740 終わってもすぐに帰れる訳ではありません
『本体が消えたか……』
実にウザい悪魔であった。
これほど慇懃無礼な輩を見たことがなかったからな。
今までの悪党は直球勝負な連中ばっかだったし。
おまけに用心深くて面倒だった。
色々あったが、空間魔法で操り人形である道化師と繋がり操るという周到さが特にね。
気付いていない振りを最後まで通すために苦労させられたのが腹立たしい。
『躱しに躱しまくってくれたからな』
向こうにしてみれば油断せずに対処していたつもりだったのだろう。
こちらが対応すれば修正してきたし。
もしも次があるなら更に面倒な手合いになっていたはずだ。
だが、次はもう無い。
『バレることを想定していない時点で油断してるだろ』
骸骨野郎の抜け殻と魔道具が燃えつきた場所を最後に一瞥し振り返る。
そちらには光壁がまだ解除されずに残っていた。
光壁を取り除く。
すると視線の先には分厚い氷の板に押し潰された道化師の姿。
『このボディも魔道具だったとはな』
すっかり騙された。
鑑定することを極力控えていたせいだ。
『いい経験にはなったがな』
いくら【目利きの神髄】を持っているとはいえ、使えないケースがあるかもしれない。
勘のいい奴が側にいて察知されたくない時とか。
よほどでない限り、そんなことはないとは思うが。
鑑定できないケースを想定して経験を積むのは悪いことではないと思う。
『都合のいい時はさっさと鑑定してしまうんだけどな』
「サテ……」
つい、溜め息が漏れた。
まだ終わりじゃないからだ。
「後片付ケダナ」
結界内で終わらせたから瓦礫だのは出ていない。
しかしながら離宮は消えているし。
人間だって何人も消滅した。
これも後のフォローをしないといけない。
魅了されるに留まっていた者たちは残っているが、城内の王族は全滅である。
『階位の高い貴族ともどもアンデッド化させられていたからなぁ』
消滅するしか道はなかったとはいえ面倒なことになった。
残っているのは中間管理職以下の面子ばかり。
国の中枢がスッカラカンの状態を何日も続けさせる訳にはいかない。
現場の人間が残っているから引き継ぎはどうにかなりそうなのが不幸中の幸いだ。
それにしたって指示や決断をする人間は必要だ。
いくら現場の人間がいても上の決裁が通らなければ勝手なことはできないのである。
つまり、カーターが帰ってくるまでつなぎとなる者を連れて来なければいけない。
王都にいて城の外に屋敷を構える王位継承権を持つ者が理想的なのだが。
自動人形たちに探らせた結果によると候補者はいる。
王の親戚筋にあたる公爵が1人。
『ただし、人間嫌いの爺さんなんだよなぁ』
国王でさえ仮病を理由に面会を断るらしく屋敷に引きこもっているような人物なんだぜ。
目眩を覚えそうになったさ。
『俺が説得するのか?』
自問するが答えは決まっている。
この状況を把握しているのは俺以外にない訳で……
事情の説明から始めないといけないから二の足を踏んでいるだけだ。
物凄く面倒くさそうであるが故に。
「ハアッ」
つい嘆息してしまった、その時である。
『HAHAHA!
お困りのようだねっ』
脳内スマホを強制着信させた上にハイテンションな呼びかけをしてくる約1名。
誰かと問うまでもない。
おちゃらけ亜神ことラソル様だ。
まだ捕まっていなかったのかと内心で舌を鳴らした。
まあ、向こうはプロだ。
素人考えで遅い早いを言っても仕方がない。
『何ですか?
こっちは後始末で頭を悩ませているっていうのに』
『フッフッフ』
ラソル様が不敵に笑う。
これがアニメなら「シャキーン」なんて効果音が入りそうな雰囲気を感じた。
地味にイラッとする。
『それだよ、それそれ。
用件はその後始末についてなんだよ~』
更にイラッとした。
勿体ぶった感じがしたからだ。
前置きはいいから早く言ってくれと急かしたい気分である。
が、それを言うとダメだ。
絶対に引き延ばしにかかる。
俺をからかうためだけに。
故に我慢して待つことにした。
ただし、ふざけた真似を継続するならいつでも通報するつもりで。
脳内スマホを使うと逆探されて送信先の位置が特定されかねない。
だから念話をスタンバイだ。
『モールス信号でSOSを超圧縮して一瞬だけ発信してやる』
これを感知できる部外者がいても極限まで圧縮しているので何のことか分からない。
逆にベリルママたちであれば、これで充分。
発信すればラソル様にもバレるがね。
それでも悠長なことはしていられなくなる。
脅しとして通用するはずだ。
『こんなこともあろうかと、お爺さんにお告げを出しておいたよ~』
能天気に必殺技「こんなこともあろうかと」を繰り出してきた。
『今回の経緯と結末は教えておいたから説明は不要だよ。
カーターとかいうお兄さんが戻るまで国を守るようにも言っておいたからね』
至れり尽くせりである。
おちゃらけ亜神は基本的に親切でアフターサービスも万全だ。
そうでなければ完全にシカトするんだが。
イタズラに絡めてきて鬱陶しいからな。
とにかく場に漂う空気が軽い。
軽薄という言葉がこれほど似合うこともなかなか無いだろう。
俺が緊張した面持ちで通報寸前を維持しているのがバカバカしくなってくる。
段々と俺の策が通用しなかったように思えてきたが──
『では、僕はこれで失礼させてもらうよ』
早々に切り上げることにしたようだ。
さすがイタズラと逃走のプロ。
危機感知するときの勘の良さはピカイチだ。
『それじゃあ、またね。
キスしてグッバーイ!』
最後に地味な嫌がらせの挨拶をしてラソル様は回線を切った。
同時に場を支配していたおちゃらけた空気も消える。
俺が通報しようとしていたことは間違いなく読まれていた。
だからこそ会話は必要最小限で終えられたのだが。
『グダグダと説得の苦労話やら自慢話とか聞かされたくないっての』
嫌がらせにはイライラよりもゾゾッとさせられたが。
野郎にキスされたくはない。
たとえ台詞の上でもだ。
とはいえ、何時までもダメージの残る類の嫌がらせでもない。
すぐに切り替える。
俺が説得しようとしていた公爵への説明は不要だ。
念のためにどういう行動をするか、自動人形でしばらく監視するだけでいいだろう。
『カッツェ・ヒューゲル公爵か』
カーターが帰ってきた時に会うことになるとは思うが、できれば拒否したい。
偏屈そうだし。
なんにせよ、ひとつ片付いた。
『次は魔道具の回収だな』
骸骨野郎が収拾していた魔道具は怖くて放置できない。
何しろ悪魔が作り出していたものだからな。
呪われて当たり前のものばかりだ。
すべてアンデッドがらみである。
『得意技だな』
感心している場合ではない。
中には骸骨野郎のようにヴァンパイアになるためのアイテムもあるのだ。
作り手の趣味であるのか、様々な物品になっている。
槍やナイフのように武器であったり。
食器や家具であったり。
額縁なんて変わり種まである。
本当に種々様々だ。
であるが故に集めるのは骨だったりする。
魔道具が同一の品であるなら片っ端から集めればいいだけなんだが。
生憎とその手が使えない。
やむを得ないので【多重思考】で俺を複数呼び出して専属で対応してもらっている。
自動人形の遠隔フルコントロールだ。
骸骨野郎の関係先を隅々まで鑑定していく。
引っ掛かったら回収。
使用方法などの細かい部分は無視だ。
それでも思った以上に面倒だった。
『おい、コレやってらんねえぞ』
さほど時間が経過した訳ではないが、任せた俺の1人から呼びかけがあった。
『同感だ』
『俺も』
『右に同じ』
次々と同意する俺たち。
さすが面倒事を嫌う俺である。
『部屋ごと消しちゃダメなのか?』
俺の1人から提案に近い確認があった。
我ながら言っていることが酷い。
それもこれも魔道具の種類が多すぎて絞り込みができないからだ。
『ならば発見次第、破壊するってことで』
回収は早々に諦めた。
『早っ』
『我ながら極端だな』
『回収した分はどうするんだ?』
『それも破壊しよう』
『後で調査するんじゃないのか?』
『する価値もない』
倉庫内に格納された分は脳内スマホによって解析され分類されるのだ。
それにより下された評価が、どれも高くない。
『バッサリだ』
『悪魔の作った魔道具だから少しは参考になる部分もあるかと思ったんだがな』
『アンデッドがらみの術式なんて解析する価値もないだろ?』
『他の技術的な部分を見ても西方人よりマシってだけのようだしな』
『確かにそうかも』
回収した分はすべて選択してから[破棄]を選択する。
これで一括削除される。
もちろん跡形も残らない。
ここから後は悪魔がらみの魔道具を条件にマーキングしていく。
室内の検索終了と同時に分解の魔法で消し去って終了。
それまでは上辺だけとはいえ、ひとつずつ鑑定していたので差は歴然だった。
アンデッドに関連しない魔道具があるかと万が一を考えてのことだったが。
無意味だと結論づけた以上は遠慮する必要はないだろう。
そんな訳で方針を切り替えてからは、あっと言う間に作業完了。
脳内スマホのレーダーアプリで広範囲に確認するが、残っている魔道具はなかった。
『いや、正確に言えば道化師のボディはまだ残っているんだがな』
読んでくれてありがとう。