739 道化師に真夏のプレゼント
すみません。
少し遅れました。
道化師はしきりに首を傾げている。
相変わらず芝居が下手だ。
まあ、道化師っぽいとは言えるが。
「どうして脱出できたんでしょうねぇー?」
言い終わると大袈裟なアクションで腕組みを解き放つ。
それに合わせて衝撃波が飛んで来た。
なかなかの威力がありそうだ。
常人だと直撃を受ければ首の骨くらいは簡単に折れていただろう。
一瞬だけなら亜竜の動きを封じるくらいはできそうだし。
『なるほど、そう来たか』
衝撃波で動きを止めさせてから閉じ込めようという算段らしい。
闇の棺を閉じる瞬間に脱出することも考慮に入れたということか。
しかも、それを成し遂げようとする影の剣は3重だ。
奴は3重であることを見せないように影を重ね合わせていた。
直前に分離させるつもりだろう。
が、その分だけ影は厚みを増している。
『生憎だったな』
極薄の影といえど3倍の厚みになったことは見逃さない。
『神級スキルの【天眼】は伊達じゃない』
まあ、見破られることは向こうも想定していたようだ。
今度は油断なく観察しているのが向こうの芝居がかった動きからも垣間見えたし。
万が一にも逃げられるなら見逃さないという意気込みはうかがえた。
『過ちは繰り返さない、か』
衝撃波が届いた。
並みの冒険者なら軽く吹き飛ばされるであろう風の暴力が襲いかかってくる。
その瞬間を狙っていたかのように影の剣が牙をむいた。
外周は壁を構築するために跳ね上がる。
先程とは違って垂直ではなく内向きに伸び上がっていく。
『外側は最初から閉じにかかってきたか』
残る内側は2重で俺を狙ってきた。
直接攻撃である。
『衝撃波で動けなくして影で縫い止める腹積もりだったとはね』
即座に対処してきたのは見事だと思う。
衝撃波では弱いし遅いのが難点だ。
それに影は闇魔法だが、シンプルすぎる。
『呪いのひとつも付けてこいよ』
まあ、文句をつけるまでもなく俺を攻撃するには足りていないのだが。
俺の幻影を串刺しにした道化師は勝利を確信したのかガッツポーズをした。
「今度こそ完璧でぇーす』
『どこがだよ』
見切りが甘い。
先程と同じ方法で逃れているのに気付いていない。
「永遠の絶望を与えられないのは残念でぇした」
『悪趣味野郎が』
影の棺に向かって一礼する道化師。
俺が見ていないと思い込んでいるはずだが。
奴なりのこだわりのようだ。
「油断のならない相手には手を抜いてはいけなぁいのですよ?」
『そいつは、ごもっともなんだがな』
そんなことを言いながら隙だらけなのには呆れてしまう。
『残心の心得もなく言われると失笑ものなんだがな』
まあ、日本の武道を知らぬこちらの世界の悪魔に言っても仕方のないことかもしれない。
「こう見えて私はパーフェクト主義者なのでぇーす」
『ダメだ、笑える』
間一髪の所で【千両役者】の助けを借りて笑うのは堪えた。
『愚か者が』
再戦開始の合図とばかりに奴の背後から一刀両断にしてやった。
「おーう、ビックリでぇーす。
これは一体どういうことなのでしょうかぁ?」
2度目ともなると両断された直後に再生を始めるようだ。
それも素早く動く。
驚いたと言いながら動揺は見られない。
俺は奴が振り返るタイミングに合わせて間合いを確保した。
奴は振り返るなり地団駄を踏んだ。
「全然、パーフェクトじゃなぁいでぇーす」
怒った顔をしている割に怒気がない。
またしても、くさい芝居をしているようだ。
『大根役者め』
内心でツッコミを入れるが聞こえるはずはない。
そのせいなのか違うのか、奴は地団駄を踏むことをやめない。
踏む、とにかく踏む。
ダンダンという音が次第にドォンドォンに変わっていくがやめない。
踏む踏む踏む。
更に激しくなり感覚が短くなっていく。
「ドドドッドドドドドッドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!」
最終的には地団駄ではなくなっていた。
足で地面を連打することに傾注している。
試しに奴が放った衝撃波と同等のものを放ってみた。
今なら当たるのではなどというのは浅はかな考えではあったが。
連打の勢いは緩めずに奴はノーアクションで衝撃波を出して相殺してきた。
まるで意に介した様子も見せずに連打をやめない。
「おかしいでぇーす!」
ややキレ気味な道化師の声。
『余裕がなくなってきたな』
最初に影の棺が失敗した時点で奴は笑わなくなっていた。
あの時点で余裕を失いつつあったのだ。
『これなら付け入る隙が作れそうだな』
「どうして地面が揺れないのぉですかぁ?」
『そりゃあ、俺の結界の中だからだ』
地面に干渉なんてさせる訳がない。
「大きく揺らして足場を崩してやろうと思ったのに台無しでぇす」
『そんなこと狙ってやがったのか』
目論見通りに行かないと悟ると、奴は地団駄を踏むのをやめた。
しつこい割に決断するとキッチリ切り替えてくる。
『悪魔ってのは皆こんな感じなのか?』
極端すぎて読みづらい。
「あわよくば王都中を壊滅させることも狙ってみたんですがねぇ?」
両手を広げてお手上げポーズをする道化師。
『軽々しく言いやがる』
王都であれば人口も密集しているだろうに。
そこで天変地異クラスの地震を起こす腹積もりだったとは……
だが、悪魔らしい発想だとも言える。
成功していたら、何人が犠牲になっていたことか。
こちらを挑発する材料にもしたことだろう。
油断も隙もあったものではない。
『釘を刺しておかないとな』
言葉で牽制できるかは分からないが。
「我ガ結界ノ中デ、ソノヨウナコトヲ許スハズガナカロウ」
「ぬわぁんとぉおっ?」
大袈裟に仰け反って驚きを表現する道化師。
元に戻る勢いを利用して両腕を突き出してくる。
そのままなら、どう頑張っても届かぬ間合いだった。
が、勢いのままに拳が伸びてくる。
アニメやゲームで見たことのある超伸びるパンチだ。
『こいつは人間じゃないんだった』
しかも本体ですらない。
回避の時は、もっと強烈な変形を見せていたことだし。
腕を伸ばすくらい朝飯前だろう。
俺は氷壁を瞬時に作り出して対抗する。
「ガイィンッ!」
氷の表面に当たった拳が派手な音を立てて弾き返された。
強引に突き破ろうだとかいうつもりはないようだ。
あっさりと元の長さに戻っていく。
闇に紛れ込ませた遠回りな援護も用意していたが、そちらも停止した。
『これは援護っていうより、追い討ち用だったとか?』
今となっては確かめる術などないが。
奴にとっては、それどころではないだろう。
手元に戻った拳が大きく腫れ上がっていたのだから。
それを何度も息を吹きかけて元に戻す。
「硬いでぇーす。
痛いでぇーす」
そんなことを言いながら奴は鳴き真似を始めた。
「えーんえーん!」
『まだ、そんなことができる余裕があるのかよ』
とは思ったが、笑っていた時よりも芝居が雑な感じに見受けられた。
少なからず動揺はしているようだ。
それでも何かの布石にするつもりなのだろう。
泣くのをやめる気配は見せない。
俺は氷壁を片手で持ち上げた。
それを見た道化師は鳴き真似をやめる。
「神の戦士は無茶苦茶でぇーす。
とんでもない馬鹿力なのでぇすよ?」
今度は驚き戦く振りをする。
だが、それは自分に注目させるための罠だ。
重いものを持って動きが鈍るであろう今がチャンスと見たのだろう。
先程の超伸びるパンチで追い討ち用にしようとしていた攻撃を本命に持ってきた。
地を這う影が回り込んで俺に迫ってくる。
途中から跳ね上がり、闇の剣として襲いかかってきた。
『そんなプレゼントはいらねえよ』
光壁で阻むと突き刺さる前に消滅していった。
瘴気そのものであるなら、やはり効果が高い。
一瞬、おどけていた道化師の表情が能面のように無表情となった。
『こいつは俺からのプレゼントだ!』
「受ケ取ルガイイ」
奴に向かって分厚い氷の板を投げつける。
キングサイズのベッドマットよりも大きく厚みのあるそれが砲弾と化して飛んでいく。
「神の戦士は弱者に対する容赦が無いでぇす」
奴は言いながら体を大きく仰け反らせる技で躱す。
いや、躱すつもりだったと言うべきか。
スレスレで躱して通り過ぎるのを待つのが奴の腹積もりだったのだろう。
『それは俺も読んでいたんだよ』
だから奴の体の上で理力魔法を使って急制動をかけた。
そのことによって投げる前に刻んでおいた術式が発動する。
「ドズゥン!」
重い音を響かせて氷壁が奴の真上で落下した。
もし、ここが結界内でなかったら凄まじい地響きを起こしていたことだろう。
「重力魔法デ地面ト氷ニ挟マレタ気分ハドウダ?」
返事を期待しての問いではない。
奴はペシャンコの状態だった。
地面も氷壁も結界で覆っているので破壊も脱出も不可能だ。
持ち上げる?
それは無理だ。
結界で守られた氷は何倍もの重力で重みを増している。
奴もプレスされるしかなかったという訳だ。
どうにか対応しようとしているのは魔力の消耗ぶりからうかがえるがビクともしない。
更に光壁で囲いジリジリと狭めていく。
だが、これが本命の攻撃ではない。
そう思わせて奴から視界を奪うのが目的だ。
俺は骸骨野郎の抜け殻に向かって聖炎を放った。
いかに悪魔の契約で守られていようと関係ない。
その懐に本体があるのならば。
『まとめて焼き尽くすまでだ』
魔道具に隠れた霊体ごと燃やす。
バタバタと抜け殻が暴れる様はホラー映画を見ているようで気持ちが悪い。
だが、それも徐々に弱まっていく。
やがて抜け殻は灰も残さず燃えつきていった。
読んでくれてありがとう。




