741 逃がす訳がない
目の前で押し潰されている道化師を残しておいたのには理由がある。
「逃ゲタクテモ逃ゲラレナイ気分ハドウダ?」
「……………」
返事はない。
「道化師ノぼでぃニ逃ゲ込ンダノハ分カッテイルゾ」
「……………」
やはり返事はない。
『我慢強いな』
ブラフを疑っているのかもしれない。
チャンスにかける執念がそうさせているとも考えられるが。
いずれにせよ、俺は悪魔がそこに居ることを知っている。
確信するとかではなく知っているのだ。
奴は上手く偽装したつもりのようだが空間魔法で短距離転送したのは感知している。
『俺のこと舐めすぎだろ』
本体を攻撃された時点で色々とバレていると思わないのだろうか。
どうやって道化師を操っていたのかも。
有効かどうかは別にして逃走手段を残していることも。
『まさかと思うけど自分の空間魔法を制御する腕に酔ってるんじゃないだろうな?』
確かに、空間魔法を使って道化師を操る制御技術は見事なものだった。
まず、道化師の体内に空間魔法で接続ポイントをセット。
魔道具として用意すれば楽なところをそうはしなかったのがひとつ目の見所である。
定点でないが故に自在に場所を変更できるからだ。
『接続ポイントを破壊されても即座に対応できたはず』
破損個所にセットすることもできるし。
欠損で失われても、わずかな時間で別の接続ポイントを設定することもできる。
『奴の反応速度ならな』
魔道具が複雑化すれば再生するとしても余分に魔力を消費してしまうし。
再生時間にも影響する。
無駄がないという点でも、この方法を選択したのは正解だ。
その分、制御力は要求される訳だが。
『あの回避を見せられると必要ないように思えるかもしれないが……』
自分が用心深いと思っているであろう奴の性格の表れだろうから、そこはスルーだ。
見るべき点は他にもある。
接続ポイントを常時ランダムで変更していたことがふたつ目の見所だ。
これも制御力は要求される。
それでも空間魔法を使っていることがバレにくいという利点がある。
その正体や戦い方を知らない相手には特に有効だ。
『違和感を感じても掴み所がないだろうからな』
用心深いとも言えるし、臆病だとも言える。
バトルジャンキーでもないなら臆病なくらいで丁度いいと俺は思う。
『迂闊な奴が早死にするんだよ』
そういう意味では、コイツは迂闊だと言える。
お決まりのパターンを盲目的に実行し続けたのが敗因だ。
用心深くいつもの行動をしているつもり。
油断せず相手の動きに対応しているつもり。
でも、そこに胡座をかいてしまったことに気が付いていなかった。
俺が何処まで対応できるのか。
そして、正体に気付く恐れがないのか。
そのあたりは完全に見落としていた。
自信があるからこそ見ていなかったと言うべきかもしれない。
己の根幹となる能力を見破られるとは夢にも思わなかったのだろう。
奴の奥底には驕りという名の自負があったはずだ。
空間魔法で距離に関係なく道化師を操り人形にしていることに誰が気付くのかと。
距離がないということはタイムラグがないということだ。
『だからこそ、あの回避につながったんだよな』
それはみっつ目の見所だ。
とても人形を操っているようには見えない。
だからこそ普通は道化師が操り人形とは思われない訳だ。
接続ポイントの用心深さと組み合わせれば、答えに辿り着ける者はそういないだろう。
故に慢心し隙が生まれてしまう。
そこから切り札とも言うべき逃亡手段を見切られる恐れがあることに気付かぬとは。
『それこそが敵を侮っている証拠だよ』
見切られた時には総崩れになりかねないというのに。
そう、まだ本当の意味では終わっていない。
道化師の中に封じ込めただけだ。
悪魔の霊体が潜む魔道具を骸骨野郎の抜け殻ごと消したなら逃げ道はそこしかない。
逃げ込む前にチマチマと偽装していたからな。
霊体を魔力で覆い聖炎に対抗。
悪魔の本体である霊体をしばらく守る役に立ったようだ。
更に瘴気で包んだことで燃えつき時の偽装に使ったことには気付いていた。
『聖炎だと瘴気は派手に燃えるからな』
魔力で対抗しつつ転送ポイントのある道化師のボディへと逃げ込んだ。
接続ポイントがあるのはそこだけだからだ。
そして結界の外には転送できない。
『俺の結界の中だからな』
これでも実は結界内では転送魔法が使えるようにしていたのだが。
奴のシャドウコフィンだとかいう技からも転送魔法で抜け出している。
2回も使っておいて見切れなかったのは、やはり慢心があったからだろう。
奴は俺が空間魔法を使えるはずがないと思っていたようだ。
『最初にヒントを与えているのにな』
離宮を跡形もなく消していることを失念していたのは致命的なミスと言えるだろう。
『目先のことにしか警戒しないからそうなる』
現在の奴は逃げ込んだ瞬間に結界で覆ったことで何処にも逃げられない状態だ。
俺がトドメを刺すために結界を解く瞬間を待っているはず。
外部に転送ポイントがあれば一か八かで逃げられるかもと考えているに違いない。
『俺の魔法制御を舐めてもらっちゃ困るな』
それについてはあえて言及しない。
声が届くようにしている時点で気付いても良さそうなものだが。
「我ガ結界ニヨリ外ノコトハ分カラヌダロウカラ教エテヤロウ」
わざと間を置くが……
「……………」
悪魔の返事も催促も無い。
ここで喋れば逃げるための可能性を下げてしまうと考えているのだろう。
「貴様ノ逃亡先ハ、スベテ消シ去ッタ」
骸骨野郎が管理していた魔道具の数々のことだ。
アレらには外部転送用の接続ポイントが設定されていた。
だからこそ先に破壊したのだ。
万が一、奴が結界を突破した場合であっても視線の届く範囲しか転送できないように。
「モハヤ何処ニモ逃レルコトハデキヌ」
「……………」
やはり声を発することはない。
ペシャンコだから喋ることができない、訳ではない。
戦っている最中は、どんな形状になっても流暢に喋っていたのだから。
重力魔法の影響もない。
結界で覆った時点で解除しているから。
「デハ、ソロソロ終ワリニシヨウ」
俺は分厚い氷の板ごと覆っていた結界を解除した。
次の瞬間──
「ドゴォッ!」
結界による補強を失った氷が粉々に破壊された。
派手に大小の破片を飛び散らす。
「油断したな、神の戦士めっ!」
道化師が真上にジャンプした。
破片を利用して射線が通らぬようにしている。
なおかつ影を幾つも撃ち出してきた。
氷の後ろに隠したり、大きく曲げて迂回させたり。
こちらが奴の次の行動を封じられないように牽制してきた訳だ。
「今は貴様が強い」
『何処かで聞いたような台詞だな』
つまり、この後の悪魔の一手は転送魔法による逃亡しかないということだ。
「逃ガス訳ガナイダロウ」
そうは言ったが、俺は一歩も動かない。
氷の破片も影の刃も殺到するが動かない。
「なんだとっ!?」
俺が何もしないことに悪魔が驚愕する。
「躱スマデモナイ」
襲いかかるすべての氷と影は俺に届く直前で霧散した。
「くっ……!?」
空中で悪魔は風魔法を使い後方へと退く。
「我カラ距離ヲ取ルダケカ?」
着地した瞬間を見計らって声を掛けた。
「……………」
が、返事はない。
そして道化師の顔は無表情。
こういう時ほど内心では怒りや焦りの感情が激しく渦巻いているものだ。
本人はポーカーフェイスを貫いているつもりかもしれないが。
『スキルの【ポーカーフェイス】のようにはいかんか』
熟練度がカンストすると、その場で最適な表情で誤魔化してくれるからな。
俺もかなり世話になった。
対して悪魔は、こういう経験が乏しいのだろう。
バレバレの無表情で凌ごうとしているのが手に取るように分かってしまう。
「言ッタダロウ?
モハヤ何処ニモ逃レルコトハデキヌ、ト」
「貴様っ、何をした!?」
悪魔が道化師の口を使って吠える。
そして獰猛な肉食獣が威嚇する時のような厳つい表情を見せた。
『操っている時よりも乗り移った時の方が感情はストレートに出るみたいだな』
喋り方も変わってしまっている。
追い詰められた結果なのかもしれないが。
これが芝居でないという保証もないので充分に警戒しておく。
詰めをミスれば出し抜かれかねない。
「結界ノ質ヲ変エタダケダ。
貴様ガ転送魔法ヲツカエヌヨウニナ」
「何だと……」
悪魔も驚くと凍り付いたように動けなくなってしまうらしい。
驚愕の表情を見せたまま固まっていた。
「バカな……」
悪魔が呟いた。
だが、この呟きは芝居だ。
【千両役者】が教えてくれる。
よく見れば、背後の影を瘴気で偽装し始めている。
徐々に変化させれば最終的に大きな変化になっても気付かない。
日本人だった頃、クイズ番組の間違い探しで見た記憶がある。
『立ち直りの早いことで……』
向こうは俺が気付いていることを察知していない。
ならば、それを利用するまで。
俺が何かすることに最大限の注意を払っている悪魔。
『自分の背後は無警戒だぞ』
1対1の勝負だという思い込みは危険だ。
『お互いにな』
奴は瘴気で身代わり人形を用意しようとしている。
俺は幻影魔法で入れ替わると同時に短距離転送で奴の背後に回った。
奴には転送魔法が使えないようにしたが、俺は使える。
そういう条件付けをしたからだ。
そして光壁で悪魔の四方を囲う。
「いつの間に!?」
構築されつつある身代わりは聖光輝の魔法を強めにかけて瞬時に消し去っておいた。
物理ダメージは入らないが、瘴気が相手なら特に効く。
「バカな、動けんっ!」
「操リ人形ノ時ハ効果ガ薄カッタ魔法ダ」
それは空間魔法で区切られてしまったのが原因だった。
が、今は区切られていない。
そして相手は邪悪な存在である。
滅ぼすには至らなくても動きを封じることはできる。
もちろん、これで終わりではない。
『取って置きを見せてやるぜ!』
読んでくれてありがとう。




