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749 リクエストが終わっても寝られるとは限らない

『ハルトくんは何を望むのかしら?』


 ベリルママが念のためにといった感じで聞いてくる。


『そうですねー』


 顎に手を当てて少し考え込む振りをした。

 結論は先に出てしまっているのでポーズでしかない。


 だが、途中からテレビ電話に切り替わっているので意味があったりする。

 お互いの様子がよく分かるのだ。

 俺は横になって目を閉じているだけだがね。

 向こうは四畳半の畳部屋でラソル様がちゃぶ台に向かって事務作業をしている。


『フォローをしてもらったのに感謝しないのは良くないですよね』


 同意するように激しく頷くラソル様。

 発言権は与えられていないらしく赤いバツ印が貼り付けられたマスクをしている。

 そして警策を手にしたルディア様にビシバシと叩かれた。


 質問などが無い限り、発言に相当する仕草をすることも許されないようだ。

 グネグネと体を身悶えさせている姿がMっぽく見える。


 気持ち悪いけど、芝居でないという保証がない。

 捕まった直後ほど脱走に最適なタイミングはないとも言えるし。

 よく分からないので余計なことは言わない。

 触らぬ亜神に脱走なしである。


『あら、感謝は言葉だけで充分よ』


 ニッコリ微笑むベリルママ。

 ただし目は笑っていない。

 怖い、実に怖い。

 本当に怖いので2回言ってみました。


『そういう訳にもいかないでしょう』


 俺も笑みを浮かべた。

 いかにも悪巧みしてますよ的な感じで。


『律儀なのねぇ。

 ルディアちゃんみたい』


 俺の意図は伝わったらしく、今度は止められなかった。


『いやあ、本当にお世話になっていますし』


 更に笑みを深くする。

 作業中のラソル様がブルッと身を震わせた。

 こちらの嫌みがプレッシャーになったようだ。

 ちょっとだけ溜飲が下がった気がする。


『今回もまた色々と奔走していただいたようですから』


『そうねぇ、連れ帰るのがちょっと大変だったかしら』


 ラソル様がガタガタと振るえ始めた。

 ベリルママが冷たい目で笑みを浮かべたままチラ見したからだろう。

 ルディア様は我関せずと視線をそらして嘆息していた。

 仕方がないとは思うけどね。

 脱走した上にやらかしてるんだし。


『ああ、それはいけませんね。

 さぞかしラソル様もお疲れでしょう。

 でしたら、せめて体を動かす罰が地味な作業の罰になるようにしてあげてください』


『それは素晴らしい提案ね』


 ベリルママは手を叩いてニッコリと微笑んだ。

 ラソル様は無言で固まっている。


 そりゃそうだ。

 ジッとしているのが苦手なラソル様である。

 デスクワークが増やされれば絶望のひとつもするだろう。

 マスクをしているために表情は読み取れないけどさ。


 それでも雰囲気で分かることもある。

 全体的にガックリしているように感じるのは気のせいではないはずだ。

 肩は力なく落ちているし。

 何処か遠くを見つめるような姿勢をしているし。


 あと、目に光がないのが決定的だ。

 マスクを取ったら無表情だと思われる。

 そんなに嫌ならイタズラしなきゃいいのにね。


 まあ、ほとぼりが冷めたら再犯するのは確定的なんだけど。

 今回は冷めてもいないのに脱走してまでやらかしたし。

 当面は静かになるだろう。

 なると思いたい……

 なるよね?



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 脳内スマホでの電話も終了した。


『ようやく寝られる』


 安堵の溜め息が漏れそうになった。

 それくらい精神的な負荷がかかっていた訳だ。


 そのせいか横になっているのに目が冴えてしまっている。

 眠りにつくまで時間がかかりそうだ。

 こういうのもイタズラで楽しむ範疇にされている気がする。

 そう思うとイラッとするところだが、少しは反撃できたのであまり気にならない。


『明日も忙しくなるし、早く寝ないとなー』


 なんて考えていたら室内の気配に変化があった。

 何事かと思ったら子供組である。

 起き出してきて無造作に近寄ってきた。

 寝ぼけ眼で俺にくっついてくる。


『はあっ!? どういうことだよ?』


 両腕にしがみついたのはルーシーとシェリー。

 同様に両脚にはハッピーとチー。

 そしてミーニャが俺の頭を抱え込む。

 窒息するような体勢じゃないからいいんだけどさ。


『君ら真夏って自覚はあるのかい?』


 起きていたら、きっとそう聞いていたはずだ。

 ハッキリ言って暑苦しい。

 当の彼女たちは幸せそうな顔をして眠り始めてしまったけれど。


『何なんだ?』


 困惑すること数秒。

 ひとつ思い当たることがあった。

 この体勢、起きている時に「おかえり」の挨拶をされた時とそっくりなのだ。


『マジか……』


 子供組は俺が身代わりと入れ替わったことを本能的に察知していたのだろう。

 帰ってきて俺がピリピリした空気を発しなくなったところで安心して挨拶に来た。

 おそらくは、そういうことだ。

 問題は寝ぼけたままだから、挨拶してそのまま寝落ちしたことだろう。


『安眠妨害テロかよ』


 もちろん冗談だ。

 そんな意図はないのは分かっちゃいるからね。


 まあ、そう言いたくなるくらいの暑苦しさなんだ。

 うちの城と違って空調は効いていないし。

 本来は熱を放出する体の末端部が天然のカイロに埋め尽くされているし。


 日本人だった頃なら蒸し暑さに拷問を受けている気分を味わったことだろう。

 あるいは修行僧の苦行か。

 エルダーヒューマンとして生まれ変わった体なら、そこまでは言わないが。

 快適でないことは確かだ。


『起こすのは、かわいそうだし……』


 ただ、このままだと動くに動けない。

 俺が動けば子供組が目を覚ましかねないからな。

 本人たちが寝苦しさに目を覚ますのは仕方がないとは思うけど。

 消極的だが、その形で気付いて離れてくれるまで待つしかなさそうだ。


『朝まで無理だろうなぁ』


 皆きっと気付かずに寝続けるだろうという確信がある。

 そう思う理由は簡単だ。

 魔法で少しでも暑苦しい状況を解消するためである。

 風魔法で熱がこもらないように調整。


 ただし冷やす訳にはいかない。

 子供組の体が冷えすぎてしまって不快になっては意味がないからだ。

 間違いなく目を覚ましてしまうだろう。


 そうでなかったとしても懸念事項がある。

 もっと強くしがみつかれる恐れが出てきてしまうのだ。

 結果的に逆効果になってしまう訳だ。


『蒸し蒸し地獄がパワーアップとかシャレにならん』


 そんな訳で、ギリギリを見極めて風や室温を調整する。

 俺自身が寝てからも調整は必要になるだろう。


 が、それについては不安に思うことはない。

 この程度であれば睡眠中でも無意識に調整が可能だからだ。

 もう1人の俺を【多重思考】で呼び出して頼む必要さえない。

 もっと言えば【魔導の神髄】に頼るまでもなかったりする。


 これで皆は快適だ。

 俺だけは放熱する部分が残されていないために耐えなければならないが。


『眠れるだけマシだと思うしかないな』


 こうして俺は不快指数が高めの夜を過ごすことになってしまった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 結局、眠ることはできなかった。

 真夏の生きたカイロのせいではない。

 子供組を起こしてはいけないと微動だにできなかったからだ。


 横になるだけでも充分に精神的な疲労を抜くことはできたけど。

 代わりにモヤッとしたものが残ったさ。


『さすがに、これはラソル様のせいじゃないからなぁ』


 誰かに文句を言いたいところだが、その相手がいない。


 しょうがないので朝食のメニューを考えることで気を紛らわせたさ。

 年寄りがいるから朝からガッツリしたものは回避すべきだろうし。


『米が続くとパンに慣れた西方人には合わないかも?』


 などと考えたりする。

 だからといってツアー旅行でありがちな和洋を選択できるホテルの朝食はパスだ。

 作る前にどちらにするか聞くのが面倒くさい。

 おまけに献立の内容が倍ほどになって手間が増えてしまう。


『色々と振り回された気分だから簡単なのがいいか』


 洋食で簡単なものというとファストフードだろう。

 真っ先に思い浮かんだのがハンバーガーだ。

 どちらかというとガッツリ系の気もするので保留だ。


 次がホットドッグ。

 これも保留だが、せっかくなのでハンバーガーと合わせて昼食に使おう。

 もしかすると気が変わるかもしれないが。


 で、次に思いついたのはドーナツだ。

 どう考えても、おやつの類だろう。

 カロリーもあるし飯代わりにしてしまう者もいるだろうけどな。


『何処かのタイミングで間食にするかデザートにしてもいいかもしれんな』


 いずれにしても重めだから朝食で使うことはない。


 そして、サンドイッチが俺の頭の中を占拠した。

 朝食はこれしかないとばかりに、次々と思い浮かぶ。


 まずはオーソドックスに卵。

 うちの国民に受けがいいのはマヨネーズ味である。

 サウザンドアイランドソースはそこそこだけど、マヨネーズには及ばない。

 ケチャップは不人気だが卵との相性を考えると仕方がないように思う。


 続いてハム系。

 ハム単品もあるが、レタスやキュウリと一緒に挟んだものは根強い人気がある。

 後はトマトや芋サラもハムのお供に好まれるな。

 これらの野菜は単品でもサンドイッチの具材になる。


 ツナマヨも捨てがたい。

 割とカロリーは高いが、ガッツリした感じがしないのが朝食向きだと思う。


 デザート代わりにフルーツ系のサンドイッチも入れるべきか。

 イチゴにバナナは基本だろう。

 ホイップクリームをたっぷり使うのはデフォルトだ。

 缶詰でシロップに浸かっていたパイナップルやミカン、桃なんかもいける。


『これだけでかなり食べられそうだけど』


 たぶん最初から出しておかないと苦情が出るだろう。

 デザートのつもりなのに一部の者には最初からそればかり食べられそうな気がする。

 栄養が偏りそうな気がするが毎回って訳じゃないし大丈夫だろう。


読んでくれてありがとう。

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