「そうなりますと何度も洗浄の魔法を使うしかないのでは?
一度では消えなくても何度も洗えば臭いも落ちていくかと」
「それでも完全には落とせないだろうな。
あと、何度も洗浄をかけると服も傷んでしまうのが難点だ」
ここまで強烈に染みついてしまうと完全に落とすのは難しい。
「では他に方法があるのですね」
「分解の魔法を使う」
「「「「ええっ!?」」」」
俺が提示した答えに驚いたのは総長だけではなかった。
ナターシャも同様に唖然とした表情となっている。
そして魔法には詳しくないであろうカーターやフェーダ姫までもが驚いていた。
「分解なんて使ったら服がなくなってしまうんじゃないのかい?」
「そ、そうです」
カーターの意見に同意するフェーダ姫は恥ずかしそうに頬を染めている。
自分の着ている服が消えて無くなるのを想像してしまったようだ。
『一国の王女相手にそんな真似しないよ』
その言葉はとりあえず内心だけに留めておいた。
過剰反応されても困るし、気付かぬ振りをしておく方が無難だ。
黙っていれば余計な火種にならずに済むだろう。
とにかく素人の発想はこんな感じである。
「服を分解するのではないですよね。
まさか、臭いを分解することができるのですか!?」
驚きながら推論を口にしたのはナターシャだった。
「そうとしか考えられないでしょうね」
そのまま考え込んでしまうのかと思うほど真剣な表情で総長がそれを肯定した。
「でも、臭いを消滅させるなんて……」
ナターシャは困惑気味である。
「可能なのかい、ヒガ陛下?」
2人のやり取りを見ていたカーターが聞いてくる。
「ああ、臭いを分解するのは不可能じゃない」
制御能力がどうこう言う以前に、どういうものであるか認識しているか否かの差だ。
「でっ、でも、臭いなんて目に見えないものですよ!?」
動揺しつつもナターシャが疑問を口にする。
「見えないから存在しないと考えるのはおかしくないか?」
「えっ!?」
「人の目なんて大したことはないのさ。
目には見えなくても存在するものなどいくらでもある」
「どういうことですか!?」
ナターシャは驚きっぱなしである。
総長もそれに近い形かと思ったが違った。
興味深げに目を輝かせながら俺の話を聞いている。
「目には見えない細かなものが世の中には存在するんだよ」
「ある訳が……」
「あるんだよ。
例えば煙なんかは視認できるが、凄く細かいモノの集まりだな」
「煙が、ですか?」
怪訝な表情で聞いてくるナターシャ。
「煙は目に見えるだろ?」
確認するように問うと、躊躇いがちに頷きが返された。
質問の意図が分からないからだろう。
「では、煙を構成するモノは何だ?」
更に困惑の色を濃くするナターシャは答えられずにいる。
「それじゃあ他のモノで考えようか」
「はあ……」
「砂場で走ると砂煙が上がるだろう。
アレの正体は何だと思う?」
「もしかして砂……ですか?」
「そう、もしかしなくても砂なんだよ。
砂粒が目に見えないほど細かくなったものだな。
煙のように見えるのは、それらが視認できるくらい大量に集まっているからだ」
「じゃあ、煙も……」
「御明察だ」
「ということは──」
ここで話を聞いているだけだった総長が会話に入ってきた。
「臭いはもっと小さいということでしょうか。
どれだけ沢山集まっても目で見ることができないくらいに」
その推論にギョッとした3組の視線が集まる。
「そんなことが……」
あるとは思えないとナターシャが言えないのは総長の発言だからだ。
「本当にそんなことが!?」
カーターも驚いたまま固まってしまっている。
フェーダ姫などは絶句状態だ。
思った以上に衝撃を受けたらしい。
「信じ難いよな。
それを証明しよう」
「「「どうやって!?」」」
総長以外の3人が一斉に目を見開いて俺の方を見た。
「今から臭いに対してのみ分解の魔法を使う。
分解の魔法は存在しないものには無効だ。
目標を認識しないと使えない魔法だからな。
が、存在するなら発動し魔力を消費する」
「魔法が発動したかの判定は私にお任せください」
総長が名乗りを上げた。
「そりゃ助かる」
「いえいえ、魔力を感知するだけですから」
「じゃあ頼むわ」
「お任せください!」
ニッコリと微笑んだ総長はやる気満々である。
そこに水を差すようで悪いのだが、実行するのは俺ではない。
「子供組、集合」
特に声を張ることなく少し離れた場所で待機していた子供組を呼んだ。
いつものようにシュバッと参上……はしない。
軽い駆け足で集まった。
急に現れたりして部外者を驚かせないようにと配慮してのことだ。
キビキビした動きで整列しビシッと敬礼を決める子供組。
その練度の程を分かっていないフェーダ姫が唖然としていた。
見た目は幼女だからな。
初見じゃしょうがないだろう。
だが、フォローはしない。
この先も驚くものを目撃することになるからだ。
正確には鼻で感じると言うべきか。
「諸君に任務を与える」
俺がそう言うと子供組の雰囲気がガラッと変化した。
今にもワクワクと言い出しそうな目をしている。
『どんだけ退屈してたんだよ』
「今から臭い消しのために分解の魔法を使ってもらう。
1人はここに残って、フェーダ姫の衣服についた臭いを担当。
他は臭いのする場所を手分けして片っ端から魔法をかけていくこと」
任務の内容を説明し「以上」と言うと、瞬時に円陣を組んだ。
ボソボソと話し合っている。
そのうち円陣の中で超高速のジャンケンが始まった。
あまりに速過ぎて俺以外には何をしているのかが見えない。
結果、残ったのはシェリーだった。
他の面子は離宮組や離宮の方へと駆けていく。
立ち止まらずに走りながら分解の魔法を使っているようだ。
『自重しろって言うの、忘れてた』
今更、止められないので見なかったことにする。
そして嘆息しながら振り返ると……
「あ」
こちらも完了していた。
『合図をしたら始めるように言うのを忘れてた』
キラキラした瞳で見上げられると「待機していてほしかった」なんて言えない。
シェリーの頭を撫でながら総長の方を見ると苦笑が返される。
「魔法が発動していましたね。
さすがはヒガ陛下のお弟子さんです」
その一言で俺は安堵し、カーターたちは我に返った。
「フェーダ、臭いがしないよ」
「えっ!?」
驚きながら指摘するカーターの言葉を聞いて目を見開くフェーダ姫。
そして恐る恐る自分の袖に鼻を近づける。
「本当だわ……」
そう呟くと呆然として固まってしまうフェーダ姫。
にわかには信じられなかったのだろう。
その後、彼女が復帰するまでの間に子供組が帰ってきたのは言うまでもない。
『やっぱり、途中からでも自重するように言っときゃ良かった』
後悔しても後の祭りである。
読んでくれてありがとう。




